据え膳食わぬは以下省略
文或尾崎紅葉超御都合主義夢
年齢制限引っかからないあたりで引き返す予定
司書は、少女である。あるいは幼子とでも言うべきかもしれない。
彼女は女でも娘でもなく、ただの『女』という性を生まれ持った、一つの人間に過ぎなかった。
司書は、よく食べ、よく眠り、よく笑った。よく学び、よく遊び。子供というには歳を取り過ぎている彼女は、寺子屋に通い詰める幼子のごとく、あらゆるものに興味を持った。もちろん、苦手なものはあるけれども。料理も裁縫も掃除も、何もかもをそつなくこなした。聞けば、学校へ通ったのは数える程だったという。一定の時期からは家にいても卒業できる学校に通っていたという。友達もいなかった、とあれは笑った。その顔はどこか寂しげというよりも、諦めたような色をしていた。何の欲もない、ただ伽藍堂の瞳が、そこには虚に二つ、浮かんでいた。
不憫に思ったのか、あるいは弟子を抱えていた時分のような、庇護欲とでも呼ぶべき情でも湧き起こしたのかもしれない。手を取って学問を授け、手を引いて弟子や交流のあった文士の元へ連れ出した。元から積極的に人と関わっていた彼女であったが、紅葉が連れて行けば、彼らは珍しがり、揶揄うようにこちらへいつも以上に声をかけてくる。それを彼女は面白がり、あえて積極的に我の後を付いてくるようになった。それはまるで、親鳥を追いかける雛鳥のようにも見えた。
「雛鳥っていうより、子犬じゃないんですか」
弟子の一人が口を開く。相変わらずの仏頂面だが、司書の話になると、少しその口元が緩むことを、我はよく知っている。師匠の目を誤魔化せるとでも思っているのか、態とらしくぶっきらぼうな口調で、彼は続けた。
「師匠の後を付いていく時、まるで犬みたいに、尻尾を振って見えますけど」
「それは知らなかったな」
「知らなかった、って…いつも一緒にいるのに知らないんですか?」
「我の両目は顔の前についている。頭の後ろに目が付いている訳ではないからな」
あっけらかんと笑って見せれば、呆れ顔とため息が返ってくる。これを鏡花が見ようものなら——鏡花は我のもう一人の弟子である——誰が言ったのだか、また以前のように殴りかかっているであろう。残念ながら鏡花は今、司書と共に仕事に精を出しているため、ここにはいない。この弟子は、今日は珍しく運が良かったらしい。
「先生…あぁ、秋声も一緒でしたか」
「なに。僕が一緒にいちゃ悪いわけ?」
態とらしい不機嫌な顔つきが、素のままの仏頂面に早変わりする。相変わらず馬が合わない弟子二人に小さく苦笑する。
「いえ、そういうことではありません。それより先生、司書さんからこちらを預かってまいりました」
鏡花が差し出したのは、小さな箱。
「これは…最中か。おぉ、懐かしいな。八つ時にちょうど良い」
「そう言うだろうと思って、茶も用意しておいたぞ。あまり食べすぎるなよ、紅葉」
「露伴…汝も相変わらずだな」
大柄な男が、少し小ぶりな——彼が手にすると、余計に小さく見える本を手に歩み寄ってくる。目の前のテーブルにそれをおいて、茶托を四つ並べ、湯飲みをその上に置いた。誰からともなく最中を手に取り、食べ始める。四人で食べると、あっという間に終わってしまうそれは、少し物足りなくも感じつつ、舌触りも味も素晴らしい。満足な笑みを浮かべたところで席を立つ。司書に礼を言いにいかねば。
「司書、司書。少し良いか?」
司書室と書かれた札のある、重厚な扉を叩く。ノッカーを高らかに打ち鳴らしても反応がない。
「汝…寝ておるのか?」
拳でどんどんと叩くけれど、反応がない。寝ているならまだしも、季節は間も無く夏を迎える。この頃は気温の変化も激しく、鏡花が珍しく一人仕事に出ていたのは、そのためでもある。長い髪を扱いかねた紅葉が少しふらついたのを目敏く見つけられ、休養を言い渡されたのである。
