頬を横切る違和感に、私はようやく目を覚ました。夢を見て泣くだなんて、幼子のようだと我ながら思う。だけど今日だけは許されたかった。出来れば、あのまま永久に目を覚まさないことすら。
亡くなった母に会った。桜も鵜飼も紅葉も雪も数えきれないくらい見たのに、母は共に過ごした日々となんら変わらず美しかった。豊かな黒髪やゆるり着こなした衣から微かに香る薫物の繊細さ。私を抱き寄せる慣れた手つきの優しさ。全てが私のあこがれのまま。禎子、と私を呼ぶ溌剌として芯の通った声も、変わらなかった。
……本当に?
(禎子、禎子)
違う。
(禎子……ごめんね……)
(皇子として産んであげられなくて……ごめんなさい……)
そう呟く母の声音は、あまりにも弱々しくて、風でも吹けばかき消されてしまうだろうと思わせてきた。最期の日と同じ、大嫌いな声。
母は強い人だった。偉くなくて良いから家族みんなで暮らしたいなあなんて語る母は、随分と異端な考えの持ち主だと思う。そして実際悪く言う人もいるけれど、母はいつも笑っていた。あんな悪口を浴びせられても傷つかない人なんているわけがないのに。
だから夢の中でくらいは心の底から笑う母が見たかった。伯母や父との思い出を語る時みたいに楽しそうな母に会いたかった。私が皇子じゃないせいで悲しい目に遭ったのは母なのに、あろうことか、謝らせてしまうなんて。
とうに日は昇っているのに、私は未だ寝そべったまま空を仰いでいた。こんな時間になっても起きない皇女を心配する者は、誰もいない。もう慣れた。母の悲しみに比べれば、このくらいどうってことない……けれど。
「許せないなあ」
無力な自分が。
母を傷つけた全てが。
誰も彼も。何もかも。
賑やかな声が聞こえる。几帳の向こうに広がるのは、この薄暗い部屋とは打って変わった楽しげな空間なんだろう。この国の全てを手中に収めると信じて疑わない誰かさんが、笑っているんだろう。母を踏みにじって。
もしも。
もしも私がそこまで登りつめたら、お母様は笑ってくれるかしら。
 
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ワンライ 後継争い
初公開日: 2020年08月01日
最終更新日: 2020年08月01日
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七夕
ワードパレット七夕
きょむい〜ぬ
すばらしい旅
すべての人間が旅をするSF。旅によって人は自由になり、旅によって人を愛せる。
トチ