萬屋ヤマダの応接室。普段はここまでやってくる客は少ない。基本的にwebから依頼ができるようなシステムを組んであるし、小さな依頼であればそちらから来ることの方が多い。わざわざ店まで出向いてくるのは、余程真剣な依頼か、萬屋ヤマダの、山田一郎個人にしか話したくないことがある場合だ。
平日の昼時となれば弟2人は学校で勉学や昼寝に精を出している頃である。
今日は雲も少なくて日差しもある。応接室は照明をつけずとも明るかった。だと言うのに一郎と依頼者の間には、どんよりと暗い空気が流れている。
「……で、何の用ですか。簓さん」
テーブルを挟んで一郎の前に座るのは、かつてチームを組んでいた先輩であり、つい最近衝突したばかりの男、白膠木簓である。
簓は一郎の低い声を聞いて、へらりと笑った。
「いやぁ、あのな」
「はい」
「萬屋やってる一郎に是非、頼みたいことがございまして……」
「はあ」
一郎の返答は冷たい。何故なら一郎はまだ、簓に二郎と三郎をdisられたことを、それもバトルの一環としてではなく純粋に悪口を言われたことを許せていないからである。
簓もそれを察しているようで、菓子折を持って会いに来て、今も下手に出て一郎の機嫌を窺いながら話す。
自分の存在が一郎を怒らせると知っていながら一郎を頼ったのには理由があるのだろう。上目に一郎を見やってから、簓は口を開いた。頬をうっすらと赤く染めて、困ったような顔をして。
「……空却のこと、なんやけどね」
そんな気がしていた。
だってそれ以外で、簓が一郎を頼る理由がない。憎らしい事に、彼のチームメイトには一郎の父であり、恐らく情報収集速度で言えば頼れる弟・三郎を上回る零がいるのだ。何か情報が欲しいのであれば彼を頼ればよいだろう。
ならば欲しいものは情報ではなくて、『"山田一郎"の助力』と言う事になる。
「一郎も知っとったと思うけど、2年前俺と空却、……両想いやったやんか」
知っていたと答える代わりに一郎は一つ瞬きをした。
簓と空却は、2年前両想いだった。けれど付き合っていたわけではない。所謂両片想いというやつで、くっつくかくっつかないかのところでもだもだとやっていたのだ。それを左馬刻と見つめて、勝手にヤキモキしていたのも思い出せる。
あの頃の2人は、というか一郎たちもそうだったが、社会情勢の変革期であったこと、それから歳の差や生きてきた環境の違いもあって、踏み込めずにいたのだ。特に簓はそうだったろう。ヤクザとつるんでいたとはいえ、簓は元々真っ当な道を生きてきた男だった。好きになった相手が未成年、さらに言えば高校生だったのだから、まともな成人であれば手を出そうとなんてしないだろう。そうして進展する前に、一郎は空却に一方的に解散を告げられたし、簓も同様に左馬刻に別れを切り出した。
その後2人がどうなったのかは知らない。簓との再会は合歓の所在を探るときに一郎がオオサカを訪ねた時で、それまで連絡もとっていなかったし、……空却とだって、何度か企画で顔を合わせているけれど、まだプライベートで遊びに行ったことはない。
過去に思いを馳せる一郎の目を真っ直ぐに見て、簓は続けた。
「俺は今でも、あいつのこと好きやねん」
「…………」
簓のこんな真剣な表情は、数えるほどしか見たことがない。いつも飄々と食えない笑みを浮かべていて、当時まだ他人とのコミュニケーションに不慣れだった一郎にとっては荒くれ者とはいえ感情のままに生きる左馬刻よりも掴みにくい男だったから。
「2年間、ずっと好きやった。諦めようかとも思ったりしてんけど、再会してしもたらもうあかんな、完全に恋心再炎上しとる……んやけど、ほら、もう2年も経っとるやん!?俺は好きなままやけど、空却がそうとも限らへんやろ!?」
「そっすね」
