:アヴァンゲール党前夜/倫理:
アヴァンゲール:〘名〙 (avant-guerre 「戦前」の意) 戦前の考え方、生活態度、価値観などを持ち続けている者をいう。 戦前派。
1.大コンビナート党
ゴウ、ゴウと鳴るのは風音であるか、それとも聳え立つ工業機械の駆動音か。師走の夜であった。寒さが少年たちの紅頬を刺す。彼らの頬は機械油に塗れていた。皆労働者である。吐息は白。空は黒。老朽化の激しいコンビナート地帯は恰もこの国の腐敗を表すが如く、不動であった。サイズの合わぬレディ・メイドの黒コートは既に擦り切れ、てらてらとした様相。チンキで赤くなった膝が鈍く光る。この国においてはありとあらゆる物が欠乏していた。衣服をはじめとした配給制度は既に滞っている。春は未だ遠し。
彼らは第一に貧しかった。飢えていた。明日のスープ一杯はおそらく満足に少年たちの腹を満たすことはないだろう。少年たちの群れの中から、一人が歩み出る。それだけで愚連隊たちは口を閉じた。残ったのは風音/もしくは駆動音のみ。さらさらとした黒髪が揺れる。彼は支配者である。名は晴嵐、齢は十五。
一分ほどか、或いは数秒だったか。晴嵐はあたりをじい、と見回す。息をすう、と吸い大きく吐き出す。そうして声を上げた。
「―――郡民達よ」
アルトが夜に響き渡る。演説が始まる。
「嘗て共産主義という人間性に期した社会構造が世界を支配していた頃の話だ。其れはおおよそ一人の幼子が老人となり土の下に埋まるまで続いた。何度も人力のコンピュータを変え、それでも人々は支配され続けた」
演説は続く。
「問う。ソヴィエト・ロシアがその頭領を代えても尚滅びなかった理由を君たちは知っているか」
群たちはガアガアと騒ぎ立てる。その喚く様は彼ら自身が唾棄する貴族議会中継の様相であった。―――民が愚かであったのではないか?いいやそれは違うね、構造の精巧さが偶発性を上回ったからだろう。馬鹿な、そんなことはあり得る訳は無い...人間の愚かさが構造に勝利した時代はシンギュラリティ以前の物だろうに...
「黙れ!その醜い口を閉じろ!何も考えていないのならば、何も考えていないなりに振る舞うが良い!」
晴嵐の唾が飛ぶ。
「答えは単純だ。彼らは反抗しなかった。牙を抜かれていたのか?いいや違うね。牙を抜かれていても民主制は続くだろう。では何が不足していたのか、何が足りていたのか。大粛正があったから、あのスターリンの地獄を超えたからという答えは間違っている。決して本質を捉え切れているとは言えない」
答えは何か、と期するように誰かが唾を飲み込んだ。喉奥が鳴る。先まで寒さに歯をガタガタ言わせていたのに、今では熱気が丹田から五臓まで染み渡る様だ。
「本質はこれだ、”彼らは反乱する程、飢えていなかった” 諸君達は、革命はいつ起こるか既に知っているだろう。政治が腐敗したとき?王が余りに愚かであったとき?そうではない、そうではないんだ。人々は飢えた時に血を流してアポトーシスを起こし現状を変革する。それは既に世界史が証明しているね?」
深呼吸を挟む。
「では、諸君たちの現状を鑑みよ、未だ腹は鳴いているだろう!配給制度は満足に働いていない、第一次産業なくして高次産業は生まれることはない!なれば我々がすべきことは一つ!革命である!戦争である!反乱である!叫べ、我々こそがパルチザンなりと!見捨てるのは祖国なりや?否!この大コンビナートから我々の蜂起は始まるのだ!」
喝采、喝采、場は狂乱に包まれた。造反有理!晴嵐様万歳!革命無罪、謀叛こそ義なれ!斯くして愚連隊たちによる事変の封は切られた。党結成前夜。
2.TANSTAAFL
壁にはTANSTAAFLと書かれている。働かざる者喰うべからず。では働けなくなったものは?ある日、労働者たちは疑問を抱く。そしてこのコンビナートで暮らしていくうちに悟る。働かざるものは喰えないことまでは自然の摂理であり、働かざるものは自ずと淘汰されるものであると。その点で言えば愚か者にとって、この鉄製の城塞はある種の監獄形楽園と言えた。イワンのばかも知っている、身体が強くて働きものは最後に残る。
その点で言えば晴嵐は真逆であった。彼は鶴である。臓腑は弱く、満足に働けなかった。然し彼は先導者であった。
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