30日CPチャレンジ 普独 6日目
6. 衣装交換
++++
「なぜ服を交換するのだろうか?」
 目の前の文字を読み上げてから、俺は思わず首を捻った。
「相手の気持ちを考えるとか、普段見ない相手の格好を見るとか、そういう感じなんじゃね?」
 目の前にいる兄さんが軽い口調で言う。兄さんの持つスマートフォンの画面には《6. Wearing Each others' Clothes》と表示されていた。俺と兄さんが挑戦しているお題だ。
 《30 Day OTP Challenge LIST!!!!》――三十個あるお題に、毎日一つずつ挑戦していくというものだ。恋人同士になったのに全然恋人らしくなれない俺たちが恋人へ移行するための儀式――というと堅苦しいが、とにかくそういった《区切り》として、俺たちはこのリストに挑戦している。
 今日は六日目。どうやら服を交換すれば良いらしい。
「どの服を交換すれば……」
「なんでも良いだろ。今来てるやつ交換しようぜ」
 兄さんが身に付けているパーカーを摘まんで言う。部屋着代わりの薄めのものだ。兄さんにしてはめずらしく、派手な飾りのない、シンプルな黒のパーカーだ。チャックは無いので、頭から脱ぎ着することになる。
「これなら、お前も着れるだろ?」
「そうだな」
 兄さんと俺は服のサイズが違う。単純に交換したところで、俺が兄さんの服を着れずに終わるのは目に見えていた。けれど、兄さんが今来ているパーカーなら、普段の兄さんの服よりも大きめのものなのでおそらく俺でも着れるだろう。
「じゃあ、さっそくやるか」
 言うと同時に兄さんがパーカーを脱ぎにかかる。じゃあ俺も……とワイシャツのボタンに手を掛けたところで、俺はぴたりと動きを止めた。
 ……なんだか、恥ずかしい。
「兄さん、後ろを向いてくれ」
「え?」
「互いに後ろ向きで着替えた方が、見せ合うのが面白いと思うのだが」
 そう提案すると、ぷすっ、と兄さんが噴き出した。によによ、と殴りたくような表情を浮かべてこちらを見てくる。
「何お前、恥ずかしいの?」
「兄さん!」
「分ァかった、ってー」
 笑いながらそう言うと兄さんは素直に後ろを向いた。もっとからかわれると思っていたので、兄さんが素直に従ってくれてほっとする。
 それにしても、なぜ兄さんはいつも俺が考えていることが分かるのだろうか。もしかして、超能力でも持っているのではないだろうか。
 兄さんなら有り得る……
 うむむ、と唸りながら、俺はワイシャツのボタンを外していった。
 ふと、思う。
 これ、汗とか大丈夫だろうか……
「兄さ――」
「ん、」
 視界の端に兄さんの手が映る。後ろ手に差し出されたのは、兄さんが先ほどまで来ていたパーカーだ。思わず受け取る。
「お前のは?」
「ちょっと待ってくれ」
 兄さんのパーカーを傍のソファにいったん置いて、俺はワイシャツを脱いだ。
「これだ」
「おう」
 渡してから気付いた。
 しまった!
 背後で、兄さんがベルトを外している音がする。言うタイミングを失った俺は、大人しく着替えを続けるしかなかった。
 兄さんのパーカーは、無事に着ることが出来た。普段、パーカーを着るときはチャックのあるものを羽織ってばかりだったので、頭からパーカーを被るのはなんだか新鮮だった。お腹の部分に大きなポケットがあるのも新鮮だ。試しに手を入れてみると、ポケットの中で俺の右手と左手が触れ合った。
「はい、これ」
 兄さんがズボンを渡してくる。俺も、脱いだスラックスを渡した。兄さんから受け取ったズボンを見て、俺は三秒立ち尽くした。
 これは……履けるのか?