「けど俺もう自分で言うのもなんやけど無茶苦茶拗らせとんねん!赤いもの見るとみんながバスブロていう中空却や!と思うしお寺さんの前に通ると空却今どうしてんやろ……て足止まるし、何なら2年間空却の妄想とあと最近はよう雑誌とかインタビュー受けとるからそういうやつのグラビアでしか抜けてへんねん!けどっ、けどもう2年連絡も取れてへんし顔合わせても仕事の話しかできてへん今!敵対してしもとる今!!自分で空却の気持ち聞くの無茶苦茶怖いねん!!き、嫌い、嫌いとか言われたら……!!ワァア!!!」
大袈裟な身振り手振りで1人ミュージカルを演じきった簓は、そのままローテーブルに身体をペタンと曲げて顔を伏せオイオイ泣いた。
それからガバ!と勢いよく頭を上げる。
「と言うことで、空却の元相棒であるお前に、どうにかこうにか今の空却の俺への気持ち聞き出してほしいんや!!!」
一郎はぽりぽりと頬をかいた。
「……まぁ、それが依頼っつーなら引き受けますけど」
「ほんまか!?」
「まぁ、はい。……けどその前に」
一郎は、縋るような視線を向ける簓の目をしかと見た。そうして、依頼受諾の条件をハッキリと声に出す。
「ラップバトルとは関係ないとこで俺の弟馬鹿にしたこと、謝ってもらってもいいっすか?」
その瞬間、簓は勢いよく土下座した。
それはそれは見事な土下座だった。ソファーからのジャンピング土下座である。思わずため息をついて、拍手をしたくなるほど完璧な土下座だった。正直なところ心の中ではスタンディングオベーションであった。
「一郎の大切な弟さん2人を馬鹿にしてしまい、大変申し訳ありませんでしたァ!!!!!」
一郎は思わず、もういいっすよ、と呟いた。
×××
「簓への恋心だァ?」
「おう。お前、好きだったろ。簓さんのこと」
「いつの話してんだよ」
簓には謝ってもらったし、一郎はそれで簓を許した。
それからその簓の依頼が後押しとなって、一週間後に空却と会う約束を取り付けることができた。その事については一郎から感謝したいくらいだった。それに空却に嫌われていたらどうしようと言う気持ちは、痛いほどわかる。
適当に飲み物を買って、通りかかった公園のベンチに座って話す。周りは子供たちの楽しそうな声に溢れていた。木を隠すなら森の中とは言ったもので、内緒話をするには逆説的にもってこいだった。
少し話した後に過去の思い出話の流れで簓への恋の話を切り出すと、空却はカラカラと笑って答えた。
「そんなもんとっくの昔に殺したわ。報われねぇ上に実らせる気もねぇもん、持ち続けたって良いこたぁねぇだろ」
そんなのは、笑いながら言うような事じゃないだろう。なんだか痛々しいその横顔に、自分への気持ちを殺されたわけではないのに胸がチクチクと刺されたように痛む。
一郎は目眩の中で次の言葉を捻り出す。
「……け、けど、お前結構、本気だったじゃん」
「おう。本気も本気だったわ。つーか語弊があるな。とっくの昔っつっても、1年くらいは引きずってた」
お前だから言うんだからな、と空却は一郎にだけ聞こえるように声を潜めた。
一郎とて何度もお膳立てしてやった。簓と空却が2人っきりになれるように手回しをしたり、簓が空却に声をかけたそうにしている時はいそいそとその場を離れた。いつだったか、空却と2人で買い物に行ったことがある。左馬刻と簓への、罰ゲームだったか何かの贈り物だった筈だ。適当に選んだ一郎と違って、空却はずっとスマホと睨めっこしながら何を贈るかを選んでいた。相棒である一郎との待ち合わせには大抵遅れてきたけれど、簓との用事に遅れていたのは見たことがない。
一郎はそれを、少し簓が羨ましく思いながらも、微笑ましいと思っていた。あの空却も恋をすればこうなるのだと、相棒は今、それだけ本気で好きになった人がいるのだ、と。
「なんで諦めたんだよ」
「諦めたなんて言い方すんなよな。決着をつけたんだよ、拙僧は」
一郎は自分で思っていたよりも空却の恋に入れ込んでいたらしい。思わず問い詰めるように語気を荒げてしまったが、対する空却は淡々と返した。
「拙僧にゃ、恋は向いてなかった」
恋に向きも不向きもあるか、と思った。
だってそんなものがあるのなら、人は突然恋に落ちたりしない。落ちたんだろう、お前は。空却は。
