「……何もしらない私を、あなたは抱いた」
 突然聞こえてきた不穏な言葉に、西武池袋はむせそうになった。飲んでいたお茶のグラスを慌ててサイドテーブルに置き、裸の背中を見せてうつ伏せになっている可愛い恋人のほうを振り返る。
「……いきなり何を言い出すんだ」
「なぁこれってさ、なんかの歌詞だっけ。小説かなにか? どこかで聞いたことがあるフレーズなんだけど。知ってる?」
「いや…、心当たりがないな」
 内心の動揺を表に出さないようにしつつ答えると、有楽町は「ふぅん」とだけ言って身体をこちらに向けた。先程まで睦みあっていたせいかその瞳はどこかぼんやりとしていて眠たげだ。無防備な視線を向けられ、ちくりと心が痛む。まだ若く、ものを知らない有楽町を抱いたのは事実だからだ。
 乱れた前髪を直してやってから頬を撫でる。有楽町は心地よさそうに目を細めた。
「眠いなら寝たらどうだ。疲れたんだろう」
「お前が疲れさせたくせに」
 悪戯っぽく笑う有楽町は小憎たらしく愛らしい。あのフレーズなんだったんだろ、なんて言いつつごろごろしている。なんとなく離したがくて頬や頭を撫でた。身体を重ねていた時の激情はもはや過ぎ去り、今はただ優しくしたい気持ちでいる。
 当たり前のように身体を重ねるようになるなんて、あの時は全然考えていなかった。
 初めて触れたのは確か開業直前だったか。何故か丸ノ内が忙しい時期だったらしく、緊張やプレッシャーで押し潰されそうな有楽町を全然フォローしていなかったらしい。いっぱいいっぱいになっているのが見ていられずに色々と手助けしてやった。
 だがやはり、バイパスとして生まれてきたのに当の丸ノ内に放っておかれる状況は堪えたらしい。有楽町は酷く情緒不安定になっていた。泣いたり、時には怒ったり、時には仕事を放棄したり。自分を痛めつけるように酒に溺れることもあって見ていられなかった。
 自分を大切にしろ! と叱ったら傷ついた暗い目で「どうせ誰もオレのことなんて大切にしてくれないだろ、だからいいんだ。どうせお前だって違う会社のくせに」と吐き捨てられた。なおも叱りつけたら「別にどうだっていいんだろ、オレのことなんて」と言う。ひたすらいじける有楽町が腹立たしく、宥めたりすかしたり叱ったりしているうちにいつの間にかそういうことをしてしまった。
 あの時は我ながら大人げなかったと思う。まったく聞く耳を持とうとしないから、多分苛立ちのあまり手を出したのだろう。
 それからずるずると今に至る。きっかけは衝動だったが、今では想いを交わすようになった。あの頃から今に至るまで、有楽町が愛おしい存在ということに変わりはない。たとえ愛情の形が少し変わったとしても。
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向き
てすと
初公開日: 2020年08月01日
最終更新日: 2020年08月01日
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