恋人との連絡はいつもシンプル。メッセージアプリだと特にそれは顕著で、「明日は十七時に部室に伺います」「り」とか、「明々後日空けといてください」「り」とか、あれ拙者「り」しか言ってなくない?いやいやそんなことないはず、ちゃんと恋人同士らしいキャッキャウフフな会話を、えーとえーと、あった、「アズール氏今週末暇だったりします?新しいボドゲを仕入れたのですが」「日曜の夜なら空いてますよ、泊まりでいいですよね」「もちろんでござる」。お泊まりデートのお約束なのでこれはキャッキャウフフ。陰キャはリア充のハードルが著しく低い。
 電話だともう少し、感謝とか、謝罪とか、予定の変更とか、ただ単に声が聞きたかった(アズール氏がこう言って電話をかけてくるのは半年に一回ぐらいしかないけど気が狂いそうなほど可愛い)とか、つまりより緊急度と重要度が高い連絡になる。だから今日も、電話がかかってきた、という時点で何か大切な連絡なんだな、ということには気づいていた。
 ワンコール、ツーコール、アイコンをタップして応答する。本当はワンコールで出られるんだけど、すぐ出たら待ち構えてたみたいでキモいからちょっと待つ。いや待って、すぐ出たらキモいかも......もうちょっと様子見てみよっとかいう思考が既にキモいのでは?え?どう足掻いてもキモいじゃん。知ってた......。
「ア、アズール氏?」
「イデアさん、迎えに来てください、待ってますから」
キュルル、ブツッ。あとはただただ話中音が流れているばかり。
「は?」
思わず声に出てしまった。アズール氏は無駄を嫌うから用件だけズバッと言ってくことが多いけど、流石にこれは諸々端折りすぎでは?でも、でもアズール氏があれで通話を切ったのなら、必要な情報は全てあの中に入っている。もう一度、最初から、そもそも忘れるほど長い会話じゃない。
 アズール氏は迎えに来てくださいと言った。つまりアズール氏は拙者に迎えに来てほしがっている、もしくは自力で帰れない状況にある。電話のはずなのに、耳元で声がしなかった。くぐもった、少し大きめで、遠くから呼びかけているような声。スマホが手の届く範囲にない?最後、通話が切れる前、キュルル、と音、いや、声がした。あれは人魚語だ。人間にも発声は不可能じゃないけど喉の構造的にあまり向いていない言語。アズール氏は双子と話す時も人間の姿のときは滅多に人魚語は使わない。わざわざ人魚語を残した意味。アズール氏は今人魚の姿だということだ。kk、理解。こいつは緊急事態というやつですな。
 二時間ほど前にスリープモードにしていたオルトに起きてもらって、アズール氏のスマホとマジカルペンの所在を探る。ポムフィオーレ寮の近くの、何だここ。こんなとこに建物あったか?そして何でアズール氏はそんなとこに居るの。とにかく座標は分かった。あとは簡単、パパッと魔法陣書いて転移。転移術は召喚術と似ているからどちらかと言えば得意だ。陣が発動して青く光り始めてから、そう言えばアズール氏人魚の姿なんだったら水場にいるのでは、転移した先水の中だったら最悪死ぬな、泳げないし、と思った。
「アズール氏大丈夫?」
「はいイデアさん来た、流石イデアさんそこのポムフィオーレ生全力で殴ってっ」
「え何、誰、なぐ......?分かんないけどとりあえずダメージ与えればいいのね、えい」
転移先が水中じゃなくてよかったなあ。木曜日なので木の魔法で殴った。僕が来てから明らかに動揺していたポムフィオーレ生は反応が遅れて、魔法が当たってぽーんと飛んで、壁に当たって、床に落ちて、動かなくなった。
「弱すぎん?」
「本当に弱いな、それはそれでムカつきますね」
アズール氏は元の姿で、大きな大きな水槽の中にいた。首と、手首には見るからに重そうな枷が嵌っていて。
「それ壊していいやつ?」
「いいやつです、特に何の仕掛けもないただの枷なので。重いんで早く壊してほしいです」
水の中は魔法が通りづらいので、まずバスタブを出して、水入れて、水槽ぶち割って、アズール氏の枷を壊して。自力でズルズルバスタブに入ったアズール氏は、ほう、と息をついた。
「助かりました」
「それは良かった。それで、えーと、ここはどこというかあいつは誰というか、結局何があったので?」
「ここはポムフィオーレ寮の近くの何でしょう、秘密基地、と彼は言っていましたが。窓がないので地下みたいですね。彼はポムフィオーレ生で、僕に興味があったそうですよ」
「興味」
「ええ」
「恨みではなく」
アズール氏はわざとらしく眉を顰める。
「失礼ですね、僕が恨みを買うようなことをしたことがありますか?」
「フヒヒッどの口が。して興味とは」
「タコの人魚を飼いたかったそうですよ。美しいものを手元に置いて愛でたいとかで」
「は?処す」
「もう処されてますよ、落ち着いてください。疲れたんで帰りたいです。その辺に僕のスマホとマジカルペン落ちてるんで拾ってください」
アズール氏が脚で指した方、ドアの近くのテーブルにほんのり濡れたスマホと、マジカルペンと、小さな肉片が落ちていた。肉片?
