「彼女が切実にほしいんだが、どうにかならんか」
「突然、何言い出しちゃってるの? グラちゃん」
 友人は突然のグラドの申し出に驚いているが、そんなことに構ってる場合ではなかった。
「イアン、お前いっつも女とっかえひっかえしてるだろ。その薄汚い手口をなんとか!」
「風評被害! 言い方!!」
 グラドと同級の友人は別の友人を通して知り合った。短い茶髪で眼鏡、グラドより背がやや高く、陽気な態度はグラドにとってはコンプレックスを刺激し、本の少しの羨望を抱いている。眼鏡といえど社交性が高いイケメンというやつだ。明るい性格は人に好かれやすく、当然女にもモテる。それ故、グラドの言葉にも棘が混じる。
「半分くらい本当のことでしょ」
 そう冷静に言うのはこのクラスで初めて友人と呼んでも差し支えないだろう、長い黒髪を一つに三つ編みしている少女、シャールだ。すらっとした体系で切れ長の眼はその見た目通り言葉も鋭い。
「付き合ってないし、ただ普通に約束して、一緒に遊んでるだけだって!」
「その気もないのにデートするとか最低だな」
「下半身陰獣軽薄クソ野郎」
「なんなのお前ら! 意気投合の仕方が棘有りすぎるんだけど!?」
 友人イアンは散々なことを言ってくるグラドとシャールに勢いよく抗議する。とはいえ、その二人が訂正しないことはイアンにも分かっているので、グラドの言葉に改めて問いを重ねた。 
「それで、一体どうしたんだよ、彼女がほしいなんて」
「婚約を破棄したいんだ」
 グラドは今朝のあらましを二人に話した。突然婚約者ができたこと、その相手は自分の嫌いな男だと思っていた人間だと。
 その話を聞いて二人は異なる反応を見せた。
「婚約者なんて前時代的な話ね。貴族共和制が廃止されて10年も立ってるのに」
 婚約者という存在自体に眉を寄せるのは、シャールだ。この学校に通う生徒は大半が旧貴族の上流階級の子息令嬢だ。彼女の家は所謂貴族既得権益を廃そうとする急進派に属する。
「いやーグラちゃんとこは随分と長いお家柄だろー。そういうこともあるって」
 シャールの家に比べればイアンの家は中立派と言える。グラドの家と同等以上の古く歴史ある家柄である。
「でもグラドの御父上は改革の当事者でしょ」
 グラドの父は10年前の改革の中心人物で、ついでに言えばこの国の大統領である。貴族制度を廃そうとする中心人物が血脈による家の維持を狙っているのであれば確かに急進派に属する側としては文句の一つもあるだろう。
「そういうのとは違うんだよ」
 明らかに違う、それははっきりと分かっていた。その狙いであれば、母はもっと前から言うだろうし、父から積極的に介入があっただろう。父のスルーっぷりはいっそ清々しいほどあり、それ故この婚約自体が何か厄介な母親案件であることは確定していた。そもそも相手が母親の浮気相手である。そんな醜聞はこの二人には言えないが。
「母親の知り合いなんだよ。家がどうとかとかそういうのじゃなくて」
「アイリスのか!?」
「そういえば、男に見えたって言ってたね。詳しく聞かせて」
 二人はまた異なる形で話題に食いついた。母は昔、舞踏家として名を馳せ、舞踏家引退後は舞台女優として忙しい日々を送っている。テレビや配信サイトに出ることも珍しく、出演する舞台のチケットは日を置かずに売り切れ、中々手に入らないという話だ。息子のグラドはほとんど見に行ったことはないが。イアンはそんな母の知り合い(実際は恋人とのたまう関係性だが)に興味があるようだ。
