「ナギ、ちょっと良いだろうか」
部屋で課題を片付けていたら、スマホにシオンからメッセージ。
「もし今時間が許されるなら」
「お茶の時間にせぬか」
次々とポップアップする吹き出し。キリのいいとこまで終わったし、オッケーのスタンプを押してぼくはリビングに向かうべく机の上を片付けた。
そこには、ちいさなホールケーキがひとつとティーセットがふたつ。いちごと、メロンと、桃?かな、が乗ったキラキラして可愛いケーキ。
「どしたの?誕生日?」
「察しが良いな」
紅茶を煎れながらシオンが薄く微笑む。だって、ハッピーバースデーのプレートが乗っかってるもん。ただ、名前は書かれてないから誰のかはわからないけど。
食席につくと、カップに注がれた紅茶とフォークが差し出された。え?カットしないの?つついて食べる感じ?いや、いいけどさ。
「これ、ぼくが食べてもいいの?誰かのじゃなくて?」
向かいの席に腰掛けて、同じくフォークを手にしたシオンに問いかける。すると、やっぱり薄く微笑んだまま彼は頷いた。
「ナギと食したかったのだ。さあ、どうぞ」
甘くて、すこし酸っぱくて、でも上品な味のケーキは、いつの間にか四分の一が無くなっていた。
「ねえ、これ、誰のかぼくには聞く権利あるよね?」
あったかい紅茶を啜るシオンにそう言えば、彼はカップをテーブルに置いて少し遠い目をした。
「……昔、天草にとても良くしてくれた者が居て。今日は、彼の者の誕生日なのだ」
初めて聞く話だ。きっと、ぼくたちと出会う前のことなんだろう。さっきからずっと浮かべている微笑みには、少しの後悔と寂しさが見え隠れしてる。
ひとりだったシオンに声を掛けてくれて、それからずっと仲良くしてくれたこと。所謂ニコイチみたいな感じだったのだけど、あるときを境に少しずつすれ違いができて、お互いに気まずくなってしまったこと。そしてそのまま、シオンはこっちに来てしまったこと。それらをゆっくりと話してくれた。そんな彼の誕生日をふと思い出したのだと言う。
「へえ……」
聞いたところでどうしたらいいのかはわからないけど、とりあえずケーキはとても美味しい。ありがとうございます。
「もう会うことはないだろうけれど感謝しているのだ。……もし、あの時にすれ違うことがなければ、諍うことがなければ、まだ天草と近しくしていてくれたのだろうかと時折考える」
「うーん……ぼくはよくわかんないけどぉ、そこまでシオンが思い入れる相手なんだったら、その人もシオンのことまだ覚えててくれてると思うし、後悔してたりするかもよ?連絡取ってみたら?」
浅はかな考えかも知れないけどさ、いまのデータでぼくが導き出せる答えはこれしかない。そもそも、シオンのこと忘れたり嫌いになったりできる人いる?天草シオンだよ?誰しもが癒されると話題の。
「……それはまた、その時が訪れたら。いまはまだ、後ろめたさの方が大きくて」
カップを両手で包んで、揺れる水面をぼんやり見つめているシオンは少し泣きそうに見えた。仲直り、したいんだろうなあ。できるといいね。
「きっとね、そういう小さな棘は時間が解決するしかないんだよね。ぼく知ってる」
だからさ。フォークでひとくちぶんケーキを切り分けると、それを乗せてシオンの口元に運んだ。
「ほら、シオンも。お誕生日おめでとう、しようよ。ささやかにでも、その人のもとに届きますように」
買ってきたくせに、ひとくちも食べてないじゃん。もしかして、毎年こんなことしてたの?だったらもう、そろそろその人は気が付いてもいい頃だ。
しばらく目を瞬かせていたけれど、その一欠片はぱくんとシオンの口のなかに消えた。控えめな甘さに、ずっと強ばってたシオンの頬が緩む。甘いものって最強だよね。
「おめでとう、は?」
「……誕生日、おめでとう」
「よし。さ、食べよ?まだ半分以上あるんだよ?こんなにナギだけじゃ食べれないよ」
「ああ。……ありがとう、ナギ。感謝する」
「なにがぁ?よくわっかんないけど、ナギはケーキが食べられて嬉しいだけ〜。……あと、」
ふたくちめを咀嚼しているシオンが、こちらを向いた。ねえ、気づいてなかったでしょ?
「しらないひとの話をされて、少し面白くない……だけだもん」
きょとんと目を丸くしたあと、吹き出すようにシオンは破顔する。なんだよもう、これでも顔に出ないように我慢してたんだからね?
「そうか、それはすまなかった。彼とはそういう関係では無いのだが……ナギには少し嫉妬させてしまったか」
「はあ?!嫉妬じゃないし!面白くないだけって言ったじゃん!」
思わず身を乗り出して反論。別に嫉妬はしてないもん。なんか、そこまでこころに刻まれてるのはなんかずるいなとは思ったけどさ。
「……次の誕生日までには、進展してるといいね。そのときはナギにも教えて」
「そうだな、そのときは報告するとしよう」
どこかの誰かへ。お誕生日、おめでとう。もしも、少しでも、まだどこかにこの臆病でそのくせ大胆で、けれど寂しがりな彼の存在が残っているのなら、どうか良き結末が迎えられますように。ぼくはささやかながら、そう願ってるよ。