僕と監督生は付き合っている。いわゆる恋人関係にあった。僕は彼女のことが好きで、どうやら彼女も僕のことが好きらしい、ということになり、そうなれば付き合うというのは自然な流れであったと思う。付き合うにいたるまでの過程にはそれはもういろいろなことがあって、中には思い出すだけでもめちゃくちゃ恥ずかしいものもあるので、申し訳ないがここでは割愛させてもらう。今後語る機会がくるとも思えないが、そのときは笑い話として聞いてくれ。
「付き合っていることはみんなには内緒にしよう」と言い出したのは監督生で、僕はそれに同意して、約束を交わした。僕たちが付き合っていることは誰にも言ってはいけない。エースはもちろん、グリムにも気取られないようふるまうこと、昼食はよほどのことがない限り四人で。授業でペアを組むときは、基本僕はエース、監督生はグリムと組む。ふたりでいると態度に出てしまうだろうから。そういう約束だった。
 彼女がこう言い出したのはもちろん意地悪などではなくて、きちんとした理由があった。僕は彼女の口からこの提案が出たとき、そりゃそうだな、と思った。納得したから同意したのだ。だって、監督生のことを男だと思っている人間は多いのだから。
 いまとなってはどこからどう見ても女の子にしか見えないのだけれど、実際僕も監督生のことはずっと男だと思い込んでいた。当時の僕の発言のひとつに、「監督生はすごく男らしいと思うぞ!」というのがあって、これはドワーフ鉱山の件だとか、ローズハート寮長の件だとか、そういう出来事を通じて僕が心の底から思って口にしたことだったのだが、監督生が苦笑いをしていたのをよく覚えている。いまその苦笑いの意味を考えると女の子になんてことを、と思うが、正直いまでも彼女に男らしさを感じることはままある。監督生曰く、「純粋に褒め言葉として受け取ったよ。思わず笑っちゃったけど」とのことなので、まあいいか、とも思っているのだった。
 監督生が学園長から聞いた話によれば、彼女はここにきたときから、誰がかけたのかもわからない認識阻害魔法がかかっているらしい。認識阻害魔法というのは、その名のとおり他者から認識されなくなる魔法だが、その使い方は多岐にわたり、気配を絶つこともできるし、性別を偽ることも可能なのだという。ただ、効果に個人差があるうえ、扱いの難しい魔法で、動作が不安定なのだそうだ。彼女にかかった魔法も完全とはいいがたく、まれに僕のように阻害効果をすり抜けてしまうこともある。とはいえ、監督生と深くかかわりあいを持たない者は、彼女のことを完全に男だと認識しているわけだ。グリムはモンスターだからなのかこの魔法の範囲外にいるらしいが、エースはいまだに男だと思っているのだから、その効果のほどがわかるだろう。
 彼女は学園長に「くれぐれも女であることを周囲に悟られないように」と言い含められている。いくら認識阻害魔法があるとはいえ、効果は絶対とは言い切れない。ただでさえ監督生は魔法を使えない身の上で、いわれのない誹りを受けたり、喧嘩を売られることがよくある。この上女であることが知られれば、彼女に学園長が言うような猛獣使い的才能があったとしても、その身に危険がふりかかるであろうことは想像にかたくなかった。もちろん僕がそばにいれば暴れてやるけれど、僕やエースだって、常に監督生のそばにいられるわけではない。
 僕と付き合っているということが、必ずしも監督生が女であることの裏付けにはならないとは思うのだけれども(ここは男子校だから、女子がいるなんて発想にはなかなか至らないだろう。エペルのように、一見女子と間違えられる男子生徒だっているのだから)、リスクを高くするようなことはしないのが得策だろうという話である。エース曰く「鈍感」である僕でも彼女が女であることに気づいてしまったのだから、誰が気がついたっておかしくないのだ。だから、監督生と僕が付き合っていることは、エースはおろか、グリムにだって気がつかれてはいけない。このふたりは、僕がいままで出会った人間(まあ、グリムはモンスターだけど)の中でも随一に口が軽い。さすがに自ら言いふらすようなことはしないと信じたいが、なにかの拍子に口からつるっと滑り出てしまうそうな危うさは否めない(それに関しては正直僕も当てはまるが、これは努力するほかない)。敵をだますにはまず味方から。ふたりに嘘をつくのは心苦しいが、監督生の身を守るためにはしかたがないことだ。きっとふたりなら理解を示してくれるだろう。
 ところで、こっそりお付き合いをするというのは、非常に難しい。なにせ僕たちが通っているナイトレイブンカレッジは、全寮制の学校であるので、それは当然の帰結だった。僕はエースを含めた男子四人のむさくるしい部屋で寝起きしているし、監督生は学園敷地内のはずれにある廃墟のような場所で寝泊まりをする。昼間はエースやグリムと行動をともにして、夜はそれぞれの寮へ帰る。こんな生活では、とてもじゃないが彼女とふたりで過ごす時間はとれるはずもなかった。
 問題はそれだけではない。これは付き合ってしばらくしてから痛感したことだが、ふたりで会えないこともさることながら、誰にも言えないというのがめちゃくちゃつらい。
