鏡に映る自分の姿のいうのは、なんだか新鮮に感じる。
部屋にはもともと姿見は設置されていたのだが、それをまじまじと見ることなどなかったからだ。
なぜ見ることがなかったというと、見る必要がなかったから。
戦場に出るときに、身だしなみに気を遣うことはない。
なかにはそういう者もいるのかもしれないが、少なくとも自分は違う。
そう思っていたのだが。
「今は戦場に向かうのではない。だから、身だしなみにも気を遣う」
シラユキは言い訳がましく呟いた。
すっかり日も落ちた夜。
出掛けるには、少々遅い時間。
「よし」
シラユキは顔の下半分を隠している覆面を下ろした。
自分の顔とはいえ、見慣れぬ素顔。
なんともおかしな話だが、忍びの道とはそういうもの。
『いざ』というときに素顔を見られてしまっては、そこから足がついてしまう。
だから、よほどのことがない限り、覆面は外さない。
翻って。
素顔を晒すということは、よほどのことなのだ。
薬指で紅を取って、唇に差す。
専用の化粧道具もあるが、シラユキは自分の指で差すほうが好きだった。
そのほうが加減が分かるし、唇の状態も触って確かめることができる。
ひび割れも乾燥もない、瑞々しい唇。
その唇に、紅を差していく。
濃すぎることのないように、慎重に。
「ふむ」
濃すぎず、それでいて鮮やかに。
満足のいく出来映えだ。
今なら討たれて首を取られることになったとしても、見苦しい姿になることはない。
シラユキは大きく頷いて、覆面を戻す。
うまく出来たからといって、ずっと見せるものではない。
この紅を見せるのは、特別な人にだけなのだ。