顎先を掠める髪の感触と、腕をやんわりと退ける指のぬくさ。抱き締めた身体がするりと逃げて、寝台に篭った熱が すぅ、と冷めゆく寂しさ。自分ではない誰かが動く物音で目を覚ますというのは実に奇妙な感覚だ。それを、ロビンと寝るようになってから初めて知った。
立香はゆっくりと目蓋を押し上げると、目の前でぞもぞと身動ぎする男をぼんやりと見上げていた。と、視線を感じ取った男が床に落ちた服を拾いながら ちら、と横目だけ流してきた。
「すみません、起こしちまいましたか」
問い掛ける男の声は、少し掠れていた。その原因を思うと少しばかりバツが悪くなり、応える語調もぎこちなくなる。
「……気にしないで。そんなに眠くなかったし」
「それでも眠れるなら寝るに越したこたぁないでしょ。とっとと寝な」
「……なら、ロビンの用事が終わるまで待ってる」
今度はロビンの方が言葉に詰まる番だった。ぴくり、と。眠りに落ちる前、立香が散々に舐めしゃぶったり噛み付いたりした肩甲骨が震える。
気まずい様な、むず痒い様な沈黙が、いつしかマイルームの中を満たしていた。時間帯が中途半端な頃合いだったのも間が悪い。深夜とも明け方ともつかない曖昧な時間は、数時間前の寝台での出来事を忘れるにはまだ早すぎる。どことなく不健全で、息を潜めておかねばならない様な張り詰めた空気の中、二人はしばし見つめ合いながら互いの出方を伺っていた。
ーーやがてロビンは ふぅ、と煙草でも吹かす様に細く息を吐いて、ちょっと首を傾げてみせた。
「……用事も何も、喉渇いたんで水を飲むだけですよ」
おどける様な、誤魔化す様な声音。まだ夜の気怠さを引きずる時間なのも相まって、その仕草はどこか夢みたいに嘘臭い。けれど、その嘘臭さを指摘するのもまた面倒だ。何せ、立香はまだ寝ぼけていたので。だから深く尋ねるのは止めて にへら、と笑い返しておいた。
「ン、なら俺にもちょーだい。そしたらイイ子で寝るから」
「……へーへー。ったく、人遣いの荒いことで」
備え付けの冷蔵庫からペットボトルを一本出して回し飲みすると、あっという間にすっからかんになった。起き抜けに飲んだ水の冷たさに幾分か目が冴えてしまって、どうにも今すぐに眠る気になれない。何となく落ち着かないというか、この夢現の境みたいな時間をこのまま逃してしまうのは、ひどく勿体ない気がしたから。
ろびん、と掠れた声で呼びかけると、薄暗がりの向こうから吐息みたいな返事が返ってくる。空になったボトルを潰す耳障りな音だけは現実的で、それ以外はやっぱり幻みたいだった。二人分の皺の寄ったシーツの手触りすら、どこか頼りない。
「ロビン、……もうちょっと起きてちゃ駄目?」
口に出してみてから、内容が子どもっぽいことに気付いて少し恥ずかしくなった。こんなのまるで、宵っ張りの子どもが親に向かって駄々を捏ねるみたいじゃないか。もちろん立香はもう子どもと呼べるほど幼くはないし(ロビンはしょっちゅう子ども扱いしてくるが、少なくとも法的な年齢の話として)、ロビンも親ではないのだけれど。
居た堪れなくなって縮こまる立香を前に、ロビンはしばらく黙り込んでいた。やがて、かすかな息遣いが夜気を震わせる気配があって、ベッドが ぎし、と軋む音。毛布の中に滑り込んできた裸足は、少し冷たかった。
「駄目ですよ。つか、さっき寝ろっつったばっかでしょ」
「……はぁい」
せっかく夜更かしできると思ったのに、と剥れる気持ちはあったけれど、ここで言い返すのはそれこそ子どもっぽいと分かっているから何も言えない。立香が不承不肖に頷いたのを見届けると、ロビンはこちらに背を向けて横になってしまった。
(……あ、まただ)
こうしてベッドを共にしてから知ったけれど、ロビンは眠る時に決して顔を見せようとしない。何故そうするのか理由を訊いたことはなかった。言えばきっと教えてくれるだろうけれど、何となくその勇気が無くて未だに尋ねることができない。そのくせ、共に眠る時に顔を見ることができないのを寂しいと思うのだから実に身勝手だ。
恋愛に手慣れた英霊ならばその身勝手さこそ色恋の醍醐味と言うのだろうが、立香にはまだ分からない感覚だ。つきん、と心臓を締め付けてくる感情には蓋をして、立香はそっと目蓋を落とした。
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