その日、僕は緊張半分期待半分で、彼のセット入りを待っていた。
スタイリストに髪を直されながら、アクション担当のコーディネーターと監督と一緒に何度も確認をした。
今日は相手役の彼と初めて一緒に撮影をする。それも戦闘シーンの撮影だ。クランクイン前に挨拶をしてから、今まで一度も顔を合わせていなかった。
ひょろりとした長身の彼が体をどんな風に仕上げてきたのか、楽しみではある。だが、僕だって負けてはいない。
ジムに行く日数と時間を前作以上に増やして、今日の為に体を作ってきた。おかげで前作と比較してスーツのサイズは大きくなっている。
彼はというと、アクション映画はすごく久しぶりらしいから、僕が手本を見せるのも良いかもしれない。このところそんな役が続いているから、現場にも慣れたものだ。
さあ、いつでも来い。
僕はセットに入ってくる彼を待った。
けれど、僕の希望は一瞬にして打ち砕かれることになる。
夜のゴッサム、そのセットの中に浮かび上がったのは、漆黒の巨塊だった。
熊と形容すべきだろう大きな体と踏みしめた足の重い音、僕は彼のすべてに釘付けになる。大きく盛り上がった腕と背中の筋肉は、衣装の上からでもはっきり分かる。それに加えて、二十数キロもあるアーマードスーツを着ながら、普段着のように着こなし、いとも簡単に歩いていた。
呆気にとられた。そして、肌の粟立つような恐怖を覚えた。山のような巨体と威圧感。彼はまさしくフランク・ミラーが創造した、沈黙を破り帰ってきた闇の騎士そのものだった。
「そんなに硬くならないでくれ、セットの外では鋼鉄の男でなくていい。これからよろしく」
まだ蝙蝠のカウルを被っていない彼が、僕に笑いかけて握手を求めてきた。
僕は呆然としながら、たっぷりと時間を欠けてやっと握手を返した。彼の手は大きくて指も長く、僕の手を余裕で包んだ。彼はまさしくバットマンだ。
僕は自省し深く恥じた。
この日から、僕の脳裏に蝙蝠が住みついた。
正直に言うと彼と僕は正反対だった。
彼は交友関係が広く、社交的で話上手。好きなものはコーヒーで野球ファン。(ボストンレッドソックス以外のチーム帽は仕事でも被らないほどだ)
アウトドア派だけどスポーツが得意という訳でもないらしい。
僕との共通点といえば犬を飼っている犬派ぐらいなもので、それ以外は全くと言っていいほど無く、性格も趣味もかすらない。
「う〜〜ん」
悩ましい。
もうすぐ彼の誕生日だ。今年のプレゼントは何にしようかと、
彼の好物と言ってもアイスコーヒーやドーナツぐらいしか贈ったことがない。