故郷で
実家から一時間ほど車を走らせた場所に、日本海に面した砂利浜の海岸がある。海から翡翠が打ち上がる珍しい浜で、夏は観光客で賑わうけれど、冬になると大波が堤防まで押し寄せる時もあって、地元の人間は寄り付かない。
五歳までを過ごした家がこの浜の近くの寂れた町にある。市内にある今の家に移ってからは一度も浜に降りたことがない。国道に面しているから時々車で通り過ぎることもあるが、なるべく早く景色が後ろへと過ぎ去るのを、辛抱強く待つだけだ。
今日は家族揃ってドライブに出かけて、国道沿いの回転寿司店に寄ったり、隣の県の道の駅で野菜を買ったりして過ごす。高校の頃の休日と変わらない。家族がいない平日の昼間は一人家にいて縁側に座って山を眺めたり、通りを挟んだすぐ向かいにあるアオイの家に行って、店の簡単な仕事を手伝ったり、そうでない時は日がな一日二人でテレビを観ながらお茶を飲んでいたりする。
キー局の番組では東京の話題が多く、観光名所や話題の食べ物が出るたびにアオイに「ここに行った?」「これ食べた?」と聞かれてばかりいる。もちろんそんなことはしていないので、笑いながら弱々しく首を振るだけだ。「だよねえ」とアオイも笑いながら、おせんべいを食べている。この家で飼っている灰色のシーズーがアオイの足元にまとわりついていて、いかにも暑そうだ。地元に残ることを決めたアオイが、もしも東京の、私の住むあの街にいてくれたらと思う。私は一人で食事をすることもないだろうし、意味もなくアパートの周りを歩き回ることもしないだろう。アオイや家族なしで生活をしている自分が急に自分ではないような気がしてくる。
実家の家の杉の匂いが懐かしい。こんな美しい家だったのかと思う。板倉造りで、屋根は光沢のない濃い灰色の瓦。玄関に面した前庭には白い玉砂利が敷かれていて、松の木と紫陽花が植えられている。どの部屋にいても日の光の気配を感じるし、つい自分の東京のアパートの暗さのことを思い出す。茹でた甘いとうもろこしやマヨネーズを添えただけの冷やしトマトが夕食のテーブルに上がって、寝る前にお母さんが私の髪を丁寧にとかしてくれたりするのも変わらない。
そうやって過ごすうちにあっという間にひと月が経つ。空港に行く朝、これで新しい靴を買いなさいと、お父さんがお小遣いを私に握らせる。いつもきちんとした靴を履きなさいと教えられてきた。東京に戻ったらすぐに、いつも買っているブランドで姉さんたちが目星をつけてくれたものを百貨店で探すことにする。お土産をどっさり持たされるので、足の早いものを除いてまとめて送ってしまう。地元の製菓店が作っている好きなラムネの銘柄があって、まとめ買いしたものがダンボールに詰め込まれている。色とりどりの甘い記憶とともに、ひとり東京へと戻る。