「あいつと話すと楽しかったし、今だから言うけどよ、一郎とか左馬刻よりも優先された時はすげー嬉しかったし……。けど、お前とその、喧嘩して、ナゴヤ戻ってからは、別に連絡も取り合ってなかったし」
「そんで、テレビとか、いんじゃん、あいつ」
「芸人だからな。ディビジョンラップバトルの参加で前よりも人気出てるみたいだし」
「拙僧は全然喋ってないのに、知らんやつばっか簓と仲良くして」
空却は、隣に座っている一郎の肩に頭を預けた。丸い頭がすり寄ってくる。
「なんか、嫉妬すんの、疲れた……」
本当に空却の声なのかと一瞬疑うくらい、か弱い呟きだった。
その小さな声で、空却は続けた。
他のやつと楽しそうに喋って、笑ってるの見るだけで苦しいんだ。あいつが優しいのなんてずっと前から知ってるのに、拙僧の知らないやつが優しくされてるのを見ると、なんか知らんけどすげえショックだった。……本当は、お前とか左馬刻とか……合歓が、優しくされてるのにも、ずっと妬いてたし。お前らは簓のこと何とも思ってないって知ってるのに、例えば合歓もさ、普通に兄貴の友達として接してただけなのに、良いやつだってわかってんのに、怖かった。本当は拙僧の知らねえとこでもっと仲良くしてんじゃねぇかとかさ。そんなん、左馬刻と簓の付き合いのが長えんだから当たり前なのに。ダチ巻き込んで被害妄想して、最悪じゃねぇか。……拙僧は一晩簓のこと考えてたこともあるけど、あいつはそうじゃない。一寸先が見えない。都合のいい妄想をする度に、現実とのギャップで変に落ち込んでよ。
恋すんのがこんなに苦しいなんて、知らなかった。
泣きそうな声で言うものだから、一郎が泣くかと思った。
「んで、……拙僧が、簓が好きとか嫌いとか以前に、そういう女々しい自分が嫌だったから」
「だから殺しちまったのか」
「ああそうだ。だから殺した。自分の首を絞めるような執着に何の意味があるんだ」
自分に言い聞かせるように力強い声で言って、空却は身体を起こし、そのままの勢いで立ち上がった。
「ヒャハハ!拙僧はどうにも与える愛に向いてないらしい!向けられる愛に応えてやるのとは訳が違えな」
「モテ自慢かよ」
「ナゴヤじゃ愛されてんだよ。お前もそうだろ、イケブクロ代表さんよ」
オラ、と一郎の肩に軽くパンチをいれてから、空却は続ける。
「多分拙僧って、愛が重い?ってやつなんだよ。十四に言われて気づいた。あ、弟子な。拙僧の」
「確かに、重いっていうか一途っていうか」
「一郎は拙僧のこと重いと思うか?自分じゃよくわかんねーんだよな。拙僧も束縛嫌いだしよ」
「確かにお前に束縛されたことはねぇけど、重いっていうか、お前の愛ってでっけぇなって感じ」
「ふーん」
だが聞いていて、一つ気になったことがあった。それを確かめるために、一郎の前に仁王立ちになり光を遮る空却を座ったまま見上げて言う。
「……簓さんだって、お前のこと好きだったぞ」
「あ?そんなクソみてぇな慰め要らねぇよ。手向けのつもりか?」
————やっぱり、空却は、簓と両想いだったことを知らないのか。
自分の気持ちが一方通行の片想いだったと思っているのだ。だから報われないと思っているし、自分の恋が返ってこない与えるだけの愛だったと思っている。
これについては、簓を責めれば良いのかどうかわからなかった。だって一郎が簓の気持ちを知ったのは、簓がかつて一郎に打ち明けたからで、それまではカケラも気づかなかったのだ。恐らく隠していたのだと思う。空却と一郎がまだ子供だったから。
それが勝手に悲しくて、なんとか簓のフォローをしたくて言葉を探す。
「お前は苦手だと思ってんのかも知れないけど、俺はお前に、その、愛されてたと思ってるぜ」
「マジ?一郎が言うならそうかも知んねえ。あの頃は人間一年生の一郎くんに溢れんばかりの愛を注いでやったからな」
「だからさ、そんな、心配することじゃねぇよ」
「……サンキュー。でもいいんだ。簓に恋して十分楽しかったから」
そうして空却は、終わったことを懐かしむように目を伏せる。
(マズいぞ、簓さん……!!)
