うだるような暑さの中、庭の木に止まった蝉がけたたましく鳴いている。
ざり、ざりと手動のかき氷機を力いっぱい回しながら、一二三は額の汗を手の甲で拭った。
「ほらほら、手が止まっていますよ」
「そんなこと言うんだったら幻太郎がすればいいじゃん。大体なんで手動のかき氷機しかないの、超大変なんですけど」
一二三が頬を膨らませながら文句を言うと、一二三の背中越しに幻太郎がけらけらと笑う。
「小生の家にはこれしかなかったんでおじゃ〜」
「これしかないのに急にかき氷食べたいなんて言うんだもんね。あ〜ほら、あとちょっとでできるから、あっちで待ってて」
そう言って一二三が手でしっしっと払い除ける仕草をすれば、幻太郎はまたけらけらとひとしきり笑った後、ふらりと縁側へと戻っていった。一二三はまた氷を削る作業に集中する。
ざり、ざりと氷を削っていると、小学生の頃に食べたかき氷を思い出した。祭りに行った屋台で見かけたかき氷はどれもとても美味しそうで、独歩と一緒に食べたことを思い出す。
一二三はやっとのことで二人分の氷を削り終わると、削ったままの無色透明の氷を持って幻太郎の元へと戻った。幻太郎が団扇でぱたぱたと仰ぎながら振り返る。
「ほら、おまたせ」
「これはこれは、お疲れ様でした」
幻太郎が嬉しそうに氷を見つめる隣で、一二三はシロップを並べていく。
「これがイチゴで、こっちがメロン」
「ブルーハワイは?」
「絶対そう言うだろうと思ってちゃんと用意してる。はい」
「さすがは気が利きますねぇ」
幻太郎は迷うことなくブルーハワイのシロップを手に取ると、自分のかき氷にシロップをかけていく。無色透明だった氷はあっという間に真っ青に染まっていった。
「というか、小生がブルーハワイが好きって、よくご存知でしたね」
「なんていうか、絶対好きそうだなって。ほら、色とか」
「そうですね。まさしくその通り。この真っ青な色が夏って感じで好きなんですよ」
そう言ってくすくす笑う幻太郎を横目で見ながら、一二三はイチゴ味のシロップを手に取って氷へと振りかけた。赤く染まった氷を掬い取って口の中へ放り込めば氷はしゃり、と小さな音を立てて口の中で消えていく。
しばらくの間、二人は何を話すでもなくかき氷を口へ運んだ。しゃく、しゃくと氷が溶ける音だけが暑い夏に溶けて消えていく。
「あ〜こんな暑いのに、俺っちこの後仕事じゃん。行きたくねぇな〜」
一二三がそう言ってかき氷を口に入れると、それを聞いた幻太郎はおもむろにブルーハワイのシロップを手に取った。それを唐突に一二三のイチゴ味のかき氷にかける。一二三は驚いて持っているかき氷を取り落としそうになった。
「うわっ、ちょっと、何すんの!?」
「小生ねぇ、魔法が使えるんですよ」
そう言って笑みを浮かべたまま、幻太郎はメロン味のシロップも手に取ると、躊躇うことなく一二三のかき氷にかける。三つのシロップが混ざり合ったかき氷は、色が混ざり合って初めの透明できらきらした氷の面影は全くなくなっていた。
三つのシロップをかけ終えた幻太郎は自分のスプーンでそれを救いとると、一二三の口元へと運ぶ。
「え、まさかこれを食べろって言うの?」
「小生が魔法をかけたんです。一二三が今日も仕事頑張れますようにって」
だからほら、そう言って幻太郎がスプーンを口元へと更に近づける。一二三が意を決して口を開くと、かき氷が口の中へと滑り込んできた。三つの味が混ざり合った氷が口の中で音もなく消えていく。その味は形容し難い味だったけれど、一二三が想像していたよりはずっと甘くて美味しかった。
「仕事、頑張れそうな気になりました?」
「…まぁ、幻太郎が頑張れって魔法かけてくれたから頑張れる、かな」
「それは僥倖」
一二三の答えを聞いて幻太郎はにこりと笑う。一二三は今度は自分の手でカラフルなかき氷を掬って口の中へと運んだ。
「ねぇ幻太郎。俺っちも幻太郎になんか魔法かけたい。イチゴ味ぶっかけていい?」
「え、嫌です。小生はかき氷美味しく食べたいのでかけないでください」
「はぁ〜っ!?俺っちのにかけといて何言ってんの?」
一二三が幻太郎のかき氷にシロップをかけようとするが、幻太郎はくすくす笑いながら一二三の手から逃れる。幻太郎は最後の一口を食べ終えて意地悪そうに笑った。
「ごちそうさまでした。魔法、かけられなくて残念でしたね?」
「…別にシロップかけなくたって魔法くらいかけれるし?」
一二三は悔しそうに幻太郎の手首を掴むと、そのままぐいっと幻太郎を引き寄せる。幻太郎をすっぽり手の中におさめると、その柔らかな唇に自身の唇を重ねた。
「ふっ…んぅ、う〜いろんな味がします」
「ざまぁみろ」
「それで、小生に何の魔法をかけたんですか?」
「ん〜幻太郎が俺っちとずっと一緒にいてくれる魔法」
幻太郎が押し黙ったので、ちらりと顔を覗くと、幻太郎はイチゴのシロップよりももっと赤く顔を火照らせていた。
「あなた、それ言ってて恥ずかしくないんですか」
「全然。さ、仕事行こっかな」
一二三は幻太郎の薄茶色の髪をぐりぐりと撫でた後、立ち上がる。洗面所で身支度を整えようと一歩踏み出したところで、ぐいと袖を掴まれた。下を見下ろせば、幻太郎が先程と変わらぬ真っ赤な顔のままぽつりと呟く。
「…今だけ、もう少し一緒にいたい」
「りょ〜。今だけじゃなくて、これからも、でしょ」
一二三が嬉しそうにもう一度唇を重ねると、幻太郎が背中をぎゅっと掴んでそれに答える。
もう蝉は鳴いておらず、辺りには二人の息遣いだけがそっと響いていた。