 だって、彼女ができたのである。僕に、恋人ができたのだ。
 それはもう、誰かに言いたくなるってものだろう。
 ふたりで決めた約束だ。破ったらたぶん監督生は怒るだろう。怒るけど、許してくれないってことはなさそうだなと思う。嘘がつけない、正直なのはデュースのいいところでもあるよね、とまで言ってくれそうだ。これはもちろん僕の妄想なので、実際は違うかもしれないが。いや、そういう問題ではない。彼女が怒るとか怒らないとかそういうことではなくて、彼女が危険な目に遭う可能性を考えたら破るわけにはいかないのだ。
 でも、くどいようだが彼女ができたのである。
 それはもうかわいい彼女だ。男だと思っていたことが信じがたいくらいかわいいのである。普段の監督生は、問題児のグリムとエースの喧嘩を仲裁し(念のためだが、僕は優等生なので喧嘩はしない。本当だ)、喧嘩を売ってくる上級生にも冷静に対応し、あしらえないと知るや逃亡の判断もためらわない。まあ、監督生が逃亡の判断を下す前にエースや僕が喧嘩を買うこともよくあるのだが、それならそれで彼女は呆れた顔をしながらもグリムを焚きつけて僕らをアシストする。彼女に力はないが、それでもこの学校で生きていくためのすべを現在進行形で学び続けている。それは魔法が使えなくとも、僕たちと変わらないところなのではないかと思う。そうやってしたたかに生きている監督生が、僕の前で女の子の顔をするとき、僕はどうしようもない気持ちになる。うっすらと桃色に染めた頬も、恥ずかしそうに伏せた顔も、つないだ手のやわらかさも、ぜんぶがかわいい。とにかくかわいい。監督生、かわいい。好きだ。今すぐ叫びたいくらい。
 僕の恋人はこんなにかわいいんだぞ、という話をいろんな人にしたい。言いふらしたいし自慢したい。エースは絶対にいやがるだろうな。いや、どうだろう。エースなら逆に僕の羞恥を煽ろうとするのではないだろうか。仮にエースに「ラブラブ」などと囃し立てられたとしても、実際僕たちはラブラブなのでまったく痛くもかゆくもないが。いい機会だから断っておくが、僕たちは普段なかなかふたりになれないだけでふたりになったらラブラブだ。ちなみに、一度だけ母さんになら言ってもいいかと確認したことがあったが、監督生はうーん、と悩んだあと、「男子校に恋人いるって言うの?」ときかれてさすがにやめた。僕はべつに、そういうカミングアウトがしたいわけではない。
 まあそういうわけで、まずふたりになれることが少ないことと、他人にも言えないこと、これは僕を悶々とした気分にさせるのだった。
 前述のとおり、僕と監督生はふたりで会える機会がほとんどない。それでもなんとか時間をつくろうとふたりで考えた。
 僕は週末に陸上部の練習がある。僕が練習をしているあいだ、監督生には図書室で勉強していてもらう(図書室で勉強するという監督生に、グリムは絶対についてこない)。練習が終わったら図書室まで迎えにいって、日によっては購買部で買い物をして、オンボロ寮まで送っていく。学校からオンボロ寮まではわりと距離があるうえに人通りなんてまったくないから、少しのあいだだけふたりになれる。周囲に誰もいないのを確認して、手をつなぐこともあった。練習終わりにシャワーを浴びたばかりなのに、やたらと手に汗をかいているのが気になって、毎回監督生に「気持ち悪くないか?」と確認してしまう。これに対して彼女は決まって「わたしもめっちゃ手汗かいてる」と笑うのだが、これがもう胸を締めつけられるくらいかわいい。そもそも図書室でまじめに勉強している姿もかわいいし、声をかけたわけでもないのに迎えにきた僕に気がついて手を振ってくるのもかわいい。このかわいい生き物が、僕のことを好きだというのだから、すごいことだ。
 今日もふたりで寮まで歩いた。途中で植物園の前を通り、サイエンス部の活動中であろう実験着姿のクローバー先輩に会った。この日はオンボロ寮の食料調達の日で、購買部で監督生が買った荷物を僕が持っていたので、クローバー先輩は「荷物持ちか、デュース」と僕たちがふたりでいることを気にした様子もない。まあ、普段から仲はいいのでふたりでいたところでみんな大して気にしないんだが。僕たちのあいだにある特別な空気に気がついてほしい気持ちと、気がついてほしくない気持ちがいつもせめぎあっているのを感じながら、「そうなんです」となんでもない顔で答える。
「グリム用のツナ缶がすごく重いので助かってます」
「そりゃよかった。
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矢澤
このデュースめちゃくちゃアホだな
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向き
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監督生と付き合ってることを誰かに言いたくてしかたない♠
初公開日: 2020年08月04日
最終更新日: 2020年08月04日
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