手紙が届いた。差出人の名前はない。
心当たりはあった。だが、信じられない、という気持ちのほうが大きい。こんな手紙をよこしてくるやつなんて、あいつしかいないはずだ。少し端がよれた薄緑の封筒を、ためつすがめつ改める。どこにも差出人の名前はなく、ただ、俺の名前と住所、そして滲んで読めない消印。どこから送ってきたのだろう。あいつ自身が、ポストに投げ入れたのだろうか。それとも、誰かに投函してくれと頼んだのだろうか。それこそ信じられない。あの偏屈で気難しくて、性根がぐにゃぐにゃのやつが、素直に頼み事などしまい。
いや、こんな埒もないことを考えていても仕方がない。現に手紙はここに届いているのだ。
私は郵便受けから離れて、玄関に駆け込んだ。ひどく指がかじかんでいる。熱いカモミールティーが飲みたくて仕方なかった。キッチンでやかんにいっぱいお湯を沸かす。
熱いティーカップを捧げ持ちながら、私は机の上の封筒に目を落とした。厳然としてそこにある封筒。
開けたくない、というのが本音だった。
吉報であろうはずがない。あいつがよこしてくる便りなんてろくでもないに決まっている。
あいつと最後にあったのは、六年前の雪の日だった。俺にもまだ家族がいた。あいつには、奥さんと娘さんがいて、それなりに幸福そうに暮らしていたはずだった。
「窮屈なんだ」
それがあいつの言い分だった。
「わがままがすぎる」
「しかたない。性分なんだぜ。俺の性格ぐらい、お前もわかってるだろう」
イルミネーションが、あいつのにやついた顔面を照らしていた。そう、クリスマスが近かったのだ、あのときは。それなのに、あいつは、全てを捨てて逃げ出すと宣言した。奥さんも娘も仕事も土地も、何もかもを投げ出して。
「あまりに無責任だ。やめろ」
「どうしても、行きたい場所があるのさ」
そして、あいつは語った。最果ての地に存在するという、楽園の地。不老不死を手に入れるための冒険。ふざけたおとぎ話だった。
「本気で言ってるのか?」
気でも狂っているのだと思った。そんなおとぎ話にのせられて、家族を投げ出すバカがどこにいる。お互いもういい年の大人だ。
「本気も本気、大真面目さ」
あいつの目は異様だった。本気で、覚悟を決めた目をしていた。
そして、そのまま、あいつは失踪した。
「楽園を見つけたら、手紙をやるよ。待ってろよ」
そう言い残して。
すべてを投げ出していった、無責任な男。そろそろ失踪して六年。あと一年で失踪宣告が出せる。
死人になる直前に、何を送ってくるというのか。
私は重い気持ちで、封筒を持ち上げた。ペーパーナイフを手に取り、封筒のふちを滑らせた。
中からこぼれ出たのは、メモ書きらしき小さな紙の群れだった。
一つずつ拾い上げて目を通していく。
「……、はは」
おもわず苦笑が漏れた。それは、見まごうことなく、あいつの字だった。
楽園をみつけるまでの冒険譚を、日記のように残したものらしい。荒唐無稽な物語が、メモの中で展開していく。
『5/12 ドラゴンの尾を切り落とした。これでしばらくは肉に困らない』
『7/9 宝箱には中身があるのか?』
『9/31 村人をすべて殺した』
『12/78 裏側にまわってみたが、ここも球面だ』
『77/777 踏み抜いた先がモルグへの入り口だったんだ!』
ああ、これはだめだ。あいつはとっくに狂っていたのだ。狂気に飲み込まれ、妄想の世界に遊んでいるのだ。
哀れみに似た感情が、私の心を支配していた。こんなにも狂ってしまったかつての友。
メモを繰っていくと、狂気がどんどん増していくさまが見える。
最後のメモがはらりと落ちる。
私はかがんで、テーブルの下に入り込んでしまったそのメモを拾った。
『p*\/:@ 楽園にみんなを呼ぶ方法をみつけた みんなもこちらにおいで』
その瞬間、世界がひっくり返った。
ぱちり、とまばたきをした一瞬で、世界がひっくり返ってしまった。
私はそれに気づいた。気づいたが、もうどうしようもできなくなっていた。
カモミールティーが冷めている。私はそれをひっくり返して叩きつけた。ぐしゃりと器が形を無くす。
ふらふらと、外を目指す。外も当然世界が一変していた。当然だ、世界がひっくり返ったのだから。
空の色は醜く、空気は生臭く、耳の後ろには小煩い妖精が棲み着いている。
「おや、どちらへ」
声をかけられた。私はそちらを向く。
近所に住む人のいいおじいさんだ。……いや、実は悪魔の手先に違いない。
「ちょっとね、楽園まで行ってくるんです」
私がそう答えると、悪魔の手先はぽかんとした顔をした。いい気味だ。
世界の果ての楽園に、わたしもいかなくては。
先に行ったあいつに、会いに行こう。
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20201224
初公開日: 2020年12月24日
最終更新日: 2020年12月24日
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コメント
練習に即興小説を一つ。お題は診断メーカーに頼った。
残念ながらお題に沿ったものにはならなかった。力量不足だ。精進せねばなるまい。
懶惰のお話は
「手紙が届いた。差出人の名前はない」で始まり「また会えますようにと願うほかないのだ」で終わります。
#こんなお話いかがですか #shindanmaker
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