ES内でのハロウィンパーティーは盛り上がっていた。四つのプロダクションが集まるせいで会場はいくつかに分かれ、それぞれが先ほどまでファンに向けて配信してハロウィンを楽しんでいた。今は配信も終わり、仲間内での打ち上げパーティーを楽しんでいる。配信用に配られた同じ衣装を身にまとっているせいで、どこへ行ってもカボチャ色だ。一彩はこの奇抜なお祭りを十分に楽しみ、いたずらとお菓子をねだりねだられながらある人を探していた。プロダクションは違うし、配信会場も違うために会うことは難しいというのは分かっていた。しかしあとはあの人だけなのである。いたずらもお菓子も、一番楽しみにしていたのに。時計の針はお開きの時間へと近づいている。一彩はユニットメンバーへ一声かけて、まだ見ぬ兄の姿を探しに会場を出た。
遊歩道やビルのライトもすべてハロウィン仕様になっているESはまるで異世界のようだ、と一彩は思った。いたるところに転がっているのは顔の形にくりぬかれたカボチャやろうそく、似ても似つかない骸骨のおもちゃ、かかしやおばけの風船。薄暗い中で奇妙な色で道を照らす街灯が、一彩の気持ちをまた不思議なものへと変えていくようだった。普段ならば簡単に終える兄の痕跡も、今日は様々な人が出入りしているせいで難しい。それでも一彩は兄に会いたい一心で、しらみつぶしのように歩き回った。
ハロウィンの日は生きた人間と死んだ人間が混じるらしい。詳しく調べてはいないからちゃんとした歴史はまだ知らないが、とにかくその区別がつかないように子供たちは仮想するそうだ。それならばこの共通の衣装はある意味自分たちが生きている証拠ではないかと思わなくはなかったが、それはそれ、というやつだろう。都会に出てきてから、一彩はこの国のイベント好きな風潮には困惑すること数えきれないほどである。クリスマスやお正月、お盆にハロウィン。宗教も文化も全く違うものなのに、当たり前のような顔をしてカレンダーに存在しているのだから、一時期はひとつひとつめくっては藍良に聞いていたものだ。藍良も詳しく知るわけではなく、結局は巽先輩やマヨイ先輩に教えてもらうまでがいつもの流れだった。次は何のイベントがあるんだっけか、と思い出しながら歩く一彩の先に見えてきたのは、庭園だった。四季をよく感じられるそこだけは何故か手を加えられずに、ハロウィンではなく秋を表している。一彩はここが好きだった。都会はどうにもビルが多く、街路樹くらいしか緑がない。山の中で育った一彩にとって、四季とは当たり前に存在しているものであり探すものではない。だからここへきてからはどうにも月日の流れが分からなくなることが多くなった。ビルに入ればエアコンが当たり前のように鎮座していて常に快適な空間がある。外へ出れば気温だけはなんとか差を感じられるが、視覚は年中同じなのだ。確かに街路樹や季節の果物などは四季を感じられるが、一彩にとって季節はそんなものではなかった。優しくも厳しくもあるものであったはずなのに、という思いはこの庭園で癒される。ガーデニングサークルがきちんと手入れをしているおかげで、ここだけは季節をはっきりと教えてくれる。一彩は静かに歩きながら、会いたかった人の匂いをたどる。木々と土の匂いがする中で、パーティーの場違いな香りをまとわせている。奥にあるベンチに座っていた赤髪の男は、こちらに気付くことなく天を眺めていた。ここは人工的な光も少し弱まるから、ここいらではいちばん星がよく見える場所だ。秋の夜空の星たちはきらきらと小さな光を兄へと注いでいた。一彩は邪魔しないよう静かに近づいた。
「一彩」
「・・・兄さん」
ベンチの後ろまで来ると、さすがに気づいた兄がこちらを振り向いた。ES共通のハロウィンカラーの燕尾服をきた燐音はその口にキャンディを咥えている。一彩はベンチの隣に座ると、先ほどの兄と同じように夜空を見上げた。
「ここは星がよく見えるね」
「だろォ?俺っちお気に入りの場所」
「僕もここは好きだよ。四季が感じられる唯一の場所だ」
「あ?そんなもん山に行けばすぐ分かるっしょ」
「里にいた頃はそれでよかったけれど。ここは緑が少ないからなんだかさみしく感じるときがあるよ」
「まー、確かに動物の声は聞こえねェな。植えてある木だって決まってっから代わり映えしねぇし」
燐音はそういうとくわえていたキャンディをばきりと噛んだ。派手な蛍光色のカボチャを模していたそれが無慈悲に割れて、かけらが落ちる。一彩はそれをつまんで、
「こんなお菓子も珍しいものだったね。兄さんがたまに持ってくると僕はうれしかったよ」
「飴ちゃん好きなのかよ」
「そういうわけじゃないさ。兄さんがくれたものだから」