「何これ」
「僕の脚ですね」
「は?脚?何で?アズール氏怪我してんの?やっぱ殺す」
「どうどう。彼がやったんじゃありませんから。殺すと後が面倒なのでやめてください」
「じゃあ誰がやったの」
「僕です」
「何故、いや何故じゃない、まず傷見せて、人間用の治癒魔法効く?」
「効きます、マジカルペン渡してください、自分で出来ますから」
「駄目、僕がやる」
知っている中で、一番効果があって、一番アズール氏に負担の少ない回復魔法をかける。ほんの少し欠けていた脚先は、みるみる元通りになった。アズール氏は脚をくるくる回して点検したり、ぱしぱし水面を叩いたりしながら、ぽつぽつと、でもどこか上機嫌に喋り出す。
「連絡をね、しようと思ったんです。放課後校舎を歩いていたら、いきなり後頭部を殴られて。少し前から見られている気はしていたので魔法の気配には気を配っていたんですが、僕は物理にはまだ弱いですね。対策が必要です」
アズール氏の目を見て、聞いているよ、という意思表示をしつつ頭の方にも治癒魔法をかけておく。やっぱりあいつは殺す。物理が駄目なら社会的に死んでもらおう。
「起きたらああだったんです。枷は重いし、水槽から出られたとしてもろくに動けないし、かと言ってスマホもマジカルペンも手元にないし。もう面倒なので迎えに来てもらおうと思って」
「それで何故脚を怪我する事態に」
「スマホを操作したんです。水の中だから音声認識は反応しないので、ちょっとだけ脚先噛みちぎって、マジカルペンなくても使える一番弱い風の魔法で飛ばして、タッチペン代わりにして」
発想が怖い。手元にないけどスマホが使いたいなあ、何使えば反応してくれるだろう、そうだ脚を噛みちぎって使おうってなる?ならないでしょ。でもアズール氏はなるんだよなあ、多分どうせ再生するからいいでしょとか思ってる。
「そしたらね、ふふ、ここからが面白いんですよ」
薄青い瞳がきらきら光る。楽しそうで何より。僕はちょっと怒ってますけど。
「何とか勘で操作して、電話アプリ開けたらしいな、ってところで、彼が部屋に来たんです。流石に魔法使ったらバレちゃうので、僕、声で貴方に電話をかけたんですよ」
「さっき音声認識は使えないって」
「ええ、声紋は認識してくれません。だから歌を歌ったんです」
「歌?」
「そう。この間貴方の部屋で映画を見たでしょう?ボートに取り残された小さな探偵とオペラ歌手が警察に助けを求める場面です」
「え、あれ、あの、番号に割り当てられてる周波数の音出して電話かけるやつ?あれやったの?マ?」
「マ、です。出来たら面白いなあぐらいの気持ちだったんですが本当に出来てしまって」
アズール氏はくすくす笑い出す。やたら機嫌がいい。
「ええーっあれやったのっていうかあれ出来んの何人魚すご、歌が上手いってマジだったんですないや待って何で拙者その場に居なかったわけそんな面白いこと何でアズール氏一人でやっちゃうのもう帰ろすぐ帰ろ拙者の部屋帰って実験しよオルトもさっき起こしたから」
「貴方ならそう言うと思いました。ね、だからもう帰りましょ、彼の身元は分かっているので後でどうとでも出来ます。あとオルトさんは寝かせてあげてください、もう深夜でしょ」
こうしちゃいられねえ、一刻も早く部屋に戻って試したいことが山程ある。爆速で僕の部屋までの転移魔法陣を書いて、発動させる前にそういえば、もう一つだけ。
「何で拙者呼んだの?電話かけるならフロイド氏かジェイド氏でも良かったのでは。彼等の方が物理は強いでしょ」
「そういうこと聞きます?意地悪ですね。一つは単純に効率です。貴方は当然のように使ってますが人を転移させるのって相当な高等魔術なんですよ、二年生では習いません。それから」
アズール氏は蕩けるような、蠱惑的な、どこまでも純粋な、ああもう分からん、とにかく最高の笑顔を浮かべて言った。
「とにかく早く貴方に会いたかったんです。......こういうの、お好きでしょう?」
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