ฅ(^ •ω•*^ฅヒィヤッハァァァァァァァア!!!
躰の髄まで憶えている。
愛されたかった人達から向けられた、温度の無い視線を。色の無い言葉を。
かつての友人から言われた、否定の言葉を。拒絶の態度を。
愛すべき弟に対して抱いた、仄暗い羨望を。どす黒い憎悪を。
ああ、もう、何もかも如何でも良いんだ。どうせ、あの人達は自分のことを見てはくれない。旧友は自分のことを憶えてもいない。自分は弟と会うことも無い。
何もかも、如何でも良い。
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ハッと瞼を開いた。シックな色合いの天井が視界一杯に映り込む。脈拍が早まり、呼吸が荒くなっているのを他人事のように理解する。じっとりと背中を濡らす冷や汗が酷く不快だった。
緩慢に躰を起こす。掛け布団を引っ剥がして、部屋履きに足を突っ込んで寝台から降りる。カーテンの向こう側は未だ薄暗く、早朝と言うにも早いことが判った。
のっそりと、青色の躰に赤色の翼を持つ巨軀の竜が首を擡げた。挨拶代わりに小さく喉を鳴らす彼に、リグファルもまた目覚めの挨拶を返した。
大丈夫か? ボーマンダの問い掛けに、リグファルは顔に不完全な苦笑を貼り付ける。
「夢見が悪くてね。残念ながら、寝られそうにないや」
ボーマンダは目を眇め、たしん、と尾で床を打った。首を傾げると、もう一度たしんと叩く。責められていると判って、貼り付けていた苦笑を剥がして素の表情に戻した。
満足気に尻尾を揺らすボーマンダに近付いて、その逞しい首に両腕を回して縋り付く。ザラザラとした肌に頬を擦り付ける。仄かに体温と鼓動が伝わってきて、芯まで冷え込んでいた温度が戻ってくる感覚がする。ボーマンダは何も言わずに尻尾を揺らしていた。
「ねえ、ヴィディア。褒めてくれないかい? 何でも良いから」
ボーマンダはグルグルと喉を鳴らした。言語が同じでないことが、今ばかりはとても苦痛だ。大まかな意思疎通は慣れで行えるが、何を言ったかだなんて判りはしない。ボーマンダが褒めてくれているのだとしても、その内容が判らなければ如何にもならない。己の偏屈さを、リグファルは十分過ぎるほどに理解していた。
伝わっていないと判っているのだろう。ボーマンダは頬をリグファルのそれにくっ付けた。その温かさだけで、今は十分ということにしておく。
ありがとう、と頬を撫でると、ボーマンダは目を細めて喉を鳴らした。
名残惜しいが、ボーマンダから身を離して窓のカーテンを開ける。空の端が淡く白みを帯びている。そろそろ日が昇るのだろう。
散歩にでも行くか。ボーマンダが鳴くのを聞いて、リグファルは貼り付けたものでない、彼本来の笑みを浮かべた。酷く子供っぽい、(ruby:ポケモン:かぞく)達にしか見ることの出来ない笑顔であった。
秋になったばかりとはいえ、早朝の空気は清々しく冷たい。肺を満たす心地好い温度に、ほうと息を吐いた。
ボーマンダの背に乗り、誰も起き出さない夜明け頃の空中を飛ぶ。眼下の建物に明かりは無く、通りに人は居ない。今ばかりは、正しく彼らだけの空だった。
「ヴィディア。前にもこんな風に飛んだことがあったろう? 憶えているかい?」
勿論。あの時もお前は魘されてたから。
心配されているのが心地好くて、リグファルは向かい風に押されながらも機嫌良く躰を揺らす。落ちるぞ、とボーマンダに注意されても、やめるつもりはなかった。何処までも彼は自分中心である。それを咎めるつもりの無いボーマンダは、リグファルが何をしようと溜息を吐いて手伝うしかなかった。
水平線の向こう側から、真白く見える太陽が昇ってくる。煌めく青色を視界に映しながら、けれどリグファルは感嘆することは無い。結局はただの景色の一つでしかない。彼が感嘆するに値するものではなかった。
「……つまらないなぁ」
小さく呟かれた言葉を、ボーマンダは聞き逃さなかった。けれど、それに対して何かを言える訳でも無かった。自分が何かを言って解消される退屈ならば、リグファルは疾っくに退屈とは無縁の生活を送れていたのだから。
だから、言葉の代わりに雄大な空中散歩を贈るのだ。翼を持つもののみに許された、空を征く術を。
そろそろ戻ろうか。リグファルはボーマンダの首筋を撫でながら告げる。ボーマンダは従順に一度鳴いて、緩やかに高度を下げ始めた。
リグファルが初めて空を飛ぶ楽しさを知ったのは、確か8歳の時だった。
翼を持つポケモンであっても、最終進化形でもなければ人間を乗せて、或いは抱えて飛ぶことは難しい。その為、リグファルの周囲に空を飛んだことのある同年代の子供はいなかった。
であれば何故リグファルは飛べたのか。単純な話だ。その頃、リグファルのかねてのパートナーであったコモルーが、晴れてボーマンダに進化したからである。殻に篭もりきりで翼を持たなかった彼が立派な体躯と綺麗な翼を持つ姿に変わり果てた時は、荒れた少年だったリグファルとて喜びに駆け回ったものだ。
進化したボーマンダは、既に空の飛び方を理解していた。直接脳にインプットされていた感覚だったのだろう、何故飛べるのか自分でも判らず首を傾げるボーマンダに、リグファルはくつくつと笑った。
その後、すぐにその背によじ登って、ソウリュウシティの上空を旋回しながら景色を共有した。地上の道では判らなかった池の存在に気付いたり、野生のポケモンが木々の間を駆け回っている様子を眺めたり、こちらを指差す同年代の子供達に自慢げになったりした。
空を飛べるポケモンを持つことは、トレーナーにとっては一種のステータスにもなり得た。それ故に嫉妬もされやすかったが、疾うにそんなものには慣れていたリグファルは平然としていた。
トレーナーズスクールはヒオウギシティとサンヨウシティに存在するが、有志によるボランティアのスクールはソウリュウシティにも存在していた。リグファルが通っていたのは其処だ。同い年くらいの子供らが他に十数人いて、教師が三人居た。リグファルは筆記でも実技でも常にトップに居続けた。それを、周りは良く思っていなかった。それでもトップであり続けたのは、些細な願い故だった。
スクールの授業を終えて、自宅の鍵を開けて誰も居ない家にただいまと告げる。明かりのついていない室内は無機質な冷たさがあった。
リビングのテーブルの上にはメモと幾ばくかの金銭が置かれていた。休みを取った両親は、リグファルの弟であるシグレを連れてライモンシティに出掛けていた。帰ってくるのは夜遅くになる予定だ。リグファルは自分一人で、食事を買ってこの家で食べなければならない。その寂しさにも慣れた。
スクールバッグを2階の自室に適当に放り込んで、ウエストバッグにボールを詰め込んでから腰に装着する。1階に降りて金を引っ摑むと、先程開けたばかりの玄関ドアをまた開いた。戸締まりをしたのを確かめて、近くのスーパーに足を向けた。