「アスガルドの為に、俺たちはメイド喫茶を始める!」
誰よりも男らしい、男の中の男、ソー・オーディンソンは決意に満ちた瞳でそんなことを言い出した。
事の始まりは、至極単純なことであった。
「金が無い!」
穏やかな日差しが降り注ぐ、ここはニューアスガルド。
「突然何言ってんのアンタ、まさか泥棒にでもあった?」
「そういう意味じゃない!」
賑やかなここはニューアスガルドの評議会。
ニューアスガルドの住民代表たる評議員その1のブリュンヒルデは、突然貧困にあえぐロキを不審そうな目で見た。
「そんな時はお金を借りたらいいんだよ!俺っちの従兄弟の友達もよく給料前は俺ん家にお金くれって来て……」
「そういう一時しのぎではなく、もっと根本的なもので、というか、私個人の話をしている訳では無い!」
評議員その2のコーグは自身の経験に基づいたアドバイスを送るも、ロキにあえなく却下されてしまい、評議員その3も何かを言うが。
「待ってリーダー、ミークが何かいいアイディアあるみたいだよ」
「言ってみろ」
「えーっと、銀行を襲えばいいんじゃないかって」
「却下だそんなもの!!」
ロキはその意見を無情にも切り捨てる。
しかめつらのまま評議員を見渡すロキ。質素で小さな会議室には、集まった評議員3名と国王1名、計4名プラスロキが居り、この4人でただいま行っているのが、アスガルドの今期の予算会議である。
「まず初めに、我々が爆発四散するアスガルドから這う這うの体で脱出し、その際に集められるだけの範囲で崩れゆくアスガルドから金になりそうなものを集めた、しかしステイツマンで地球に降り立つまでにも様々な費用がかかって……」
「もっと短く」
「ニューアスガルドが貧しくて国庫がヤバい」
「ヤバいって、どれほどのものなんだロキ」
困惑した表情のソーがロキに問いかけるが、しかめつらのロキは、表情をますます苦々しいものへと変えて答える。
「どれほどと問われれば、もう無理としか言えない」
「もう無理って……」
「冬までは耐えれるが、おそらく冬は越せない」
「えっ、そんなにヤバい状態なワケ?」
ロキの言葉に、評議員と国王一同ざわめき立つ。そんな中ロキは重々しげに言葉を続ける。
「民たちは日々精一杯仕事に精を出している、それは分かってはいる、ただ、いまだ慣れぬ漁に、捕らえた魚もそのまま出荷している状況だ、あまり収益が見込めるとは言い難い」
「確かに、皆が頑張っているのは俺たちも知ってはいるが……」
「ただ売るだけではなく付加価値を与えるために、捕らえた魚の加工場も作りたいが、もはや明日食べるものも困っているような有様では、とてもじゃないが、もう無理だ……」
「そんな事言わないでリーダー!まだなんとかなるって!」
「ははは、もう無理だ、無理なんだ……」
がっくりと首を落とし肩を落とし、力無く言うロキに、コーグは励ます言葉をかけるがロキからは乾いた笑いしか出てこない。そんなロキに、ブリュンヒルデも少々心配そうな顔をする。
「ちょっと王子サマ、大丈夫?」
「私は大丈夫だ、大丈夫……」
「めちゃくちゃ顔色悪いけど」
「ロキは元々顔色があんまり良くないからな」
ソーの失礼な物言いに、ロキはソーをギロリと睨みつける。
「ソー、アンタは、考えのひとつでも持ってないのか!?」
「考えか、考えなら、ある」
その言葉に全員の視線がソーに集まる。
注目の中、ソーが言った。
「アスガルドの為に、俺たちはメイド喫茶を始める!」
ソーの放った言葉に、一同は一瞬言葉を失い。
「……メイド喫茶?」
「それって何なの、王サマ?」
「……俺"たち"?おいソー、まさか私にもやらせるつもりか!?」
各々が思ったことを口に出した。
「一度に全員喋るな、混乱するだろ」
「おい私の質問に答えろ!」
「メイド喫茶ってなに?」
「ああ、メイド喫茶ってのは、この前アベンジャーズの集まりがあった時に、スタークに教えて貰ってな」
「私は絶対やらないからな!!」
「なんだ王子サマ、似合ってんじゃん」
「どうして私が……」
「ロキィ、ワガママ言うんじゃない!」
「ソーもリーダーも似合ってるじゃん!」
「おかしいのは私なのか……?」