もしや本当に倒れているのではないだろうか——不安に思い、ドアノブに手をかける。捻ってみれば、呆気なくも扉が開かれる。
「汝、入るぞ」
声をかけて、扉を押し開く。その向こうでは、彼女が机に齧り付いていた。
「汝、何をしておるのだ?」
下着同然の格好で、彼女は机に向かっている。その手元にあるのは分厚い書物と紙の束、どうやら英字の論文が書かれているらしい。ガリガリと鉛筆をノートに走らせる彼女の額には玉の汗が浮かび、顔は真っ赤になっていた。
「汝、何をしておるのだ!」
尋常でない様子に、ぐらぐらと揺さぶりかける。途端、弾かれたように顔を上げ、次の瞬間、ぐらりと体が傾く。ゆっくりと倒れていくのを抱きとめる。
「司書!!」
紅葉の叫び声に、はっと彼女は目を開けた。
「あ、あぁ…紅葉先生。お疲れ様です。すみません、何かご用でしたか?」
いつも通り、彼女は言う。目を回している様子は見受けられないが、一応医者に診せた方が良いだろうか。今なら医務室にいるであろう男の顔を思い浮かべ、そのまま司書を抱える。
「え、ちょ…ちょっと待ってください、まだ終わってな——」
「後で運んでやる」
軽い体を抱き上げて足を進める。高い襟のついた羽織は、今日は身につけていない。松の葉色の着物が包む少女は細くて、何だか頼りなくも見える。それでもこれは、稀代の錬金術師(アルケミスト)である。これほどの腕を持つものは他になく、義務教育を終えた途端、すぐさまこちらに引き摺り込んだという話は、秋声から何となく聞いていた。それから数年が経過している。本来ならば、制服に身を包み、女学校にでも通っている年頃だろうか——今は高校と呼ぶのだ、と彼女は言う——それをどうして、こんな男だらけのところに閉じ込められているのだか。選り取り見取りと言うには程遠い。我々文豪地は人間の魂の記憶の欠片を継ぎ接ぎした、単なる人造人間(ホムンクルス)のようなモノに過ぎない。我は人間ではない。
医務室に足を踏み入れる。断りもなく扉を蹴り開けた紅葉を見て、そこにいた男は眼光を鋭くする。しかし、それも束の間、紅葉が抱きかかえた少女を見るなり目を見開いた。
「どうした、何があった」
「我の声も気付かぬほど熱中していてな。揺さぶったら倒れたし、脂汗も浮いている。顔も全身赤くて熱いから、念のため診せておこうと思ってな」
「…なるほど。そこに寝かせてくれ。今、水と飲み物を取ってくる」
彼は奥に向かう。それを見送って、白いシーツがぴったりと敷かれた寝台に、彼女を横たえた。
「気分は悪くないか?」
「大丈夫です。ここ、冷たくて気持ちがいいし、紅葉先生の手も冷たくて気持ち良かったし」
「…熱中症だな」
小さく呟いて、彼は彼女の体に水の入った袋を落としていく。足の裏、膝の裏、足の付け根、脇、首筋、肘。両手に少し大きな袋を持たせ、額に当てるように指示した。様子を見ているように言われる。唇や爪の色、肌の血色が悪くなり過ぎないように気を付けろ、ということだ。近くにあった団扇で風を送りながら司書を見守る。それにしても、随分な格好をしているものだ。
申し訳程度まで緩んだ肩紐が、筒状の布を吊り下げている。それは辛うじて胸元から腹までを覆い隠す。浮き出た腰の骨は、臍あたりから履いている短い下履の上からでも見て取れた。ぴったりとしたそれは腿の途中で終わっている。裸足の彼女の脚は白い。命拾いしたな、などと他人事のように思う。これを蹂躙しようとする輩は多くいるはずだ。ここにいて良かったとは言い切れないが、少なくとも今、医務室にいるのは紅葉と司書の二人きりである。
