今日もゲームの中で冒険をした。花を植えて、虫を捕まえて、人に優しくしたら微笑まれた。大きな音がして少しの静寂の後に、耳を澄ますと玄関先から「戻ったよ」と髭切の声がする。炬燵からはみ出た指先が冷たい。男の声に髭切とセックスする時間だな、と思う。ゲームの電源を落として、私はゆっくりと仮想から這い出た。
私が上記のような回想をするほど、ふしだらでだらしない女になってしまったのには、ちゃんとした理由がある。人間も植物も鮮やかに育ち、一般市民の様方に毒々しいと目を背けられるようになるのには、理由があるのだ。それは別にお母さんが私の入った卵を撫でながら(あるいは胎?そこは噂で聞く通りだと寝心地がいいみたいだけど、私はちっともそこでのお昼寝の記憶がない)とても可愛くて、愚かで誰にも理解されなくて、すごくふしだらな女の子が欲しいとお願いして、星々を無責任に閉じ込めたからじゃない。無論、心優しく体の大きい神様がお母さんの日に日に増えていく癇癪に同情して、まだ芽であった私の中枢に毎日ブリキのじょうろで黄金の雨を注ぎ、成長を願ったからでもない。そもそも私にお母さんはいない。私を産んだ日にお母さんは枯れてしまった、らしい。自分の股から生まれた私の姿を見て、おかしくなってしまったのだ。たしかにあの頃の私は宇宙人みたいだし、小さくて、まるで地上より深海から来たみたいだったから仕方ないのかもしれないけれど、私の臍の緒の先の人は母になるには不充分だった。
お母さんに拒絶されたちょっと小さく産まれた気の速い私は、宇宙みたいなカプセルに入れられて、手袋をした看護師さんたちに撫でられて、多分こんな味だろうとと大人が真似して作った母乳ですくすくと成長した。そのうちにお母さんは病院を抜け出して、車に轢かれて死んでしまったらしい。母乳の本当の味を知らないまま、他人がすり潰した人参を口の周りをべたべたにして食べていた私を迎えにきたのは、政府の大人で、私は簡単に審神者になった。私を育てることを義務付けられた清光の作ったシチューは美味しかった。「お母さんの味がする」と嘘をついた私に清光はいつも優しく微笑んでくれた。そのまま順調によくある審神者になった私は、一度も別れを経験しないまま二十二歳になった。2と2の蝋燭が並ぶケーキを見ながら、私はお母さん(仮)との別離を久しぶりに思い出した。そして二十二歳で恋愛したと噂のお母さんを倣って、男の人と恋愛することにした。所狭しと刺さり、蝋で生クリームを汚すほのおを吹き消しながら、恋愛ごとを真似することを選んだ。この日までの私はすごく純粋で、少女漫画のキスシーンを鶯丸の背中に隠れて読むような女の子だった。前述のふしだらな女になるのは、本当にすぐだったけど。
相手はすぐに見つかった。いつもSNSで見知らぬ家族の投稿にいいね!を熱心に贈る友達に頼んだら、簡単に見繕ってくれた。彼女は画面の向こうの幸せそうな家族の姿を見て、「こんなふうになりたい」とこぼすのが趣味だった。私はこの人たちもこの世界に実在するのだとフィクションを眺めるように目を細める。画面の向こうの人の撮った写真の中で笑う子供たち、私とは一つくらい細胞の数が違いそう。私の方が少なくて、彼女たちのほうがシェルピンクの細胞を持て余してそうだと、私は水族館の味の群れを見るように眺めていた。
友達が紹介してくれたのは、普通や人だった。本当に普通の、高校からは女子校だったから、本当に数年ぶりに鋼以外の男の人と話したような気もした。連れて行ってもらったレストランで二人で人類のマナーに則ってクリームパスタを半分こした。頑張って取り分けたクリームパスタの量は半分こに程遠いあべこべで、私の方が内緒で具材が多かった。(本丸で何かを分けるとき、必ずこうして労力を費やした人に利益が来るように配慮するから全然罪悪感はなかった)
男性は私との会話が止まると、時折指をくるくると動かした。何かを動かような仕草がるしぎでずっと見つめていると、照れたように笑った。私より五歳くらい上の男の人は妙に子供っぽくて、血の匂いがしなかった。視線に気づくと、少し下を向く。もう一年くらい恋人がいないらしい、と友人は彼の横顔を少し馬鹿にしていた。二十二年友達と刀剣しかいない私は、彼の横顔に少しの憧れを抱いた。
「ルービックキューブが得意なんだ。君は、何か好きなことある?」
私はとりあえず自分が審神者であること、それに従った業務しか思いつかないことを少しだけ大袈裟に話した。グラスから垂れた水滴が二人の間に引かれたクロスを汚す。
「今まで彼氏とかいたことないんです」
「え」
そこからは地獄だった。一言で地獄が始まるというのなら、爆弾に似た失言だったと思う。男の人の目が見開かれる。私はよく光忠と行くスーパーに並ぶ鮮魚を思い出した。鮮魚とは名ばかりに死んでしまった魚の浮き出た目、血管、見開かれた同項、最後に何かに執着するように光られたまま死んだもの。そういう目をしている、目の前の生きた人間が。
男の人との食事会はその後は彼が捲し立てるように今後の逢瀬の予定を立てて、終わった。私はそのどれにも「わからない」「予定が空いたら言う」とそう答えた。男の人は全部にこれでもかと言うほど、激しく首を振った。そして私は彼に連絡手段を教えて、迎えに来てくれた長谷部と共に本丸に帰った。それが一ヶ月ほど前の話で、毎日のように私の携帯には彼からのメールと着信が積もるようになった。私は誰にもうまく答えれなかったが、そのうちに毎日決まった時間にかかってくる電話の応対だけを苦痛と感じるようになった。人と話していて嫌なことも自分を偽ることもうまくできない私は、震えてその時間を待った。膝小僧にあるおさないころに木登りをしてできた傷を撫でながら、とうに完治している瘡蓋から今、なにか病気が見つかってくれたらいいのにとすら思った。男の人の電話の相手は、私であって私ではなかった。もう彼の中で、私は自分のものだったのだ。今度はここに行こう、大丈夫だよ、そう紡がれる言葉に、私はこの人が自分を下に見ていることを感じた。この年齢まで恋愛をしてこなかった女を、俺がどうにかしてやるという様なのだ。私はふいにもう死にたいと思った。まともに恋愛もできない私になにか価値があるのか?と問われて、この人の手を素直に握ることもできないお前にただしいことが一つでもあるのかと怒鳴られている気分だった。昔から少女漫画がすきだった。やさしいから、無理矢理でないから、私に都合がいいから。