――わたしたちは輝ける、光がなくても。
そんな謳い文句の隣に並ぶ、完璧な微笑み。それは、ただひたすらに美しかった。
ついていない日、不運な日というものは誰にでも訪れるものである。気分や体調等が影響し、そう思えてしまう日もあるだろう。
そして、私にとっての『それ』は今日だったようだ。
低気圧のせいだろうか、まとわりつくような頭痛に悩まされた。落雷で一瞬停電が起き、作成途中だった報告書のデータが吹き飛んだ。自販機の下に十円玉を落っことした。取れなかった。やっとの思いで作り終えた書類をプリントアウトしようとしたら紙詰まりエラー表示が出た。
ほんのすこしの予感を胸に、私は適当な占いサイトで今日の運勢を調べる。
案の定、私の運勢は最悪だった。特に仕事運がひどい、星5まであるうちの0.3ってなんだ。この占いには小数の概念があるのか。
私は心の表面にこびりついていた澱を排出しようとでもするように、細々としたため息を漏らした。
けれど、仕事は待ってくれない。なにより、アイドルたちを待たせるわけにはいかない。
私はじん割と痛む左足の靴擦れを無視し、ESビルを走り回った。
――聞き覚えのある彼の声が、私の名を紡ぐまでは。
「ちょっとぉ? なんでそんな辛気臭い顔して歩いてるわけぇ?」
私はその呼びかけに肩を跳ねさせ、思考の海から顔を出す。
そこにあったのは、明星くんや天祥院先輩とも似た青。けれど、その青は誰もを射抜いてしまうような、凛とした光を放っている。そんな双眸を持つ人物を、私は彼しか知らなかった。
「せな、せんぱい……?」
唐突な彼の来訪に、瞬きを数回繰り返す。すると、瀬名先輩はその目にじとりとした色を混ぜ込み、私にこう尋ねた。
「あんず、もしかして体調悪いの? 平気?」
「えっと……だいじょうぶです! 全然!」
「なぁに、その間は」
「なにも、ないので!」
私は強めの語気でそう述べて、無意識下に後ずさった。そんな中、彼はその端正な面立ちを呆れに染める。
そして、彼は私が少しずつ取っていった距離をたったの一歩でなきものとし、耳元でこう囁いた。
「嘘つくのへったくそだよねぇ、あんた」
「……あはは」
「運が悪かったぁ?」
その言葉に、私はいちど頷く。それを確認したらしい彼は、深いふかいため息を吐き出した。
「ったく、なんでそんなことを隠そうとするかねぇ」
「余計な心配を掛けてしまうと、思って」
「それが余計な心配を掛けさせる原因になってるの! ああもうっ、わかんないかなぁ!?」
「……すみません」
私は彼にそう述べながら、まばゆいきらめきをこぼす彼の姿を見やった。
容姿端麗なアイドルたちの中でも、ひときわ秀麗な彼の美貌。それは女性向け化粧品の広告塔としても釣り合ったものだった。勿論、いままで積み重ねてきた経験やテクニックも考慮されて、そんな大仕事が舞い込んできたのだろうけど。
瀬名泉という存在に相応しい、相応しすぎた化粧品のキャッチコピーが脳裏によぎる。
――わたしたちは輝ける、光がなくても。
こんなにも清廉で麗しい存在に、私が干渉してよいのだろうか。
ぼんやりそんな考えを巡らせていると、彼は先程詰めてきた間隔を更に狭める。限りなく近くに存在する瀬名泉の顔面に私が面喰らっていると。
「ねぇ、俺の話聞いてるのぉ!?」
「もちろん」
「ほんとに?」
「……」
私は思わず黙り込み、彼のアイスブルーから目を逸らす。すると、瀬名先輩はまたもや大きなため息を吐いた。身体中の空気を出し切ったかのような吐息に私は思わず縮こまる。
そして、暫しの沈黙。すると、私の頭頂に確かな重みと温度の感覚。私を撫でているらしい瀬名先輩は、口元を柔らかく緩ませてこう言った。
「……あんた、ひとりで抱え込まないで俺にも相談しなよぉ? 俺はあんずの『お兄ちゃん』なんだから。わかった?」
そのとき浮かんだ彼の微笑みは、あの広告と似て非なるものだったのではないか。
そんな風に思ってしまった自分を、私はただただ呪っていた。