学園にはいくつか喫煙所がある。喫煙所と言っても、共用の灰皿がぽつんと置かれているだけの簡単なものだ。軒下に佇む憩いの場は今日もひっそりと訪問者の到来を待っている。
最後の客をいつもの笑顔で見送ったサムは、店内の影から滲むように姿を現した秘密の仲間たちが口々に囁く学園中の噂話に耳を傾けながら紙幣を数えていた。
「へえ、……それは面白そうだね、今度仕入れてみようかな」
しわくちゃなものから折り目のないものまで、器用に指先で十枚ずつの束を作りながら相槌を打つ。
最後の一枚を跳ねた指先が慣れた手つきで胸元の内ポケットに伸びる。
「おっと、今日は木曜か」
指先で箱の角を確かめてから店内に散らばる仲間たちに少し店を離れることを告げると、彼らは一瞬の沈黙の後で口々にサムを冷やかした。
「ちょっと!そんなんじゃないって、すぐ戻るから!」
これ以上茶化されては堪らないと足早に店を出たサムは、ほんのりと熱を感じる顔を誤魔化すように夕焼けの中歩みを進めた。
校舎に向かう道すがら、マジフト部の声や様々な楽器の音色を遠くに聞きながらサムの歩みは次第に早くなっていく。
「やあ、クルーウェル先生。お疲れ様」
「ああ、サム」
サムの膝より少しだけ高い位置まである古びた共用の灰皿以外には白い校舎の壁と、その壁を背にした白と黒の美丈夫だけがあった。
男の赤い革の手袋がゆったりと口元に運ばれ、一呼吸あってその薄い唇から離れていく。そっと吐き出される白い煙が初夏のぬるい風に乗って橙色の空に溶けていく。
少しだけ乱れてしまった呼吸を悟られないよう整えながら、サムは胸元からまだ新しいタバコの箱を取り出して蓋を開いた。綺麗に並び詰まった白いフィルターの上を何度か爪の先で弾いて弾みをつけると箱から飛び出した数本のうちの一本を唇で咥え抜き出した。
蓋を閉めた箱をジャケットの内ポケットへ戻したサムは夕陽に照らされた男にならって灰皿を挟み並んだ。
いつものようにスラックスのポケットに持ち歩いているライターを探して、サムの手が止まる。
たしかに店を出る前まであったはずのライターが今はどこにもない。どこに落としたんだと辺りを見回すと、空中に浮いた安物のライターが購買部の方角に向かって移動しているのが見えた。ライターの影を咥えた、犬のような姿をしている「秘密の仲間」が芝生の上を走っている。
今更追いつけそうもない速さで遠ざかっていく仲間に小さくため息をついてから、サムは隣で灰を落とす男に声をかけた。
「あー、火を貸してもらえるかな?先生」
サムの呼びかけに反応して夕陽に輝くプラチナが揺らいだ。鋭いアイラインに縁取られた淡い虹彩がサムを見つめ、ああ、と呟いた唇の端がぐっと持ち上がった。
「ん」
「…ライターは?」
男の唇の先に燃える火を見つめ、サムは首を傾げた。
普段は『ジッポをなんかカッコよく形容した言葉がここに入る』を持ち歩いていたはずだろう、視線だけで問うと男は灰を落としながらサムに微笑んだ。
「さあ、お前のお仲間に聞いてみるといい」
「はあ…後で返すよ」
曖昧に笑うと男の薄い唇の先にある火に咥えたタバコの先端を押しつけた。
サムが息を吸うと巻紙に包まれた葉が徐々に赤く色づき、焦げ焼けてゆく小さな音が二人の間に生まれては落ちていく。
食事を共にする事もあれば、遅くまで酒を飲み交わす事も珍しくはなかったが、
彼の虹彩を彩る長いまつ毛が黒い事をサムは初めて知った。
「…センキュー、助かったよ」
ようやく火が移った後で努めて"いつものサム"を意識しながら礼を述べる『保留、
この後にも何か動作入れる』
『なにかあったきすしろ』
軽い物音に目を向けると、サムの足元に二つのライターが転がっていた。
サムが使っている安物と、デイヴィスが愛用している『ジッポの なんかかっこいい表現を入れる』。
そのすぐそばの白壁には先程ライターを持ち去った張本人であるサムの秘密の仲間がいた。
犬の姿をし尾を振る仲間の頭を撫でると、サムは踵を返した。
遠ざかってく白と黒のファーコートを追う足取りは軽い。
かしこくなった
・巻紙
・刻(きざみ)