神様なんてクソ食らえ、そう思って今日もあたしは教会の方へ中指を立ててみせる。
 神様に向かってではない。居もしないそんな存在を信じている、ありがたーい教会の神父とシスター、それと休日に真剣に教会へ通って祈りなんかを捧げる人たちに対してである。
 神様というやつが本当に自分たちを平等に扱っているというのなら、髪が陽に当たると色が薄くなってしまうなんて身体にはなっていないだろうし、それを気味悪がられるなんてこともなかっただろう。時折近い未来に起きることを夢で見て、百発百中といった具合で当てて親に悪魔だなんて呼ばれたりなんかして、家を出ざるを得なくなることなんてこともなかっただろう。神様というものが本当にまだいるのならば。
 あたしは、神様っていうやつはもう死んでしまったんだろうって、そう考えている。
「ひかりのー、そらーあはぁ、ゆきぃをー、も、た、ら、しぃ、っと」
 物心ついた時には覚えていた、誰からも教えられていない歌を口ずさむ。
 あの頃は歌が上手いと両親からも村の皆からも褒められて、たしか祭りで歌ったこともあったような気がする。数少ない良い思い出の一つだ。
 この歌は母のお腹の中で授かったものではなくて、生まれる前のまだよくわからない、どこかとしか言い様がない場所にいるときに聞いていたものなのだろう。勝手にそう思っている。
 村を出てから旅人をしている。どこかひとところに留まる気は今はなく、定住したいと感じた村にも街にも今のところは出会っていない。日々、行商人の手伝いをしたりだとか、己も行商人の真似事をして土地土地の特産品を別の村で売ったりだとか、そういうことをして生計を立てている。大きな街であればどこの者とも知れぬ若い小娘でも雇ってくれる酒場はあるし、今まで何とかなってきている。
 普段ならば特に目的を持たず、興味の赴くまま風の吹くまま、土地を巡っているのだが、今回は少し事情が違った。
 なんでも、天使のいる教会がある村が存在するのだそうだ。
 姿は少女、殊に珍しい銀髪を持っていて、教会の鐘のある塔で暮らしているとのこと。しかも何十年も前から姿は変わらず、村では聖なる人、もしくは天使様と呼ばれているそうである。
 天使が地上にいる。本当の天使かもしれない。十中八九偽物であるだろうと思ってはいるが、特に目的もない暮らしだ、会ってみて損はない。
 もし本当にその少女が天使であるならば、訊いてみたいこともある。神様なんて本当はいないんだろうって。神様なんてとっくの昔に死んでしまって、今はもうあなたたちみたいな天使しかいないんでしょう、神様がいないから捕まってしまったんでしょう、って。
 あなたを解放するから、代わりに私も天使の国に連れて行って。そう言おうと思っているのだ。神様の代わりになんかはなれっこないけれど託宣の真似事ならできる。そうしたら少しは天使たちの役に立つのではないだろうか。神様の元にいた者たちならば、自分のことを気味悪がることもないだろう。
 そこまで考えて、自分は結局どこかに居場所が欲しいのだろうかと思う。奇異な目で見られることもなく何を気にすることもない暮らし。それは楽園というのかもしれない。楽園というには多くを望まないけれど。
 この髪もわざわざ染める必要なんてなくなるだろう、と染料の落ちてきて色が薄くなってきた毛先を指ではさむ。
 染髪剤で髪を染めるのは面倒くさいが奇異な目を避けるためには必要なことである。藍で染めた髪は灰色がかった黒髪に見えるので、染めてしまえば違和感なく人混みに紛れ込める。耳の下で二つに結った髪は旅を始めてから一回も切っていないので随分と伸びている。枝毛も増えてきたのでそろそろどこかで一度切りたいものだ。
 ともあれまずは宿探しである。村の大きな通りを探せば見つかるだろう。今日は一日歩き通しで脚ももうパンパンだ。天使のことを調べるのも明日にすることにして、宿泊施設が伴っているであろう酒場を探した。
