煩わしそうに溜息を吐かれる度、心に小さなヒビが入る。
それは翌朝になれば塞がっている程度の些細なものだったが、だからといってすべてが元通りになるわけではない。傷痕はいつまでも消えることなく、時折思い出したように疼きを与えた。
「なァ、俺たちの関係ってなんだと思う」
先程までの情事の名残りが倦怠感となって全身に纏わりついている。ローは気怠い身体をベッドに横たえ、久しぶりだからと念入りに自分を抱いた男へ視線をやった。
「随分と藪から棒だな。一体どうした」
余韻から一足先に抜け出したスモーカーは、既に中毒の域にある葉巻に火を点け、満足気に白い煙を吐き出している。その横顔はいつもより少しばかり幼い。普段は整然と後ろへ撫で付けられている前髪が、今は所々ほつれたように額に掛かっているからだろう。
「……別に」
「別にってことはねェだろ。何か理由があって聞いたんだろうが」
「うるせェな。アンタはただの軽口にもわざわざ理由をつけてんのか?」
皮肉を込めて笑い掛ければ、スモーカーは天井へ向かって勢いよく煙を押し出した。溜息と見分けのつかないそれにローは内心狼狽えたが、鈍感な男は当然のように気付かない。身体の変化には嫌というほど目敏いだけに、安堵すべきか嘆くべきか迷うところである。
結局なに一つ釈然としないまま、ローは裸でベッドを抜け出した。
「どこへ行く」
「シャワーだよ」
「一人で平気か」
無茶をした自覚がある時は、決まって同じことを尋ねてくる。その度に鼻で笑ってやるのだが、今夜は思いのほか身体が重いような気がした。
「なァ、もし俺が平気じゃないと言ったらどうするんだ」
「どっか痛ェのか?」
「足腰が怠い」
興味本位で腰を摩れば、スモーカーの眉間に皺が寄る。おおかた男のくせに軟弱だとでも思っているのだろう。ローはすぐに己の余分な言動を後悔した。
「言っとくがてめェのせいだからな。加減ってモノを知れ」
「真っ裸で威勢張られてもな」
「剥いたのはてめェだろうが。別にアンタの手を借りる気はねェよ。そこでいつまでも葉巻を吸ってろ」
ロー、と咎める声を振り払い、備え付けのシャワールームへ向かう。溜息が聞こえてこないうちに出来るだけ遠ざかっておきたかった。聞こえなければ、それは存在しないのと同じことだ。無闇に傷を増やさずに済む。
しかし、そんな当ては早々に外れた。わざわざ追い掛けてきたらしいスモーカーが、背後で大きな溜息を吐いたのだ。
「てめェはどうしてそう素直じゃねェんだ」
胸の辺りがちくりと痛んだ。また傷が入ったのだとすぐに分かった。煩わしそうな顔を見ていないだけマシと言えたが、だからといって大した慰めにはならない。
「勝手に入ってくるなよ」
「ロー、こっちを向け」
「イヤだ」
「お前今日は変だぞ。一体何がそんなに気に入らねェんだ」
全部だ、とはとても言えない。積もり積もったものに押し潰され、癇癪を起こす寸前であることをローは自覚していた。
「……アンタには関係ないことだ。気を悪くさせたなら謝る。だが暫く放って置いてくれ」
「おい待て」
「ッ、離せよ!」
腕を振り払おうともがけば身体ごと壁に押し付けられ、そのまま息を吐く暇もなく口内を荒らされる。いくら押し返そうとしても頑丈な胸板はびくともしない。噎せ返るような葉巻の匂いと容赦なく与えられる苦味に頭の芯が痺れていく。そのうち鎮まっていたはずの熱を無理やり起こされ、ローは思わずスモーカーの背中に爪を立てた。
「いてェな……何しやがる」
「それはこっちの台詞だッ……! いきなり盛ってんじゃねェよ」
濡れた口元を拭って睨み付ける。だが、壁に押し付けられているせいで逃げ場はない。
スモーカーは相変わらず眉間に皺を寄せ、煩わしそうに此方を見下ろしている。その表情を目にした途端、自分でも愚かしい程に泣きたくて堪らなくなった。
「ロー、何かあるなら言え」
「……ない」
「あるだろ」
「ねェよ」
「ロー」
引き結んだ唇を武骨な指がゆっくりと撫でていく。ローは喉元からせり上がってくるものを懸命に飲み込もうとしたが、再びスモーカーに促されると目の奥が重い熱を持った。
「……溜息が、いやだ」
「あァ?」
「煩わしそうにされんのも、いやだ」
「……オイちょっと待て、」
「でも、半分は俺のせいだって分かってる。アンタが言うように素直じゃねェし、そのせいでうんざりされてんのも知ってる」
だけど、いちいち傷つくんだ。
もはや包み隠す値打ちもない本音を晒せば、スモーカーの目が大きく見開かれた。不意を衝けたことで幾らか胸のすく思いがしたが、それはすぐに居心地の悪さへと形を変え、ローは深く首を折った。
「……どうせこれも面倒臭ェって思われてんだろうけど、俺の言いたいことは以上だ。分かったらそこをどいてくれ。流石にこの格好は冷える」
言い終えたそばからくしゃみが出る。ローは自身の能力でこの場から逃れようと思い立ったが、それを見透かしたようにスモーカーの両腕が背中へ回り、そのままきつく抱き寄せられる。中途半端に繰り出したサークルは徐々に窄み、やがて完全に姿を消した。
悪かった、と聞こえてきたのはそれからすぐのことだった。
「お前を煩わしく思ったことは……まァ一度もないとは言わねェが、それは俺の都合だ。お前に非があるわけじゃねェ」
「何だソレ。つまりは八つ当たりかよ」
「違いねェ」
「開き直るなクソ野郎」
「だから、俺は今から心を入れ替えることに決めた」
「……俺の能力でもてめェの性根を入れ替えるのは多分無理だぞ」
「バカ、そういう話じゃねェよ。これからは改めるって言ってんだ」
呆れたようにスモーカーが言う。けれど、いつものように溜め息は零さない。
ローは腕の中で笑みを浮かべ、小さな傷たちにもう大丈夫だと言い聞かせた。
ありがとうございます!!
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お題はシャンブルズ!
初公開日: 2020年05月16日
最終更新日: 2020年05月16日
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まずお酒を準備します。書きます。飲みます(完)