カドックが旅をするらしい。
 オレを連れて、オレが巡った特異点を見て回るんだって言っていた。何か月もかかって綿密に計画を立ててたけど、肝心のオレの到着が遅れたから予定が押して焦っていたみたい。でも、昨日やっとオレがスイスから戻ってきたから出発できるんだって。ちょっとホッとしていたのを、見逃さなかったよ。たぶん、カドックは絶対に認めないだろうけど。
 でもなんでまた、いきなりそんなことをするんだろう。だって、一応はオレたち敵対していたわけだしさ。今回の計画を聞かされた時から不思議に思っているけど、これはカドックがカドックなりに考えた結果だって納得している。
 カドックとはロシアで敵対してしまって、確かに負い目もあるけどさ。それでも、オリュンポスで絶体絶命のピンチになったときに、来てくれたことにすごく感謝しているよ。あの時、カドックが来てくれなかったら、きっとオレたちは助からなかった。カドックは「礼を言われる筋合いは無い」ってツンツンしていたけどね。これ以上機嫌を損ねるのもなんだし、それについてはもう何も言わないけど。
 オレはカドックに連れていかれるがまま、旅の終わりまで彼に付いていく。
 というか、オレが我が儘を言って連れてってもらうんだけどさ。ほら、今のオレって一人で出歩くことができないから。
 人理焼却のことが終わったかと思えば、お次は人理漂白。本当に参っちゃったよ。けど、ようやく全てを終わらせることができて、オレたちは元の世界に戻って来たんだ。数年かかったのはご愛嬌ってやつかな。ゴルドルフ所長には怒られそうだけど、まあカドックは仕事はきっちりしてくれるって信じているから。
「チッ……やっぱりルートを変えるか。遠回りになるが、安全には代えがたいからな」
「うん、そうだね。安全第一、これが基本。散々ドクターにも言われていたからさ。だからオレは安心して君と一緒に旅ができるんだよ、カドック。この旅の目的地までどうかよろしくね」
 笑って、カドックの背に呼びかける。彼はオレの声には答えなかった。不可抗力とはいえ半分はオレのせいで予定がずれたからね。計画を組み立て直すのに忙しいみたい。下手なことはせずにじっと待とう。うん、予定が変更されたっぽいからカドックが部屋を出るまでにもう一度確認しておこうか。
 まずスタート地点の日本から、船で中国に渡ってロシアに入国。シベリア鉄道で大陸を横断しつつスウェーデン、デンマーク、ドイツを経由してフランスを目指すらしい。オレのイメージでは海外への旅は飛行機で固定されているから、陸路や海路は中々想像しづらい。それはそれで新鮮で良いんだけどね。なんでなのかは予想できるけど、なるべく飛行機は使わないって言っていた。もしかしたら怖いのかな。
「カドックって、もしかして高いところ苦手だったりする?」
「…………」
 聞いてみたけど、何も言わなかった。だからそういうことなんだろうなって勝手に思ってる。
「間に合うか……? 残りはあと二か月も無いが……」
 手元の書類を眺めながら、カドックが何事かをぶつくさ呟いている。というのも、実は最終目的地に行くのはかなりめんどくさい手続きが必要らしくて、交通手段も限られているらしいから。
「先にイギリスに上陸するか? いや、それだとタイミングが……面倒だがここはやっぱり北欧経由でドイツから入ったほうが無難だな」
「ねえ、カドック。それだと陸路になるし、かなり遠回りのルートになるみたいだけど良いの?」
「フン……まあ、いい」
 広げていた地図なんかをリュックの中にがさがさと乱暴に突っ込みつつ、カドックは考えるのを止めたように深い溜め息を吐く。
「どうせアンタは着いてくるだけなんだ。どこをどう通るだなんて僕の勝手だろう」
「そうだね、カドック。元々オレの我が儘に無理言って付き合って貰ったんだから、カドックの好きにしてよ」
 と言ったっきり、カドックはそっぽを向いちゃった。まあいつものことさ。と、苦笑しながらオレはカドックの側に寄り添った。
 カドックは今、泊まったホテルのベッドの上に座ってる。もうすぐ出発しないと船に乗り遅れちゃうよと呼んでも、じっと座ったまま動かない。準備は終わっているから良いんだけどね。無言、本当に無言のまま。どうしよう、めちゃくちゃ気まずい。しばらくの間、そんな沈黙の時間が続いた。
「ねえ、カドック」
 そんな状態に耐えかねて呼びかけても、カドックは黙ったまま。彼の視線は、左手の親指に嵌めた指輪に注がれていた。
 青い宝石が中央に嵌め込まれたシルバーの指輪。前は見なかったから、最近になって購入したものだと思う。本当、オレがスイスに行っている間に何があったんだろう。それに……
「何も二つも作らなくったって良かったのに」
 その指輪、実は二つある。しかもどっちも同じデザインの物。
 なんでまた、わざわざ全く同じ物を二つも作っちゃうんだろう。それ、確か結構なお値段のものだって聞いたけど?