数時間、ニューアスガルドに現れたのはスタンダードなメイド姿のソーとロキ。髪もふたつのおさげにして、ヘッドドレスも付けちゃって。
「お前が文句ばっかり言うから、シンプルなドレスにしてやったというのに」
「私が悪いのか!?私の意思は!?」
ロキのメイド服は、緑が基調の、レースも少ないシンプルなものであり、肌の露出はイヤだ!と言い張るロキの為にメイド服にピッタリなレースの手袋まで付いている。
「というか、兄上はそれでいいのか……何も思わないのか……」
「緊急事態だ、背に腹は代えられん」
対するソーのメイド服は、赤を基調としており、どちらかと言えばメイド服というよりもアンミラ系統のウェイトレスに近く、胸部を強調するようなふわふわヒラヒラとってもキュートなものだ。オマケにメイド服に合わせたニーハイとガーターまで付いている。
客引き用の看板を手に、勇ましい笑顔を見せるソー。そんなソーにブリュンヒルデは言う。
「結局メイド喫茶ってなんなの?」
「メイドに給仕をしてもらう飲食店だ」
「メイドなら、城に勤めて本職だった人ニューアスガルドに何人か居るでしょ、その人たちにやらせた方がいいんじゃないの?」
ブリュンヒルデの言葉に、分かっていないなと言わんばかりに指を振るソー。
「そうじゃないんだよな」
「腹立つ……」
「俺たちには他の者には無いものがある」
「ふーん」
「それはな、知名度だ!」
「へー」
輝かしい笑顔で言い放つソーに、ブリュンヒルデも気のない相槌を打つ。
「そしてメイド喫茶をやるメリットは他にもある」
「ほー」
「それは、逆に高く売りつけることが出来る!」
「……どういうこと?」
「私が説明しよう」
虚無の目をしていたロキが突如割り込んできた。
「メイド喫茶はメイド服が好きな特殊嗜好の者達をターゲットにした飲食店であり、メイド喫茶に訪れる者は食事が目的に来る訳ではなく、メイド服姿の者と触れ合うのが目的だ、だから料金設定が高くともある程度の客足は見込める、その上私も兄上も、顔だけは売れている、それが目当ての客を適当に接待していればいいだけだ」
「接待ねぇ……」
ロキの説明に、分かったような、分かっていないような顔をするブリュンヒルデ。ふと、あることが気にかかった。
「そういえば、アンタたちメイド喫茶でどんな事やるつもりなのさ」
「まずは、"萌え萌えキュン"だな、その後は"萌え萌えジャンケン"と、他には……」
「ちょっと待って、何その、"萌え萌えキュン"って」
ブリュンヒルデの言葉に、信じられないといった表情でソーが目を見開く。
「何って、お前、知らないのか……?」
「そもそもメイド喫茶自体知らなかったからね」
「"萌え萌えキュン"を知らないとは……ロキ、説明も兼ねて実践してみろ」
「どうして私が……」
とても嫌そうな顔をしたロキは、仕方がなさそうにブリュンヒルデの前まで来ると、どこからともなくオムライスを取り出し、ブリュンヒルデの前に置く。
「"萌え萌えキュン"というのは、食事に愛情を込める接待で……」
「どこから出したのそのオムライス」
「魔術で取り出した、料理を出した時、客と一緒に、"美味しくな〜れ、美味しくな〜れ、萌え萌えキュン"の呪文を唱えると」
ぼふん、という音とともに、ブリュンヒルデの目の前にあったオムライスが。
「……カレー?」
「料理に愛情が込められたから変化する」
美味しそうなカレーに変わった。変化した元オムライスのカレーを前に、ブリュンヒルデは不思議そうに言う。
「他の料理頼んだ時も、全部萌え萌えキュンでカレーになんの?」
「そんな訳ないだろ、他の料理で萌え萌えキュンをやったらカレーではない、また違う料理に変わるに決まってる」
こんな当たり前のことも分からないのかと言わんばかりに呆れるロキだが、そもそも頼んだ料理が他のモノに変わることなど普通は起きない。ますます疑問に思ったブリュンヒルデはロキに聞き続ける。
「じゃあカレーを頼んだ時は」
「カレーがハンバーグになる」
「ハンバーグを頼んだ時」
「ハンバーグがパスタになる」
「パスタ頼んだ時」
「コーンスープ」
「……どうしてそんなことするのさ」
「ランダム要素があった方が、人の射幸心を煽ってより沢山の料理を注文するかなと思って」