「汝、服を着ろと何度言えば分かる」
「いや、分かってますよ」
「分かっていない。着ていないではないか」
「着てますよ。ほらこれ。ちゃんと服でしょ?」
手を伸ばして引っ張ったのは、下履の裾である。ぴったりと肌に沿うはずのそれは、細すぎる司書の脚に随分と余っている。
「そうではない。もっと肌を隠せと言っている」
「隠れてるじゃないですか。ほらこれ」
こんなにたっぷり生地があるなんて上等すぎる、なんて言って、彼女は筒状の、言い方は悪いが粗末な下着をパタパタと煽って見せる。浮き出た腰骨と鎖骨がその向こうに見え隠れする。妙な気を起こす前に、その手を押さえ込む。我まで熱に浮かされるのは御免被りたい。
「とにかく。我が見繕っておくから、きちんと服を着ろ」
「…はぁい」
服なんていらないのに、他の人が着ればいいのに。小さくぼやく声に聞こえないふりをして、首の後ろに手を入れる。少しは体温も下がっただろうか。そこへ戻ってきた先程の男が、飲み物を手渡す。今夜はここに泊まるように言って、彼は出て行った。どうやら司書室を本格的に改装するべく、算段をつける予定らしい。
正直、この司書は異常だ。貧しいだとか何だとか、そういう次元ではない。自分を恐ろしいまでに、無価値で無意味だと思っている。大切にしない、尊重しない、などと言う言葉では到底足りないくらいに、自分の存在を軽んじるのである。頭を抱える紅葉を他所に、司書は飲み物を一口口に含む。おいしい、と小さく呟いたきり、口をつけることはなかった。
「司書?」
穏やかな寝息に、恐る恐る声をかける。彼女はとうとう眠ったらしい。まだ夜も早い——先ほどまで、夕焼けが眩しかったのを彼女はぼんやりと見ていた——けれど、疲れもあるだろう、無理もない。司書室に残されていた書物をパラパラとめくる。百科事典だ。そういえば、学校へ通ったことは愚か、家には本の一冊も無かったと言う。文字が書かれているのは薬か酒か、そうでなければ借金の取り立ての紙か、だったか。仔細を聞き出すつもりもないけれど、いずれ話してくれたら、などと思う。司書の僅かな持ち金を叩いて買ったのであろう、分厚い本には丁寧に手作りのカバーが掛けてある。それが先日紅葉が買い与えた袱紗で作られていることには、仕方ない、目を瞑ることにした。これを口にしたところで『自分が持つより本が身につけた方が良いに決まっている』などと言うに違いない。司書は、そういう少女だった。
改頁
夏の盛りは、服を着ていなくても暑い。空調を効かせた部屋に閉じこもるのも性に合わないが、この時期は外に出ているのも億劫である。確か以前、司書室を大きく改造して、縁を付けたのではなかっただろうか。あそこなら多少風が通るし、涼しいであろう。数日盆休みだ、と称して文豪たちに休みを与えている司書のことだ、また机に齧り付いているのだろう。それの様子を見るのを口実に、涼みに行くのも悪くない。食堂を通りかかり、大柄な男の背中を呼び止める。すぐさま振り返ったその男は、こちらを見るなり目を丸くした。
「どうした?紅葉。素麺なら今終わったが」
「いや。司書のところへ行こうと思ってな。せっかくだから甘味でも持って行ってやろうと思ったんだが、何か良いものはあるか?」
「あぁ…多分また、何か読んでいるだろうからな。それならかき氷はどうだ?涼むのにちょうど良いだろう」
「ですが、朝食を摂って以降、食堂で見かけていませんので、昼食もまだなのではないでしょうか」
「…そうですね。一日ここにいますけど、おにぎりを取りに来た以外、姿を見ていません」
「やれやれ。呆れてものが言えんな」
