雨が降っている。
今日も今日とて妖魔退治、ではない。
数日前、ここ最近葬魔隊員が帰らぬ人となっているという報告を受けた。彼らは最後に【如月駅】へ迷い込んでいるらしい。そしてその駅は、どこにも存在しないという。
伊津丸燐は、十中八九妖魔の仕業だろうと、やはり半信半疑だった。そして行き方も条件も分からない異空間の話は頭の隅に追いやり、相棒と共に通常任務にあたっていた。その数分後、【その駅】は確かにあると意図せず理解することになった。
「きつね、いないな……」
霧の中、一人。相棒の姿は無し。辺りは白、ザアザアと雨の音が響く。張り付く髪と服を鬱陶しく思いながら、軽く鉄扇を振るうと、前方の霧が晴れ、建物らしきものが見えた。
「早々に当たりを引くとはね」
腰ほどの段差の上は、どうやら駅のホームらしかった。つまりここは線路か。
傾いた駅名標には、
「如月駅」
随分と使われていないらしい、古びた駅舎には何の気配も無かった。一切気配がなくては困る。相棒の行方も未だ知れないのだから。
「おーい、きつねー!」
声を上げてみた。が、霧に吸い込まれたように反響さえ聞こえない。心配ではあるが、また霧の中に戻って入れ違いになっては元も子もない。
仕方がないので、ここで待ちながら先に探索を始めることにした。
線路の様子から見ても、長くこの駅は使われていないようだが、確か電車に乗っていたら着いたという証言もあった。気色が悪いので、線路からは上がっておこう。
さて、ぐるりとホームを見回しても、朽ちかけているだけで何の問題も無さそうだ。妖魔の気配も感じられない。奥の駅舎を除くと、そこもホーム同様ボロボロな有り様。電気の消えた券売機、受付窓口の割れた窓。そしてひびの入ったベンチに、布に包まれた何かがあった。それはよくよく見ると薄汚れた赤ん坊のおくるみのようで。
「アンタ、妖魔だね? ここで今、祓わせてもらうよ」
非常に嫌な予感しかしない。先まで気付けなかった濃密な妖魔の気配。これを放置してはならない。もしもこれが一連の騒動の原因でも、そうでなくても。
今ここに、相棒がいなくて良かった。
「アぁ、懐かシの、匂イがすル」
こちらに細くのびる黒い霧を残らず鉄扇で払う。霧が晴れた一瞬の隙に鉄扇を叩き込んだ。確かに当たった。が、手応えはない。
妖魔は堪えた様子も無く、両断されたままそこにいた。
汗か、雨の滴か、冷たいものが首筋を伝う。これは非常に、不味い。
「小娘、ワタシはオ前を知っテいル。オ前もワタシを知っテいルだろウ」
「小娘扱いされるなんて久々ね。生憎妖魔の知り合いは一匹も、」
そう、笑い飛ばそうとして、はたと思い至る。捲れた布から覗く、どす黒い何か。赤ん坊を模した、ソレは、
「祖父ハ、元気か?」
もしもこの妖魔に顔があったなら、ニィ、と嫌な笑みを浮かべていただろう。それは十二年前の妖魔に相違無かった。
「お前、お前は、……戻せ。やっと見つけた。ずっと、お前を、戻せ、爺ちゃんを戻せ!」
がむしゃらに鉄扇を振るう。
本当なら、これは私の手にある筈のものじゃなかった。こんなに手に馴染んで良い筈が無いものだ。鉄扇【翁】は、爺ちゃんのものだ。私のものじゃない、そうある筈だったのに。
ベンチ周辺が木っ端微塵になっても、妖魔は変わらずそこにいた。
「ワタシを攻撃シたとコロで、無意味だヨ、人間」
「煩い。あいつが来る前に、アタシがお前を祓わないといけないの」
薙いで、斬って、殴って、払って、それでもそこにいる。どうかまだ見つけないでと祈りながら、鉄扇を握り直す。
「オ前の祖父ノ神通力は、非常に美味。キッと次は良イ妖魔が産マれルだろウ。本当なラ、オ前から頂クつもリだっタが、思わヌ収穫」
ゴト、と鉄扇が落ちた。頭の中が真っ白だ。
「爺ちゃんの神通力で、妖魔を作る気……?アンタが爺ちゃんの神通力を吸って、そんなことのために、十二年も……。何で、アタシじゃ……」
「種の存続ハ、生命の本能デハなイか」
するりと黒い霧が頬に触れる。僅かな倦怠感に、喰われたと悟る。
「とは言エ、ワタシは然程我ガ子が増えヨウと増えマイと、興味ガなイ。……オ前の祖父ヲ殺せバ、ワタシは止まル。そうデなケレばワタシは妖魔の種ヲ散らス。簡単な遊戯ヨ」
簡単な遊戯だと。十二年の希望を砕いて、この仕打ちか。鉄扇を拾い、無駄だと知りながら、化け物の顔面(であるかは分からないが)に叩き込む。
「ワタシは【常】。妖魔ヲ殖やス者。オ前の答エを楽しミにシテいル」
その言葉を最後に妖魔は霧散し、どこにも、見つけられなかった。奴は私を待っていたのだと、自分の吠える声を聞きながら思った。
「燐さん、先についていたんですね」
「あ、きつね」
「暁常ですけど。何かありました?」
どれくらいここにいたのか分からない。久々に聞いたような相棒の声に、ようやっと息が出来た。
「何も無かったよ。ぐるっともう一度調べて、帰る方法を探そう」
決して、もう大事な人を巻き込まないように。
私は葬魔隊員、人を守るのが仕事。
それだけのこと。