「あー……」
確かに、次に何が来るのかわからないという不確定要素はエンターテインメントとして必要な要素のひとつではあるし、客に多くのお金を落としてもらうのも商売をする上で必要なものだ。ただ、注文した料理が、最終的には違う料理に変わるのは飲食店としてどうなんだろうか、そう思ったブリュンヒルデはなんとも言えない複雑な表情をした。
目の前のカレーを見る、ほかほかと湯気も立っていて、ほのかに香るスパイスはなんとも食欲をそそる。だがこのカレー、オムライスを注文した客の前に出る運命にあるカレーなのだ。
「……このカレーはどこから取り出してきたのさ」
「うん?カレーは取り出してない、もともとカレーだったものだ、魔術でオムライスに見せていただけで」
「えっ、どういうこと?」
「オムライスの注文を受けた時にカレーを作り、配膳の際に魔術をかけて見た目はオムライスにするのだ」
「じゃあカレーを注文したら」
「ハンバーグを作る」
「それはまた、混乱しそうね……」
「注文を間違えても、まあ客には何が出るか分からないと言っておけば問題ないだろ」
腰に手を当て、自信満々にふんぞり返るロキに、ブリュンヒルデは深いため息をひとつ。話を聞いて実践されて、問題だらけにしか思えない、開業するやいなトラブルが頻発して大変な目にあうのが目に見えている。
ふと、この"萌え萌えキュン"とやらはロキの魔術を使ったものだが、ソーは同じことが出来るのだろうかと疑問に思ったブリュンヒルデは、ソーに問いかけた。
「このオムライスをカレーにするヤツ、ソーもやるんでしょ?どうやってやるつもり?」
「俺が?ああ、俺の萌え萌えキュンはロキのとは違うやり方でやるんだ、ちょっと見てろ!」
「えー、このカレーでやるのか……」
後ろでロキが勿体ないだのブツブツ言っているのを後目に、ソーはポーズをとる。
「美味しくな〜れ!美味しくな〜れ!」
カレーに愛を込めるように、大きなハートを手で作り。
「萌え!萌え!」
カレーに愛を送るように、手で形作ったハートをカレーにかざし。
「キュン!」
ソーの送った愛情が光と爆音を放ち、カレーを包み込めば。
「さあ!めしあがれ!」
「えぇ……」
そこには真っ黒に炭化したカレーの姿が。
「雷神ソーの愛情込めた萌え萌えキュンに耐えられなかった料理は炭になる、という設定で出す予定だ」
「設定って……」
そっと料理の解説をしたロキだが、目の前でプスプスと音を立てている黒焦げのカレーに、ブリュンヒルデは言葉も出ない。
「これでメイド喫茶を盛り上げていく!」
「アスガルドの未来は私たちにかかっているからな」
やる気に満ち溢れているソーとロキの姿に、とてもじゃないがやめた方がいいなどと水を差す言葉は言えないブリュンヒルデは、あることを聞いた。
「その、メイド喫茶っての、どこでやるつもり?」
「ニューヨークに店を作ってもらったんだ、スタークのツテでな」
「やはり人間が沢山いるところでやったほうが実入りも良いだろう」
「そう……」
問題ばかりのメイド喫茶をニューヨークでやるなんて、ニュースに取り上げられて大事になる可能性もある。だが、ニューアスガルドからは遠く離れたニューヨーク、そのトラブルがこちらまでやって来るとは到底思えない。
「まっ、頑張ってよね」
こっちはこっちで日々の生活を頑張るだけだし、と、ブリュンヒルデは笑顔でふたりを見送った。
その後、ブリュンヒルデがTVを見たりする限りだが、ソーとロキのメイド喫茶、頼んだ料理もまともに出てこないにも関わらず、ニューヨーカーにはなかなか評判なんだとか。
「物好きも居るもんだね……」
「ソーもリーダーも、あの服似合ってたからじゃない?」
「そういうものなの?」
「ソーとリーダーが可愛いからみんな来るんだよ!」
「そうなのかなぁ……」
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接待アスガルド!
初公開日: 2020年11月28日
最終更新日: 2020年11月29日
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メイドになるご兄弟のお話