「あとどのくらいだ」
 左手にぶら下げた鳥籠には黒い布で覆いが掛けてある。
 日光程度で簡単に死ぬような可愛げはこの男にはないが、それでも陽に当たるのは火で炙られるようなものらしい。以前、吸血鬼が太陽の光で焼け死ぬのはマジなのか、と好奇心で尋ねたら「見てみるか?」と薄笑いで昼間のカーテンを細く開け、肌の明るく照らされたところからじゅうじゅうと煙を上げながら焼け焦げるのを見せられたときは頭がおかしいのかと思った。
「いかれてんなテメエ」
 思ったそのままを口に出せば、吸血鬼は笑った。
「この程度じゃ死なねえし、これくらいすぐ治る」
 おかしいのは頭だけではないらしい。何百年生きたのか知らないが、特別頑丈なようだった。
 そんなわけで、俺たちの活動時間は基本的に夜だが、致し方なく昼間に動く場合、吸血鬼は蝙蝠に化けて覆いを掛けた鳥かごの中にいる。籠の中など嫌がるかと思いきや、歩くのを面倒臭がるほどには不精のため、案外悪くはないようだ。
「街で聞いた情報が確かなら、半日くらいだな」
「めんどくせえな……」
「てめえ、そればっかりじゃねえかよ」
 自分で歩きもしないくせに、蝙蝠が文句を垂れる。
「腹減った」
「我慢しろ」
「……腹減った」
「うるせえ」
 黒い布の向こうから聞こえる甲高い鳴き声は抗議らしい。無視を決め込めば、それもすぐに止んだ。
「なあ、街に戻ろう。もう誰でもいい。ちゃんと残すから」
「てめえ矜持ってもんがねえのか」
「そういうのはおまえが持ってればいいだろ」
 善人の血は後味が悪いから、と悪人ばかりを食い物にしているくせに、少しばかりの空腹ですぐこれだ。化け物の意志は弱い。
「腹減ってる時に食いついて、うっかり完食して後味が悪ィだのなんだの、ぐだぐだ文句垂れたのァ誰だよ」
「知らねえ」
「てめえだよ! クソが!」
 怒鳴りつければ、拗ねたような蝙蝠の鳴き声が布の向こうから聞こえた。心なしか小さく、尻すぼみに消える。本当に落ち込むような可愛げはないので、演技か当てつけのどちらかだろう。わかっているのに腹の奥がむずむずするのは、俺が甘いのだとわかっている。理解できる程度の時間を共に過ごして、絆される程度には触れ合った。
「ンな腹減ってんなら、俺の血ィ飲めばいいだろが」
「いやだ」
「けっ、でかくなった俺の血は飲めねえってか」
 随分な譲歩を間髪入れずに蹴られ、悪態を吐く。あまり揺らさないよう、気をつけて持っていた鳥籠を少しばかり揺すってやれば、居心地の悪そうな羽ばたきが聞こえた。
「……おまえは美味いから嫌だ」
「ハァ?」
 また居心地の悪い羽ばたき。
「うっかり全部食っちまったら困る」
 小さな獣の喉から零れたにしては、やけに沈んだ声だった。
「おまえがいないのは困る」
 篭った声は小さく、聞き取りにくかった。鳥籠を持ち上げ、黒く分厚い布を少しばかり捲ってやれば、鳥と獣の合いの子みたいなものが止まり木で小さくなっていた。
「言葉選びクソ下手かよ」
 ハッと息を吐いて笑う。
「素直に俺がいねえと生きていけねえって言え」
 蝙蝠は不機嫌そうに身じろぎをした。
「別に、おまえがいなくても生きていける」
「そうかよ」
 いつかは肌の焼けるのさえ気にした風でもなかったくせに、今は細く差したほのかな明かりさえ嫌がるような素振りを見せたので、捲った布を下ろしてまた隙間なく覆いを掛けてやった。目線の高さまで持ち上げた鳥籠をもう一度手にぶら下げる。そのとき、篭った声が小さく聞こえた。
「でも、おまえがいないと寂しい」
 静かな声はわずかな揺れさえなく平坦で、この小さな布の向こうに本当に彼がいるのか、少し不安になった。
「おまえに会う前、どうやって生きてたのか、もう思い出せない」
 細い檻をひっかく音がする。出せ、と言っているようだった。
 黒い布を捲る。
「……バーカ」
 何百年生きたのか知らないが、ずいぶん甘ったれた野郎だ。結局絆される自分を棚に上げて思う。出会った頃の冷めた顔を思えば、これがこうなったのはもしかすると俺のせいなのかもしれないが、今は考えないことにする。
 日陰に腰を下ろして、覆いを捲る。出せと言ったくせに、蝙蝠は檻の向こうでじっとこちらを見ているだけだ。
「おら、ちょっとくらいならいいだろ」
 ポケットのナイフを取り出し、手の甲に滑らせる。じわりと滲み出した血を見て、蝙蝠が身じろぐ。血はぷくりと玉になって、手の甲を指先まで流れ落ちた。
「はよ出てこい。零したらもったいねえだろが」
 痛まない方の指先でちょいと呼ぶ。小さな羽ばたきで草むらに着地した蝙蝠が、見る間に人間の男の姿に変わる。それでも困ったような顔をして、ただじっと座り込んでいるので、指を持ち上げて滴る血をその薄い唇に押し付けた。諦めたような息が指先にかかり、やがて少し温度の低い舌がそっと血の滑った跡をなぞった。
 傷口に吸い付いて音を立てる。白い喉がごくりと鳴る。
 血塗れの唇が名残惜しそうに離れていって、熱の篭った目がこちらを見た。
 白い腕が伸びてくる。首に絡んで、冷たい体温が肌に触れた。
「……余計に腹減った」
 吐息というより溜息に近い。やけに深刻にそう零したので、紅白の頭をぺしんとはたいて、血塗れの唇を袖で拭う。
「夜まで待っとけ」
 にやりと笑ってやれば、不満げな舌打ちが返ってきた。
 おわり
 以上です! お付き合いありがとうございましたー!
 ほわほわハートが飛んできて嬉しかったです!!
 ではでは、おやすみなさい
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向き
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ものはためしに
初公開日: 2020年08月25日
最終更新日: 2020年08月25日
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マイ・ハニーブラッド https://privatter.net/p/3937335 のつづきみたいなのをちょこっと