お題 来世 目薬 綺麗な廃人
ジャンル 偏愛もの
 来世では絶対に出会いたくない友人がいる。
「なあ、その目さ、治らねえの?」
 気怠そうにわたしの前を歩く金髪、天乃渡流が振り返った。わたしは思わず顔を顰める。彼の目が緑色――翡翠色という方が近いかもしれない――に輝いていたからだ。わたしは咄嗟に目を逸らし、「治らないよ」と小声で答える。目の辺りに左手をやると、今ではすっかり馴染んでしまった眼帯の感触があった。
「へえ、そっか」天乃はそう言って、また前を向き直り歩き出した。そんな態度を取るなら初めから聞くな。声には出さない。
「それより、天乃の方こそ大丈夫だったの? あのあと、あいつらから連絡があったりとか……」
 天乃はわたしの言葉を聞くと、「あんなやつらに負けるわけねえじゃん」と喉の奥から笑った。「それとも笛川は、俺が負けるとでも思ってたのか?」
 彼の目が鋭くなっているのに気がついたわたしは、慌てて首を振った。「そんなわけないじゃん」声が掠れているのが分かった。
「だよなあ! 俺ってば超強いし? なにより、好きな女守るためだったからさあ、柄にもなく本気出しちまったよ。それでも目がいかれたのは申し訳ないけど、でも命助かったんだから感謝してくれよな!」
 天乃がそう言ってわたしの背中を叩いた。とても痛い。叩かれたからではなく、本当にあのときのことを覚えていないのだと実感してしまったからだ。笑顔なのが尚更に辛い。せめてこの顔があのときのように歪んでいてくれたら。言葉にはしない。
「それよりさ、好きな女」天乃はわたしの方を見る。「お前また背ぇ伸びた? これ以上でかくなられても困んだけど」
 確かにわたしの身長は女にしては大きい。男にしては身長の低い天乃とは十五センチの差がある。わたしはその差を好ましいと思っているけど、天乃にとっては屈辱だろう。彼はメンツに拘る。
「わたしは今の天乃が好きだよ」
 わたしはぼそりと呟く。すると天乃は、馬鹿いってんじゃねえよ、と不機嫌な振りをしてわたしの前をいった。耳が赤くなっているのは片目でも分かった。かわいいなあ。
 しばらく歩いていると、目の前から一人の男が歩いてくるのが見えた。男の足取りは危なっかしく、薬物中毒者のそれに見えた。天乃も気がついたのか、わたしを庇うようにして道を空けた。
 この町で関わってはいけない人種は二つある。一つは天乃のような裏の世界の人間。言わずもがなだ。そしてもう一つが薬物中毒者だ。
 彼らは大抵、ヤクザ者の手下や金づるである場合が多い。ダメにしようものなら即刻、臓器を売られ、海に沈められる。実際そうなってしまった人間をわたしは知っている。明日は我が身だ。彼らが横を通ったときは息を潜めて、出来れば身を屈めてやり過ごさなくてはならない。
 その薬物中毒者がわたし達の前を通り過ぎるとき、ふと、おかしな臭いを嗅いだ。甘いのに、鼻の奥につんとくるような刺激臭。初めは香水かと思った。天乃も同じようで、首をかしげながら、咎めるようにわたしを見た。わたしが香水嫌いなこと、知ってるくせに。
 薬物中毒者の背が見えなくなってから、天乃は大きく深呼吸した。
「本っっ当にくっっせえ! なんだよ今の臭い! 香水にしても趣味悪すぎんだろ」
「なんか不思議な臭いだったね」わたしも控えめに同意する。
「最近のヤクザは良く分かんねえな。あんなものばら撒きやがって。むかつくぜ」
「天乃、喧嘩はダメだよ」
「分かってるって。極力そういうことはしない。前にあんなことあったばっかだから、気が立ってるだけだ」天乃は片頬を上げて笑った。でも目は据わっている。「お前の目をそんな風にしたやつは、殺してえけどな」
 わたしはそれに何も答えられなかった。ただ黙ったまましおらしく頷いて、涙の波をやり過ごす。彼の翡翠の目を憎らしく思ってしまう気持ちを、押し込める。
「そうしてくれると、わたしも助かる、かな」わたしは頬に力を入れて笑った。上手く笑えていただろうか。
 一ヶ月前のことだ。わたしがこの町で初めて襲われたのは。あれが出会いでもあった。
 きっかけは些細なことだった。上京してきたわたしは、片田舎から出てきたという解放感から、いくつかの間違いを犯してしまった。初春の大学生にありがちな失敗。その典型例だった。
 まず一つは、深夜に家を出たことだ。都会の夜が怖ろしいところであることをわたしは理解していなかった。故郷を離れて僅か一週間。鬱々としたホームシックから逃れたくて、わたしは目一杯おしゃれして、高校の時の友人に電話を掛けて、家の扉に手を掛けた。
 二つ目は道で声をかけてきた男にホイホイついて行ってしまったことだ。その男は今思い返せば、見るからに怪しかったのだが、酒の力も相まっておかしなテンションになっていたわたしは、簡単に店に連れ込まれた。あのとき、一緒にいた友人の忠告に耳を傾けてみれば、わたしはこんなことにはならなかった。今でも大学に通えていたはずだ。そして友人を失うこともなかった。
 三つ目は店にいた男から勧められらた酒を断らなかったことだ。未成年のくせに、際限なく飲めばどうなるか、分からないほど馬鹿ではなかったはずなのに。意識を失う直前、覚えている会話は男達がわたしをどこへ運ぶかというものだった。「こいつ、でけえっすよ。車に詰め込めますかね」その男の言葉を聞いて、わたしを家に送り届けてくれるのだと酷く安心したのを覚えている。救いようのない馬鹿だ。
 次に目を覚ましたとき、初めに目にしたのは家の天井ではなく、
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