 もしかして、なんだけどさ。カドックの金銭感覚、オレとちょっとズレてるのかな。やだ、なにそれ怖い。海外のお金持ちの金銭感覚ってどうなってるの?
 いや、たぶんどっかにスポンサーがいるっぽいけど……もしかして、ゴルドルフ所長? いや、まさかぁ。あの人、カルデアを購入するために全財産はたいたとか言ってたし。それは無い……もしかして、残っていた資金をかき集めてくれた?
 ……うん、まあ。怖いから、これ以上の真相究明はよそう。オレの精神が削れる。
 苦笑しながら会話を入れようと努力するけど、カドックは黙ったままだった。そんなに酷く怒らせてしまったのかな?
「……アンタは一つで良いとか言い出しそうだな」
「およ?」
 カドックが何か言いだした。あ、もしかしてオレの言ってたこと聞いてた?
「二つあるのは保険だ。生憎こっちも用心するようになってね。アンタのせいだよ」
「あぁー、そっかぁ」
 確かに。用心するに越したことはない、か。ただでさえカドック、ロシア異聞帯でオレにやられて、その後オリュンポスで油断してリンボに重傷を負わされたとか言ってたし。そりゃ、何事にも警戒して当然かぁ。ただでさえ、オレっていうある意味での爆弾を連れて回るんだし……過剰と言われても良いくらいの備えは、ね。
「なんでアンタは……こう、無防備だったんだよ。少しは警戒しろよ」
「アハハ。確かに君とは敵同士だったけどさ。もう警戒する必要なんてないでしょ?」
 一時は敵対した。本気で憎しみをぶつけられた。酷いことも言われた。
 けど……ねえ、カドック。それでもオレは君を信じるよ。だって、君は危険な旅になるって判っていて、オレの願いを聞き入れてくれたじゃないか。
「……うん。信じているよ。カドック」
「まあ良いさ。能天気なアンタは警戒心皆無のままで生きられたら良かったんだろうけどな。僕は油断なんかしない。こんな平和ボケした国で育ったせいで無知で能天気だったアンタと、僕は違うんだ」
 そんなことまで言い出した。ねえ、ちょっとカドック? 平和ボケした国で育った能天気って酷くない? 一応、ここってオレの故郷なんだけど。
 うん……まあ、それだけ慎重になっているんだということは判っていたから、オレはそれ以上は何も言わないでおこうっと。
「安心しろ。アンタのことはちゃんと守る。旅の終点までちゃんと連れてって、無事に送り届けてやるまでな」
固い決意が籠った声を聞き届け、カドックは荷物を持って立ち上がる。オレは、そんなカドックの背中をじっと眺めていた。
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カドックが藤丸を連れて旅に出る話
初公開日: 2020年05月05日
最終更新日: 2020年05月05日
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コメント
今回のオリュンポスを受けて、昔思いついたネタを文字にしたためて薄い本にします。
あらすじとしては、「人理漂白が解決して世界が元通りになった後で、カドックが藤丸を連れて彼が修復した特異点だった場所を巡る」という内容になっております。
一応書いておきますが死ネタですので注意してください。