背中を撫でる手がぱきん、という甲高い音で止まった。
「…どうした」
のそり、と背後を軽く伺う声はややトーンが低く、作業の中断によって機嫌を損ねたのだと、なんとなく理解する。
それでもそのまま続行するには少々困った状態ではあった。手を止めたパッチの手のひらの中には閉館後の薄暗い、最低限の照明でもきらきらと輝く欠片が握られていた。
「痛みはありませんか」
痛みを伴うようであれば、今後この処置は検討しなければならないと思って彼は尋ねた。それに対する欠片の主の返事は、侮蔑を含んだものだった。
「痛みがあればなにがしかの反応はするだろう」
「貴方は苦痛を耐え、隠そうとする傾向が強いです」
「…それは日ごろの行いとでも言いたいのかね、ン?」
更にもう一段階低くなった声音に、パッチは瞬きをした。いつの間にか膝上から上体を起こしてこちらを睨めつける爬虫類の特徴を有した瞳が、薄闇のせいで余計に爛爛と怒気を帯びているように見える。常人ならばその殺気だった雰囲気に悲鳴を上げて逃げ出すだろう。だが彼はわからない、と言ったように首を傾げるだけだ。
「ルキノ、僕は貴方の世話と監視を命じられています」
顔の半分を銀の様な金属で覆われた男は、あくまでも静かに語りかける。ルキノと呼ばれた男は舌打ちをせんばかりの不機嫌さでそっぽを向いて言葉を返す。
「私の軟禁と調教の間違いだろう」
「それは恐らく、『感じ方の問題』というものだと思いますので僕にはわかりかねます」
ルキノはまた舌打ちをしたい衝動に駆られた。この男は、時々人間のような物言いをするくせに、感情らしい感情をなかなか見いだせない。どこか不自然で、歪なのだ。
「…それは、ご自身のこともそうではないですか、ルキノ教授」
明確な嘲りを滲ませたその言葉にルキノの背が跳ねた。――そう、彼は時折、こちらの心中を見透かしたような振る舞いをする。そしてそういう時は決まって、普通の人間が、悪意をぶつけるときの様な喋り方をするのだ。
「自らヒトであることを捨て、偶然とは言え深淵に触れ、人とも蜥蜴ともつかぬ姿に堕ちた貴方に、僕を笑う資格が、果たしてあるのでしょうか」
ねっとりと絡みついてくるような声音に、ずしりと伸し掛かる熱。背中の結晶がぴきぱきと悲鳴を上げる。まるで、得体の知れないものに恋着され、声を上げることも出来ないルキノの代わりのように。
時計の針が一周程回った頃。それでもルキノにはそれが永遠のようにも感じられた。現れたときと同じように唐突に重苦しい空気が消え、パッチはルキノの頭を一つ撫でるとその上から降りた。特に言葉を掛けることなく遠ざかる靴音がドアの閉まる音の向こうに消えたとき、ようやくルキノは脱力し床に蹲った。
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作業あきるまで
初公開日: 2020年05月11日
最終更新日: 2020年05月11日
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