買い物帰り、自転車を漕ぐのを止め道の端に寄った。見上げた空は少し濃い水色。平日の昼下がり、昼食を食べる頃合いはもうとっくに過ぎていて、人通りはほとんどない。民家ばかりが並ぶこの道に今存在しているのは、私だけだ。
 五月がもう少しで終わり、じきに雨雲を連れて六月がやって来る。けれども今日の空は一足先に夏の色を纏っているようだ。
 ラムネ色という色があるかどうかは知らないけれど、そんな名前がしっくりくるような色の空。水色との対比がはっきりとした白い雲はまるで羊みたいで、飛び込んだらあまりの気持ちよさにそのまま眠れそうだとさえ思う。
 地面に植わっているように地平線上に綿雲が寝転がっている。その山の形をしている雲の上は硝子板のような青空が広がっていて、どこまで続いているんだろうと、理解はしているけれど答えの分からない事を考える。
 目線を上げていくと自然と頭が後ろに倒れていく。ちょうど、これ以上倒せないという所で視界に別の物が入ってきた。
 半透明の三日月と、その隣に判子で押されたような白い飛行機。あまりにも完璧過ぎて私が勝手に作り出した幻覚なのではないかと思ってしまう。飛行機が徐々に月から離れていったので、偽物ではなくちゃんとした景色なのだと何故か安心した。同時に絵画作品にも劣らないこの景色に胸を締めつけられて、訳もなく涙が零れそうになる。
 自転車のかごに入れていた鞄から携帯電話を出す。自分の視界とほとんど同じになるようにレンズを上空に向ける。画面下にある丸をそっと親指で押した。シャッター音が小さく響く。それから二回、間を置いてまた丸を押す。
 アルバムの項目で写真を確認して、今度は勲のメールアドレスを開いた。三枚の写真を添付して、本文には「すごい綺麗だよ」とだけ書いてすぐに送った。彼は今頃、どこで何をしているんだろう。今日は仕事なのは分かっている。遅めのお昼を食べているのだろうか、それとも市中見廻りでもしているんだろうか。危ない状況でなければいい、そんな事を思いながらペダルに足を乗せた。
 鞄にしまおうとした瞬間、携帯が震えた。着信ではなくメールのようだ。まさかな、と思いながらペダルから足を下ろし携帯を見る。メールのマークを押して開けば、件名のところにはRe:とあり差出人には近藤勲と書いてあった。
 へたをすれば私より連絡はまめな人だけれど、今は仕事中だろうと思っていたからこんなにも早く返信が来た事に目を丸くしていた。写真などはついておらず、本文に「めちゃくちゃ綺麗だな!今外?」と書いてある。「買い物帰りだよ」と返した。するとまたもや携帯が震える。同じく勲からの返信で「ちょっと待てる?」とだけあった。
「どのくらい?」
「五分くらい!十分はかからない」
「大丈夫」と返して携帯をしまった。おそらく返信はもう来ないだろうと思ったからだ。
 サドルに跨っているのも辛くなり降りてスタンドを下ろした。さらに端に寄って空を見上げる。
 飛行機はもういなくなっていたけれど、半透明の三日月は当然だけれどもそこにいた。周りに雲はなく、まるで人工的な海に浮かぶ破れた浮き輪みたいだと思った。美しいはずなのにどこか寂しさや不安定さを感じる。満月じゃないからなのか、はっきりと見えないからなのか、理由は分からない。
「おーい!」
 声に振り返れば、大きく手を振ってこちらに走ってくる黒い姿を認めた。つんつん頭に顎髭に黒い隊服。いつも通りの愛おしい彼の姿だ。
 あっという間に勲は私の前へとやって来た。結構な距離をそれなりの速度で走ってきたように見えたけれど、全く息を切らしていない。さすがだなと思いながら顔を見上げる。
「……顔になんかついてる?」
「ううん、走ってきたのに疲れてないの、すごいなって」
「そうか?」
「私だったら途中から歩く」
 真面目に答えただけなのに勲は「ふはっ!」と笑った。
「このくらいじゃばてねェさ。それに今日は暑いからな、○○を待たせるわけにはいかねェだろ?」
「今日くらいだったら大丈夫だよ」
「俺が心配なんだよ」
 太い指が頬を撫でる。指先は温くてかさついていた。私を見つめてくれていた目が動いて空を見上げる。
「本当に良い天気だなァ」
 眉の上に手を当て目を細めて青空を眺める。晒された太い首の真ん中には大きな喉仏。見ているとしがみつきたくなってしまうがここは公共の場。仕方がないのでぐっと堪えて、代わりに体の横に下げられたままの手を取った。
 大きくて分厚くてごつごつした世界一大好きな手。指先よりももっと体温を感じられる。走ってきて、疲れてはいなかっただろうけれど体温は上がったのか温度は熱いくらいだった。手の平を重ね指の間に交互に指を絡ませ隙間をなくす。
 満足して顔を上げれば視線が重なる。彼の表情はなんとも言えないものだ。唇を内側にしまい込んで眉間に皺を寄せている。
「怒ってる?」
「怒ってない」
「変な顔」
「ひどくない?!」
 今度は私が「ふはっ」と笑った。「嘘じゃないけど嘘だよ。照れてたんでしょ」と言えば表情がまた先程のものに変わる。
「かわいー」
「……○○が意地悪だ」
「好きな子には意地悪になっちゃうんだよ」
「小学生男子?!」
 なんだよもー、と言いながら手は放さないし口元はふにゃふにゃと緩んでいく。分かりやすい事この上ない。そんなところも愛おしい。もっとずっとこの顔を見ていたくて、私は恥ずかしげもなく勲に愛の言葉を伝えている。想いや感情が心の中で熟し過ぎて行き場を失ってしまう前に、一のつもりで渡しても百として受け取ってくれるこの人に私はいつだって全てを渡してしまいたいのだ。
「会いに来てくれてありがとうね」
「ちょうど近くだったからな」
「そうだったんだね」
「……それにな」
「うん」
「……どうせなら、一緒に見られたらって思ったんだ」
「……そっかぁ」
 唇を内側にしまい込んで、緩み過ぎてとけてしまわないように眉間に皺を寄せた。先程の勲もこんな気持ちだったのか、と理解する。
「あ!」
「え!?」
「どうせなら写真撮ろう! な!」
 繋いでいた手を引かれて、向き合っていた体勢から隣に立つ。空いている手で携帯を胸元の内ポケットから取り出すと、カメラを起動して内側のレンズに切り替える。画面にすっかり満面の笑みを浮かべる勲とまだ戸惑っている私が映る。
「ほら、笑って笑って!」
「急に言われても……」
「撮るぞー!」
 濃い水色の硝子板みたいな青空の下、雲の冠を被った彼と私。同じシャッター音が響く。結局私の方が顔を赤くしているのだから、多分一生この人には敵わないんだろうと思いながら、宝物が増えたような顔をして今撮ったばかりの写真を眺める勲を見つめていた。
 泣きたいくらい綺麗な青空も、泣いてしまっているような曇天も、どんな空
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向き
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今日の空があまりにも綺麗だったので小話を書く(Agの近藤さん)
初公開日: 2020年05月29日
最終更新日: 2020年05月29日
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コメント
タイトルのまんまです。Agの近藤さん夢小説です。書き終えたらPixivに格納します