「ンだそれ」
「そうだ、兄さん、Trick or Treat?」
「あ?」
「ハロウィンだからね。お菓子くれなきゃいたずらするよ、兄さん」
「お前のいたずらには興味あっけど、・・・お、あった」と言って燐音はポケットからころりとチョコレートをとりだした。ほい、とぞんざいなてつきで渡されたそれは兄の体温がすっかりうつっており、柔らかい。一彩は盛大に顔をしかめて兄をみた。
「さすがに溶けかけたものを渡すのはどうかと思うよ」
「溶けかけても立派なお菓子だろうが」
「それはそうだけども」
一彩はころりとそれをころがして、ため息を一つついた。
「さァて、弟クン」
「なんだい兄さん」
「Trick and Treat」
「and・・・?」
聞きなれないハロウィンの合言葉に、一彩は首をかしげる。はて、andであるならば、
「『お菓子くれてもいたずらするぞ』」
「・・・兄さんらしいよ、どこで聞いたんだい?」
「インターネット。さ、いたずらするからお菓子くれ一彩」
ちょいちょいと手のひらを差し出す兄へ、一彩は逡巡したあと、先ほどもらった溶けかけのチョコレートを渡した。もらった兄は同じように盛大に顔をしかめる。
「おいおい弟クンよぉ、人から貰ったもんを人に回すんじゃねぇよ」
「フム、ならば兄さんも固形物であるはずのチョコレートをお菓子だと渡すのもどうかと思うよ」
「溶けてたってチョコレートだろ」
「完成品は固まっているはずだよ。溶けているということは欠品であるということだ」
「つまり完全には『お菓子』って呼べる状態じゃないってか。屁理屈」
「兄さんが屁理屈だ。お菓子くらい、ちゃんとくれればいいのに」
一彩がぶすりと文句を言うと、やれやれと言いたげな顔で兄はチョコレートを受け取った。
「さて、いたずらすっかねェ」
燐音はそう言うと、一彩の方へ手を伸ばした。誘われるがままに一彩がその手へと顔を近づける。ぐい、と首をつかまれて一彩は燐音へ顔を寄せる形になった。燐音はその鼻先へちゅ、とキスを落とす。一彩が驚いて視線を兄へとむけると、べ、と出した舌先で鼻筋をなめられた。
「うえぇ」
「なんつー悲鳴上げやがってテメェ」
「舌の色がおかしかったよ、兄さん」
「ハロウィン仕様のキャンディだったからな、ホラ、黄色」
見せられた兄の舌は黄色く染まっていた。ちろちろと動くその舌に、一彩の奥底が反応する。
「フム、そんなお菓子もあるんだね」
一彩は乗り出した身をそのままに、燐音へとまたがった。
「兄さん、Trick so Treatだよ」
「so・・・お菓子くれたからァ?いいとこ取りじゃねぇか」
「ふふ、兄さんは僕にお菓子をくれたからいたずらをしないとね」と言って、一彩はもらったチョコレートを掲げて見せた。ゆっくりと包装紙をはいで、溶けかけたチョコレートを口へ運ぶ。そのまま兄の方へと口を寄せれば、意図を察した兄は嬉しそうに受け入れた。
「んっ、あ、ふぁ、あま、っ」
「にいさ、ッ、」
じゅるり、と音を立ててお互いの唾液を分け合った。チョコレート味の唾液はとろとろとしていて、二人を夢中にさせるのには十分だった。角度を変えて、逃げないように抱きしめあいながら唇を貪る。暗い庭園に響く水音は、唇から首筋へと伝うものが透明になってもしばらく続いた。
「っはぁ、も、しつけぇよ馬鹿ッ、」
「その舌先が美味しそうだったからつい深く
まで追ってしまったよ」
「言うじゃねぇか弟クン、ほらどけろ」
「ム、いやだよ兄さん」
「あ?もう遅いからお子様は寝る時間だろうが。帰るぞ」
「・・・、兄さん、」
一彩は燐音へと腰を押し付けた。ゆるく当たるそれに燐音は頬を赤くするが、しかし顔をきゅっと結んで、
「明日も朝からESの大掃除が待ってんだろうが。俺っちたちはそういうキャラだから別に遅刻しようがバックレようがいいけどお前んとこはダメっしょ」
「ちゃんと起きられるよ、ね、兄さん、」
「だぁめ、お菓子はあげたし、いたずらもさせただろ?今度の休みまでおあずけ。寮に帰るぞ」
なかなか陥落しない兄に、一彩は頬を膨らませた。いやだというその意思表示に、燐音はその頬を両手で挟み空気を抜いて答える。ぶふぉ、という間抜けな音とともにアヒル口にされた一彩の顔に燐音はからからと笑った。
「間抜けヅラ!」
「にいはんがはへてるんだろ」
「あははっ、おかしい、ひっ、」
涙をためながら笑う兄に、一彩は強硬策にでるべく頬の両手をはがした。そのまま手首を固定して、動けない兄の耳元へとかみつく。
「っおい、もう終わりだって言ったろ!」
「兄さん、Trick yet Treatだよ、」
「ッ!」
意味を察した兄の顔へと一彩は再び近づいた。