 この村の酒場ははっきり言ってアタリだった。宿泊代は相場といったところだが案内された二階の部屋は隣との壁もそこそこに厚く、扉には内側からしか開けられない丈夫そうな鍵がついている。寝台は横幅は標準的だが大の男が十分に足を伸ばせるほどの大きさで、布団は定期的に干しているような清潔さがある。掛け布団には宿の女店主の手製だろうか、パッチワークの素朴ながらも綺麗なカバーがかかっている。おまけに足を洗う桶には湯を入れて貰えてパンパンの脚をマッサージしてほぐすことができた。
 夕ご飯は一階で、ということで食事にも期待ができると思いながら酒場へと降りる。
 まだ陽も沈みきっていない時間であるからか酒場らしい喧騒はまだない。カウンター席の脚の長い椅子に手こずりながら座ると、期待以上に素晴らしく、食べきれないほどの温かな美味しい食事を出してもらってしまった。
 良い村だ。
「それもこれも天使様のおかげだよ」
 表情に出ていただろうか。心の内を察したかのように奥さんが言う。
「その天使様って、教会の?」
「ああ、そうだよ。ここらじゃ有名だろ。塔に住まわれている天使様がこの村に平穏と繁栄をもたらしてくれているのさ。わたしが子どもの時からずっと変わらないさね」
 教会のある方へだろうか、奥さんが両手を祈りの形に組む。この土地の人々は信仰心に厚いのかもしれない。
「その、天使、様が年を取らないって本当なんですね」
「窓からの姿しか見たことはないけれどそうだねえ、女の子のままだ」
「天使には、会えますか?」
「天気の良い日にはよく窓辺にいるよ。対面って意味なら教会の方々としか会わないんじゃないかね」
「そうですか。ありがとうございます」
 ごちそうさまでした、美味しかったです、心の底からそう伝えると奥さんはにっかりと笑っておそまつさまでした、と言ってくれる。
 再び手こずりながら椅子を降りると、ああそうだそうだ、と奥さんが思い出したように自分を呼び止める。
「そういえば嬢ちゃん、名前は?」
「あたし? ──アン。アンっていいます」
「いい名前だね。天使のアンだ」
 他意もなく言ったであろう笑顔の褒め言葉に笑みを返す。口許がぴくぴくと引きつる感覚がした。上手く笑えただろうか。
 天使。実の親に悪魔と呼ばれた自分が。言われた正反対の存在に別の意味で笑いが溢れそうだ。
「ありがとうございます」
 お礼もそこそこに二階の部屋へと向かう。
 今日はもう寝よう。
 考えても、思い出しても仕方ないことは無駄なのだから。
 夢を見ている。夢だとすぐわかった。現実味が薄いのに現実を映している、そんな風景だったから。
 どこだろうか、知らない道を走っている。たぶん今滞在している村だ。
 景色は暗く、時間は夜だ。やがて道から逸れて背よりも高い茂みを掻き分けて走る。足は長い草に翻弄されてもつれ、それでも荒い息をあげながら止まらず進み続けている。どうやらなにかから逃げているようだ。左手は後ろに回っているところを見ると、誰かの手を引いているらしい。
 月はなく、星明かりだけを頼りにして真っ暗な中を進み続けている。手を引いて共に逃げる人物の姿は夜の闇も相まって曖昧ではっきりとは見えない。時折自分が振り返り見る目線の位置からして身長は同じくらいである。
 走り続けていると高い茂みがふいに切れて下草の多い場所出る。上を見上げると星明かりはなく、森の中に出たらしかった。耳を澄ますと追っ手の気配はなく、木々のさざめく音だけが聞こえた。
「どこか、休める場所を探そう」
 そこで、目が覚めた。
「……夢」
 カーテンの隙間から差す陽。市の栄える音。朝だ。
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天使とアンと死んでしまった神様のはなし
初公開日: 2020年08月11日
最終更新日: 2020年08月16日
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百合(予定)です。二次創作です。FTパロ。