このままでは完全に気持ちが風化して、過去のものになってしまう。
×××
「……って感じで」
「……ほんまにぃ?」
簓の顔は引きつっていた。一郎も報告の最中、ずっと沈み込んでいた。
報告会はオオサカ某所のファミレスで行われていた。出来れば早く、面と向かって話をしたいと思っていたが、簓がしばらくはオオサカを中心に仕事をするそうで、イケブクロには来れなさそうということで、一郎が以前のように単身オオサカにやってきたのだ。
「あの、手伝いましょうか?あいつ頑固だし、思い込みで失恋なんて、辛すぎる。アリサのこと思い出します」
「アリサ?」
「推しアニメのキャラです。思い込みで失恋して闇堕ちするんすけど。泣けるんで見といてください」
「今の俺が見たら感情移入しすぎて闇堕ちするから嫌や!けどいつか見とくな」
簓は半分ほど残っていたクリームソーダのソーダの部分を、ストローを引っこ抜いて一気に飲み干した。けふ、と息をはいて咳払い。
「あと、こっからは手伝いもええわ。折角やけど」
「……いいんですか?」
「空却が俺のことどう思ったったか聞いてほしいって依頼は完遂してもろたし、実れば2人で愛育んでいくことになんねんから、ここから先はどんだけ茨道でも俺が一人でやらな」
簓は立ち上がってスーツを今一度ピシッと正した。
「今からナゴヤ行ってくる!」
神頼みの前に人事尽さな、と、簓が依頼を持ってきた時のようにひどく真剣な顔で言うから、一郎は力強く頷いてそれを送り出した。
簓はいつものスーツのまま空却の実家である寺の長い階段を駆け上がった。
疲れなどは感じなかった。簓を突き動かすのは、純粋な愛の力であった。
「空却!!!」
「……は?簓?」
境内の掃き掃除をしていた空却は突然現れた簓の姿に目を丸くする。そのまま動きを止めているのをいい事に、簓は一気に空却との距離を詰めた。
箒を握る手首を掴む。
カラン、と箒が音を立てた。
勢いは殺さず、掴んだ手首を引いて抱き寄せながら、簓は空却の困惑で丸くなる目を覗き込んだ。
鼻と鼻が触れ合う。
簓には勝算があった。
「お前が好きやーーーー!!!!!」
「はっ?ん、んむーーーーーーっ!?!?」
だって古来より、眠りについてしまったお姫様を起こすのは、王子様のキスだと相場が決まっているのだ。
……まあ、簓と空却が『王子様』と『お姫様』に該当するのかは、別の話として。
蘇生セヨ恋心
(あとは少し手直しをしておわり)
(配信終わります)
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蘇生セヨ恋心
初公開日: 2020年07月19日
最終更新日: 2020年07月20日
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ささく〜のラブコメ