露伴はあからさまに落胆して見せる。奥からかき氷と、アイスクリームを持ってきた。二つずつ、盆に乗せてある。
「取り敢えず、全部食べさせてくれ。融けて嫌がるなら、また取りに来てくれると助かる」
「分かった。汝も苦労するな」
「良いか、お前の分じゃないぞ。お前と彼女の分だからな」
こちらの言葉をまるで無視して、露伴が言う。司書室に向かう途中、白い着物姿の男に呼び止められた。
「司書室に行くなら、これを頼んでも良いだろうか」
「これは…薬か?具合でも悪いのか?」
「いや、これから本格的に体調を崩すだろうと思ってな。薬膳代わりのようなものだ」
「鴎外殿も、苦労するな」
「そちら程ではないだろう。よろしく頼む」
彼は律儀に礼をして、日本刀を提げたまま遠ざかっていく。軍人かつ軍医でもあり、文士でもあった森鴎外。その凛とした佇まいは涼やかで、そういえば汗ひとつかいていなかったような気がした。
「司書。入るぞ」
すっかり慣れてしまった手つきでドアノブを回し、扉を押し開ける。紅葉を前にして、ノッカーは無意味である。なぜなら彼は、扉を叩くよりも早く、そこを潜り抜けるからである。
「司書。休憩だ」
彼女がひとつ、深く息をしたのを見つけて声をかける。手にしたペンを取り上げ、目元を掌で覆う。ブンブンと頭を振って彼女が視界に光を取り戻す。その目の前に盆を持っていく。
「司書、休憩だ」
アイスクリームとかき氷をすっかり食べ終わった彼女は、紅葉が提げていた水筒から水を少し飲んで、薬も飲み干した。食べ終わった空の器が4つ、盆の上に重ねてある。日陰になるように庇を長くしてある縁に大の字に横になって、彼女は大きく伸びをした。
「何だか、怖いですね」
何を言っているのか、よく分からない。正直に告げれば、上手く言えないと言いながら、彼女は口を開いた。
「今まで、アイスクリームやかき氷を食べたことなんてなかったし、本を読んだこともなかったし、薬だって飲んだことなかったし。空が見える家で、広くて、綺麗で。歩いても床が抜けたり、蛆虫が這ってたりもしないじゃないですか。怖いくらい幸せというか、こんなに幸せだと、怖くなるというか」
どんな環境で生かされてきたのだろうか。想像するのさえ恐ろしいくらいで、口を挟めない。それが異常であることを知りながら、彼女にとってはそれが『普通』なのだ。
「本当は、私なんかが手に入れちゃいけないようなものがいっぱい、ここにはあるんです。それが、何だか怖いというか、空恐ろしいというか。夜寝て、朝起きて。気付いたらまた同じ、真っ暗で狭くて臭くて、今だからこそ地獄みたいな場所だって言えるあの場所に戻ってるんじゃないか、って思うんです。瞬きをするのも怖い」
隣に横になって、伸ばされた手にそっと触れてみる。ちらりと怯えた目を向けたけれど、すぐにその恐怖は消えた。
「だから、こんなにも本ばかり読むのか」
「そうです。あの地獄に戻れば、文字の一つだってお目にかかれませんから」
彼女は笑った。いつか見た、伽藍堂の瞳が二つ、浮かんでいる。それがどこか空恐ろしくて。手を伸ばしてその両眼を塞いでやった。
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虹薔薇
これ誰かいるんかな…人見えるようにできたりしないかな…日付変わってるので25時目安に消えます…明日引っ越しなので…
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据え膳食わぬは以下省略
初公開日: 2020年05月06日
最終更新日: 2020年05月06日
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