お題「手を繋ごうとして手をぷらぷらさせているぐだロビ」
「ねぇねぇ!せっかく休みなんだから買い物にでも行こうよ!」
遮光カーテンを勢いよく開けながら、立香は同棲している恋人に声をかけた。夜遅くに帰ってきた恋人は、ベッドの中でううんと呻き声を数度漏らした後、ゆっくりと布団の中から顔をのぞかせた。
「…なんか欲しいものでもあるんですか?」
寝起きの低い声が問いかける。立香はうーんと考える素振りを見せた後、これまた綺麗な笑顔で「ない!」と元気よく答えた。寝不足気味な頭が若干の苛立ちを抱くも、可愛い年下の恋人に弱いロビンはそれ以上何も言えず布団から体を引き摺り出した。
CMでよく聞くBGMを口ずさむ立香は、えらく上機嫌だ。
助手席に座った立香の表情を盗み見て、ロビンはすぐ正面に向き直った。赤信号で停車したところで、眠気覚まし用のミントガムを口に入れる。
「何かいいことでもあったんですか?」
「うん!現在進行形で!」
「は?」
「ロビンとデート!久しぶりで嬉しくって…へへ」
そもそも社会人であるロビンと学生の身である立香はあまり活動時間が合わない。だからこそ同棲という今に至っているのだが、今度は安心しすぎて恋人らしい行動というものが疎かになっていたようだ。
考えてみれば、立香と最後にデートをしたのは二ヶ月も前だ。
「疲れてたのにごめんね。少しだけ外で遊んだらさ、家に戻ってゆっくりしよ?」
忙しいロビンのことを考えて、立香はずっと我慢していたに違いない。そんないじらしい恋人に、最初に感じた苛立ちは何処へやら。ロビンは小さく笑うと立香の頭をぐしゃりと撫でた。
「昼飯は外で食べましょ。んで、午後は何か映画でも観ません?」
「え、いいの⁉︎」
「高いものは無理ですけど。昼飯ぐらいお兄さんが奢ってあげますよ」
「やったー!じゃあ、映画代は俺が出すね!」
本当は映画代もロビンが出すつもりだったが、あまり役目を奪いすぎては立香も気兼ねしてしまうだろう。じゃあ任せましたよ、と声をかけてロビンはハンドルを握りなおした。
「あ!これ可愛いよ!部屋に置かない?」
狐の抱き枕を手にした立香が、ふわふわだと弾んだ声を出す。オレンジ色の狐と目が合い、ロビンは思わず顔をしかめた。
「そんなブサイクな人形を置くスペースはありません」
「あーひどい!こんなに可愛いのに」
ねぇ、なんて人形に相槌を求める恋人は、控えめに言って可愛らしい。そんな可愛い恋人が自分以外に抱きつくなど許せるはずもない。醜い嫉妬を押し隠し、ロビンは努めて平坦な声を出した。
「そうやってすぐ物増やして部屋が散らかるんですから、だめですよ。ほら、こっちのキーホルダーぐらいなら買ってあげますから」
「すぐ子供扱いする…」
ぷくっと頬を膨らませながらも、立香は大人しく抱き枕を棚に戻した。立香の頬を指でぷにぷにと押しつぶすと、ロビンはオレンジの狐と青いペンギンのキーホルダーを手にとった。
「ペンギン?ロビンの分?」
「ええ。だめですか?」
「ううん。ただ、そういうの買ってるとこあんまり見たことなかったから、珍しいなぁって思って」
「ま、ただの気まぐれですよ」
そう、別に青いペンギンがどことなく立香に似ているな、などと決して思ったりなどしていない。本当だ。
衣服を新調という名目で立香の新しい服を見繕った後、昼食を取るために表通りへと足を向けた。
ゆったりと歩きながら、互いに最近の近況を報告する。やがて話は立香が最近ハマっているゲームだとか面白かった動画など、他愛のない話に移行していく。適度に相槌を打ちながら、ロビンはふと立香がやたらと手をぷらぷらさせていることに気がついた。傷ひとつない指が、開いたり閉じたりを繰り返している。
もしや何か気がかりなことでもあるのだろうか。声をかけようとしたロビンを遮るように、立香が上ずった声を出す。
「ね、ねぇ…手、繋いでも…いい、かな…?」
視線も合わせないまま、立香は真っ赤な顔で地面を見ている。人の多いところで手を繋ぐのはロビンが嫌がるので、立香は滅多に言い出さない。
だが待てよ、とロビンははたと気がついた。デートが久しぶりなのはもちろん、そういえば最後に立香の手を握ったのはいつだっただろうか。
立香は思ったことを素直に言うし態度もわかりやすい素直な青年だ。付き合い始めた当初、ロビンへの愛情を示すため触れてくることが多かった。それが、同棲した途端に数が減っていた。きっと、いつも疲れた顔で帰宅するロビンを少しでも休ませるために、色々なことを我慢してくれていたのだろう。
罪悪感に言葉を詰まらせるロビンに、立香は空いていた右手をぎゅっと握りしめた。
「やっぱいいや!それよりご飯早く食べに行こ!俺お腹すいちゃった」
えへへと笑う立香の笑顔は、どう見ても無理をしている笑みだった。もしかすると、先ほど抱き枕を買おうとしたのも、夜遅くまでロビンを一人で待っているのが寂しかったからだろうか。そう考えだすと、ロビンはいてもたってもいられなくなった。
立香の右手を握り、強い力で引っ張る。
「ロ、ロビン⁉︎」
驚く立香を連れて、ロビンは来た道を引き返していく。
「さっきの抱き枕、やっぱり買いましょう」
「え?え、でもさっき…」
「そんで昼飯食べて映画見て、少し早めに家に帰りましょう」
「…ロビン?どうしたの?さっきから様子が変だよ」
立香の足が止まる。つられるようにロビンも足を止めるが、振り返りもしない。
「すいません…その、実は今さらになって、リツカさんとデートしてることに浮かれてます…」
普段は本音を滅多に言わないロビンからの言葉に、立香は目を見張った。ようやく振り向いたロビンの顔は、熟れた果実のように赤く染まっていた。「それと、家に帰ったら…その、久しぶりにやりません…なんか今日、すっげぇオタクに抱かれたいです…」
耳元で告げられた言葉に、立香も思わず真っ赤になって耳をおさえた。見つめ返す緑の瞳が、熱を孕んで立香を誘う。
「ず、ずるい…今言われたら、すぐにでも抱きたくなるじゃん」
「それは俺も同じ気持ちですよ。ただ、まぁ…夜のお楽しみってことで。まずはデートを楽しみません?」
ロビンの提案に、立香はしばし逡巡して頷いた。
「今夜は覚悟しててよね」
「ええ、期待してますよ」
視線を合わせて笑い合うと、二人は手を繋いだまま歩き出した。