 シャールはその婚約者の属性について興味があるのだろう。シャールは典型的なタイプのオタクだ。遠巻きに見られていたグラドに近づき、イラスト入りのカバーを外したライトノベルのレーベルを言い当てたのがシャールとグラドが仲良くなったきっかけである。アニメと漫画とライトノベルを愛し、三次元では理想より現実的な意見を尊重し、冷静さを持っているが、二次元においてはその倫理観の箍が外れることが多い。男男も女女も男女のラブストーリーをこよなく愛している。恐らくは男装という設定に食いついてるのだろう。彼女にとって直接知らない相手は全て二次元である。
「なんかこう、強い」
 抽象的で全く説明になっていないグラドに言葉に抗議が起こる。
「なんだよ強いって」
「容姿は口調は? 性格は?」
 友人たちの勢いに押され、仕方なくグラドは、あまり考えたくないユアンのことを思い起こす。
「容姿ぃ? いっつも男物の黒いスーツ着てて、黒い髪で、あー顔はいいような気もする」 
「美人か!」
「男装美人なんだ!! 」
 こういうところは反応が同じである。流石幼馴染というべきか、美人は男女性癖問わず人気であると言うべきか。
「いや美人つったって男にしか見えないし? 俺より強いし? 背も高いし?」
「良い! 男装美人とグラドでしょ? 最高じゃない! 美形同士のカップル! どっちが受け? 攻め?」
「そういう相手を女にしていくのがいいんじゃないの!」
 内容は著しく乖離があるが、ともかく二人の友人は全肯定である。二人に言う自分が間違っていた。
 ただの男装の美形であればよかった、自分より強くたってよかった、背が高いのは若干納得はできないが、まだいい。二人には言えない事情がユアンを憎ませる。盛り上がる友人たちをしり目に、グラドはユアンを認識した時を思い起こしていた。
<ここから!>
 母は美しい女である。物心つく前からそうだった。金色の波うつ髪に夜が明ける瞬間を思い起こさせる青い瞳。珊瑚のように色づく唇。なめらかな白い肌に、豊満な胸と舞台上を動き回る為に鍛え上げられた引き締まった体型。今も変わりもせず美しく、他人からはあまりの変わらなさにその美の秘密が処女の生き血を啜ってるからだなんてしょうもない冗談を言われれていたこともあった。そしてそんな母には夫と子があると知りつつも言い寄る男も多かった。
 母はそんな男を一蹴するのを目にしたことがある。母に舞台裏に連れてもらった時だ。ふられた男が激情して、母に失礼な暴言を言った。その時は意味が分からなかったが、でも酷いことを言われていることはその男の妙にぎらついて眼からわかった。十歳にもならない子どもの自分は母を庇うが、何の意味ももたらさなかった。暴言は続き、母に後ろに庇われた。
 何もできなかった。グラドは母の危機に何もできなかったのだ。
 そして男が暴言から、暴力に発展しようというとき、その男は現れた。
「こいつは傷めつけてもいいやつか?」
 今まさにふるわれようとしている暴力を手首を掴んで止めた、その黒スーツのネクタイまで黒い、黒髪の男。
「困るわ。まだ公演があるもの」
「こいつ、出てたか?」
 黒スーツの男は首を捻った。手首を掴まれた暴言男は何とか逃れようとするが、よほどがっちりと握られているのだろうか握られた位置から微動だにしない。放せ!と暴れようとする男に黒スーツは何げない動作で拳を奮った。見えない拳に腹を抑えて崩れ落ちる男。黒スーツは手を上げて無罪を主張する。
「大丈夫、手加減した。舞台には出られるはずだ」
 若干胸を張るユアンに母は笑った。グラドにはこの状況で母を笑わせることなどできなかった。 
「私でもなんとかできたのよ」
「知ってる」
 母は少し不満そうに黒スーツ男に拗ねてみせて、男は信頼の微笑みを返す。
 二人の世界だった。
 母の危機は確かに去り、暴言男に制裁も与えられた。グラドは喜びほっとした。だが、同時に焦燥も抱いた。父に、自分に、そんな表情を見せたことがあっただろうか。
 
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