 兄さんのジーンズは俺のものより細い。それに今日履いていたのはその中でも細身のもの――とかつて兄さんが言っていたような気がする――だ。
 ジーンズにはベルトが付いたままで、ごつごつとして飾りの多いベルトはずっしりと重い。
「着たか、ヴェスト?」
「ちょっと待ってくれ!」
 ええい、ままよ! 躊躇っていても仕方がない。成せばなる、だ。
 そう思って俺は兄さんのジーンズに足を入れた。
「……できたぞ」
「じゃあ、一、二の三で振り返ろうゼ!」
「分かった」
「一、二の、」
 三、の声に合わせて振り返る。
 と同時に、兄さんが大声で笑い出した。
「ははははっ、そ、そうだよなっ! 下は履けねぇよなぁ!」
 兄さんが腹を抱えながら言う。
 俺の足には、兄さんのジーンズが申し訳なさそうにひっかかっていた。
 膝までは入る。けれど、太ももの筋肉が邪魔をして、その先までは上がらなかった。ベルトの重さでズボンが落ちてしまわないように脚を開いているのも滑稽さを増しているのだろう。
「ぷっ、はははっ、ぷはッ」
「……」
 遠慮無く兄さんが笑い続ける。自分の格好がおかしいことは分かり切っているので、俺は何も言えない。
 一方兄さんはと言えば、やはりどうしても全体的にダボついていた。俺のワイシャツも、スラックスも、兄さんには大きいようだ。腕周りや太腿のあたりの布が余っている。……兄さんの足首が見えているのは、見ないふりをした。そうだ、兄さんは足が長いんだった。
 スーツ姿の兄さんを見ることはあまりないが、皆無ではない。だから兄さんがスーツを着ていても、特に何の新鮮味も感じられなかった。むしろ、サイズの合った普段のスーツのほうが、かっこいい。と思う。
「ぶは、ははは、」
 兄さんはまだ笑い続けている。
「兄さん」
「――悪ぃ悪ぃ」
 低い声で呼べば、ようやく兄さんは目元をぬぐってから――泣くほどか――、笑いを収めた。
「それにしてもお前、そういう服着てっとやっぱ若いよナァ……」
 兄さんが俺の頭を乱暴にかき混ぜる。朝にセットした髪型が崩れてしまって、前髪が目に掛かった。
「ほら、大学生みてぇ」
「そうか……?」
 鏡が無いからよく分からない。
「お前もそういう服着りゃあ良いのに」
「別に俺が若く見られる必要はないだろう」
 むしろ、仕事の時に若く見られてしまう方が困る。周りは海千山千の国達ばかりだ。髪を上げたのだって、彼らに舐められないようにするためだというのに。
「まあ、そうだけどよ……」
 呟くように言いながら、兄さんが腕を組んだ。片方の手を顎に当てて、俺の姿を見る。
「兄さん……?」
 困惑した俺は、兄さんから視線を逸らした。品定めをされているようで、少し居心地が悪い。もぞもぞと思わず足を動かせば、支えを失った兄さんのズボンがすとんと落ちる。ベルトが床に当たってがちゃりと音を立てた。
「立派になったよなー」
「……?」
「太腿の筋肉。すげぇ鍛えてある」
 感心したように兄さんが言う。褒められるのは嬉しい。
「そうだろ――!」
 嬉しくて顔を上げると、すぐ目の前に兄さんがいた。いつの間に目の前に。思わず、息を詰める。
「こんだけ鍛えてたら、俺のズボンは履けねぇよな」
 兄さんの手が、俺の太腿に伸びる。右の外太腿を、兄さんの手が無遠慮に撫でた。
「に、いさん……?」
 言葉がなぜか口の中で粘つく。
 筋肉を褒められているだけだ。何もおかしなことはない。
 そう自分に言い聞かせていると、それを裏切るように、兄さんの手の平がゆっくりと移動し始めた。
 外太腿からゆっくりと、前面を通って内太腿へとやってくる。膝頭の近くを撫でていた手が、ゆっくりと――ことさらにゆっくりと内太腿を這いあがってくる。
「に、さ……やめ、」
「なんでだ?」
「なんで、って……」
 欲情するからやめてくれ、だなんて俺に言えというのか!
 兄さんの手は下着のすぐ傍まで這い上がって来たかと思うと、今度は左の外太腿へと移動した。先程と同じように前面を通ってゆっくりと内側を上がってくる。
 ぞわぞわとした、悪寒にも似た感覚が俺の身体を駆け巡る。けれどそれは悪寒と言うにはあまりにも熱い。
 どうしよう。どうしよう。このままでは◆ってしまう。
 俺だって健全な成人男子の身体を持っている。刺激されてしまえば生理現象が起きるのは当たり前だ。
 どうしよう。
 俺の下半身は今下着しか身に付けていない。兆してしまったらすぐにバレる。そうなったら――兄さんになんて思われるだろう。そんなつもりじゃなかった、なんて冷たい目で見られてしまうのが怖い。
 思わず兄さんのワイシャツにすがる。俺を苛むのは兄さんなのに、俺が助けを求めるのもどうしたって兄さんだ。
「に、兄さん……!」
 思わず泣きそうな声で呼べば、兄さんはパッと手を離した。警察を前にした犯人のように両手を上げて、焦った表情でこちらを見ている。
「悪ぃ! 悪戯しすぎたな! ……兄ちゃんのこと、嫌いになったか?」
 兄さんの胸に顔を埋めて首を横に振れば、兄さんは小さく息を吐いてから俺の頭を撫でてくれた。
「服、着替え直してビール飲もうぜビール!」
 殊更に明るい口調で兄さんが言う。兄さんの提案に俺は小さく頷いた。
 自分のことで精いっぱいだった俺は、その時の兄さんの熱が◆していたのかどうか、最後まで知らないままだった。
3751文字/61分
カット
Latest / 60:48
カットモードOFF
60:42
いわし
完成しましたありがとうございましたー٩(ˊᗜˋ*)و!
チャットコメント
文字サイズ
向き
チャットコメント通知