「ロッカせんぱぁい!!」
「あ?」
相談があるんですけど。ヴィジランティの呼びかけにロッカが振り返る。
ヴィジランティ曰く。■■支部のアリスタルフと手合わせに難儀しているという。力量的な意味ではなくノリという意味で。
「はぁ?」
「脳筋テンションはちょっとつらいっていうか」
「てめぇも脳筋だろうが」
「えっ」
そんなふうに思われていたのか。思われていたんだなぁ。
ショックで硬直するヴィジランティへ、軽く肩を竦めたロッカは、まぁ、と続ける。
言いたいことはわかった。要するにアリスタルフとの手合わせの相手を代われということだ。
「しょうがねぇな」
「わぁいロッカ先輩だいすき!!」
「はいはい」
聞き流し、それから立ち上がる。
後輩の頼みだ。引き受けてやろうじゃないか。
***
「で、今日はアンタか?」
「おう」
笑顔防具にくわえたマッチ。いつもどおりの装備に加え、今日は悪食のハンマーではない。右手にはめているのは黄金色のガントレット。天井の照明を受けて黄金色に輝く。
「ヴィジランティに相手を代われって言われてさ。っつーわけで、御託はいい、やろうぜ」
「よっしゃぁ!!」
にぃ、とアリスタルフが好戦的に笑う。ロッカもまた口端を吊り上げた。
「てめぇなんざにやられるほど甘くはねぇからな」
女の顔は殴らないだったか、なんだったか。その信念を守っていたら死ぬぞと、殺意たっぷりに呟いた。アンナやヴィジランティは"もしも"の事故を避けて致命傷は与えないがロッカはそれをしない。巻き戻し? 上等だ。
そもそもアブノーマリティの鎮圧を想定した手合わせだ。アブノーマリティが致命傷を避けてくれる優しさをみせてくれるだろうか。否。だったら、最初から殺すつもりでやってしまったほうがいい。本当に死ぬかどうかはアリスタルフの力量次第だ。
「わかりやすくていいだろ?」
「はっ」
そんじゃまぁ一発。どちらからとも言わず拳を構えた。
「先にくれてやるよ」
「あ?」
先手は女であるロッカに譲ると。成程見上げた紳士根性だ。
そんな余裕を垂れるなど。相手が赤ずきんの傭兵や魔法少女の面々でもそうする気か。
その慈悲を後悔させてやろう。譲るというならそれに乗ろう。一撃で沈められても文句は言うなよ。心の中でごちてロッカは拳を鳴らした。くわえていたマッチがひときわ強く燃え上がる。
「カウントいるか?」
「好きにしやがれってんだ」
「おうよ」
3、2、1。心の中でカウントしてから拳を翻す。ゼロと同時に顔面に叩き込む。頭が吹っ飛んだらその時はその時だ。余裕をかましたアリスタルフが悪い。責任転嫁しながら足を踏み込む。
まるで流星のように、一直線に黄金がひらめく。アリスタルフの顔面へ向けて、糸と糸で繋いだ線をなぞるように。
「っ、させるかよぉ!」
その手をアリスタルフが弾く。どうせ初手急所狙いとは予想していたが本当にその通りとは。顔面を吹き飛ばされる前にその拳を払いのけて身を屈める。がら空きの左脇腹へ。
「いらっしゃい」
見えてるっつぅの。膝を跳ね上げてアリスタルフの腹を蹴り上げる。くの字に折れたアリスタルフの後頭部へ、一度は振り抜いた黄金を叩き下ろす。追撃は慈悲と余裕から見送る。
「飯食ってなかったら悪ぃな」
吐くモンないと辛いだろ。床に蹲ったアリスタルフを見下ろしてぼやく。まるで煙草の煙のようにマッチから煤が立ち上った。それを息で吹き散らして、こきりと肩の関節を鳴らす。
アリスタルフは蹲ったまま動かない。腹を蹴って後頭部をぶん殴ったから吐き気と目眩と格闘している最中か。そんなんじゃアブノーマリティの鎮圧はままならねぇぞと説教を述べかけたロッカの前で、アリスタルフの肩が震える。
「は、はは……っ」
アリスタルフから笑い声が漏れた。なんだ頭を殴られて気でも触れたか。そうだろうが何だろうがまだ勝負は続いているのでぶちのめすだけだが。
「ほん、っと……いい女だなぁ!」
楽しい。心底楽しいと思える相手がここにいた。戦闘本能で狂喜しながらアリスタルフは顔を上げる。
手加減も何も要らない。本能むき出しで戦える。狂喜を浮かべてアリスタルフは体を起こす。立ち上がる勢いを利用して踏み込んで、ロッカの腹へと狙いを定める。
「っ……」
さっきと動きが違う。スイッチが入ったか。戦闘狂かよてめぇ。
心中でぼやくより早く拳を避ける。これは制圧に苦労するかもしれない。まぁ、労力が多少増えただけで手間としては大差ない。くぐってきた死線が違うんだよ、こっちは。
この程度なら簡単にさばいてみせよう。連続で繰り出される拳を避けて払ってさばいて処理していく。そろそろ反撃な。呟いて、翻る黄金がカウンターを狙って繰り出される。
「ははっ、最高だ! 最高だぜアンタ!」
「おう、ありがとさん」
てめぇもいい男だよ。タイプじゃねぇけど。軽口で返事をして、黄金のきらめきで手合わせを終結させた。
***
「お疲れさん」
これ以上は本当に事故が起こりかねない。ロッカとしては事故など起きて構わないのだが、もし起こした場合の諸々に配慮して手を止めた。こちらの管理人が顔面蒼白で巻き戻しボタンを押す羽目になるのは、まぁ、あまりいい話ではないだろう。
ヒートアップする前に終わらせる。殺気を解いてロッカはガントレットを外す。手合わせの成果としては悪くはない。並程度のアブノーマリティなら十分対応できるだろう。ALEPH連中は知らない。
「兄さん」
レギーナが小走りでアリスタルフへと駆け寄っていく。怪我がないかどうか心配しているレギーナに応対しているアリスタルフをよそに、ロッカは肩と首の関節をほぐすように軽く回す。
手合わせの最中、何度か殴られたが特に痛みはない。アリスタルフが加減したこともあるが、EGOの防御力によるところも大きい。そのEGOはというと、腹をすかせてがちがちと歯を噛み鳴らしている。
「今飯はねぇよ」
空腹だろうが大人しくしとけ。みぞおちのあたりにある一回り大きな顔へと呟く。その呟きを耳ざとくレギーナが捉えた。
「軽食なら用意してあるわ。動き回ってお腹が減るでしょうから用意しておいたの」
「おう」
それならご相伴にあずかろう。ありがとな、と礼を述べてから部屋の隅にあるテーブルにつく。
「ロッカ」
「あ?」
「今度は素手でやろうぜ」
「まだやんのかよ」
まぁ、やるというなら拒否はしないが。
レギーナがサンドイッチと茶を載せたトレイを持ってこちらに向かってくるのを視界の端で捉え、マッチをくわえたままロッカはアリスタルフに笑いかけた。
「言っとくが、あたしは素手の方が強いぜ?」
素手でパンチングマシーンを破壊したエピソードを知らないのだろうか?