クリスタリウムの子供たちは、一年に一度だけ星見の間に入れてもらうことができる。
夜が失われて久しいこの世界の子供たちは星というものを知らない。子供たちにとって空というものは常に無情に全てを暴こうとするかのような光が降り注いでくるところだ。絵本の中に描かれるすべてを包み込んで眠りに誘う夜というものは夢物語。かくいう俺も星というものは本の中でしか見たことがない。無尽光降り注ぐこの頭上を覆い隠す真っ黒な天幕を彩る星たち。眠る人々をそっと見守り、あるいは暗闇を歩く人々の道標となるもの。民がそんな星のことを忘れないように、光の氾濫以前にあった一年に一度だけ会うことのできる恋人たちを
俺は絵本で読んだ、そんな星たちを見ることができる、この一年に一回星見の間に入ることができる日が大好きだった。
天井に揺蕩う星たちにきゃあきゃあと声を上げる子供たちから少しだけ離れ、壁に背を預けて天井を見上げる。今年も星見の間の天井を飾る星たちは美しい。
ぼつ
ーー一度だけ、子供の頃に星見の間に入ったことがある。よく一緒に遊ぶ子供達のうちの一人が(遊ぶと言っても俺は気が弱かったのでどちらかというとそういう子たちの後ろをついて回るいう方が正しいか)、星見の間の天井には星が浮かんでいると言い出したのだ。たしかその子の父親がクリスタリウムの衛兵団の小隊長で、星見の間によく入ることがあるらしく、その中の様子を話してくれたということらしい。
ノルヴラントの子供たちは星を知らない。生まれた時にはすでに世界は光で覆われてしまっていた。空というものはすべてを暴く非情な光の降り注ぐ場所だ。それは朝だろうが昼だろうが夜だろうが変わらない。そんな空を覆い尽くす真っ黒な天幕と、その天幕を彩る星だなんて絵本の中でしか見たことがない。かくいう俺もその一人だ。
そんな俺たちが星見の間の天井に星がある、だなんて聞いたらどう思うか。もうお分かりだろう。見たくなるのである。そうして全員で門番の前で大騒ぎをした。親まで慌てて飛んでくるような騒ぎなのだからクリスタルタワーの中にまで聞こえていたのだろう。ひょこりと水晶公が門から顔を出す。俺は顔を真っ青にして俺たちの頭を下げさせる親を振り切って、いったいどうしたんだと首を傾げて衛兵に問いかけている水晶公のローブの裾を引っ掴んだ。
我ながら素早い動きだった。自分で言うのもアレだが、俺は昔から体を動かすのが得意ではない(だからいつもガキ大将みたいな子の後ろをとてとてとついていくことしかできないのだ)。どちらかといえばというかどう考えてもインドアなタイプで、家にいる時は食事の時間以外はほとんど本を読んでいる。そんな俺の外からの評価は当たり前だが「大人しい子」だ。
そんな「大人しい子」を言葉通り作ったのならこうなるだろうみたいな俺の突然の行動に周りはひどく驚いたという。今でも父や母からあのときは本当にびっくりした、と話される。ちなみにこの行動が元で俺はガキ大将から認められて子供たちのグループの中で再会だったのが若干カーストが上がった。
そんなことはどうでもいい。とりあえず必死の思いで水晶公のローブをつかんだ俺は「おねがいがあります」と叫んだ。
数拍おいて我に返ったらしい父が「申し訳ありません!」と水晶公から俺を引き剥がそうと腕を伸ばす。しかし水晶公は父の行動をゆるく首を横に振ることで制すると、俺と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。深い影が落ちるフードの下から覗く水晶公のくちびるは、やさしい笑みの形を作っている。
「お願いとは、なんだろうか」
俺はそっと、水晶公のローブを掴む手を離した。
「ほしみのまに、はいりたいです」
「ふむ」
水晶公が頷く。
「一体どうして?」
「……ほしみのまのてんじょうに、ほしがあるって……」
ああ、と後ろから声がした。おそらく天井に星があると話した子供の親だろう。
「おれたち、ほしが、みたくて……」
言ってから俺はぶるりと体を震わせた。水晶公はこのクリスタリウムで一番偉い人だ。この街ができたときからずっと、この街を治めている。幼心ながらにとんでもない人にとんでもないことをしてしまったおいうことがわかってきて、今更俺は恐怖を感じたのだった。ローブをつかんでいた手を握り締める。手のひらの汗がすごくて、内側に折込んだ指がぬるりと滑った。その手を、そっと水晶公が握った。
「いいよ」
握り締めた手を水晶公の指が一本一本解いていく。水晶公の淡い色をした右手はひんやりと冷たかったが、てのひらに食い込む俺の指を解く手つきはひどく優しかった。現れた汗だらけの掌を、そのやさしいてでそっと握られる。
「見せてあげよう」
さあおいで。水晶公が俺の手を引く。
「公!」
焦った声を上げる衛兵に水晶公が大丈夫だと返した。
「他の子たちも。見たい子には見せてあげよう」
わあ、と歓声が上がる。そのまま俺の手を引く水晶公についていってタワーの中へ。初めて入るクリスタルタワーは、どこもかしこも綺麗な水晶でできていた。
「さあ、ここが星見の間だ」
見てごらん。その言葉に俺は天井を見上げた。
そこには、星空があった。絵本で見たものと同じ。いや、それ以上だ。静かに煌く星、眩しいほどに輝く星。瞬くほしたちは同じ輝きのものが一つもない。それぞれが光を放っている。光という言葉は空から降り注いでくるあの無尽光とも一緒なのに、その輝きには種類があるのだと俺は知った。
嬉しそうに声を上げて子供たちが星見の間を走り回る音すら遠くに聞こえる。天井が高いから子供の甲高い声はきっととても響くだろうにまったく気にならなかった。ただただ、頭上に広がる星たちの美しさに俺は感動していた。それでも一際目を引いたのは、ちょうど真上に眩しいくらいの輝きを放って浮かんでいる星だった。食い入るようにその星を見つめる俺の隣に、そっと水晶公がしゃがみ込む。俺は水晶公の、まだ繋いだままだった手を強く握った。
「あのほしのなまえは!」
「名前?」
ことりと水晶公が首を傾げる。
「ほしにはなまえがあるって、ほんでよみました!」
そう、大人しい子供の俺が親を驚愕させるような行動をとった理由はそれだった。俺は星が好きなのである。絵本の中でしか見たことがない星というものにひどく憧れていた。どうしても見てみたくて、それがこの星見の間にあると聞いて、ついこんな行動をとってしまうくらいには。
「あの星の、名前……」
「はい! しりたいです!」
そう言うと、水晶公はそっと俺の耳に唇を寄せた。優しく囁かれたその名前を口の中で転がす。水晶公を見ると、彼は唇に人差し指を当てて微笑んだ。他の人には内緒ということか。俺は頷く。
水晶公が天井を見上げる。視線の先はあの星。深い色の天井の中、一番瞬く秘密の名前の星。それを見つめる彼の瞳は深い影が落ちているせいで見ることはできない。
俺は水晶公にならってその星を見上げた。
「いつか、ほんもののあのほしが、みてみたいです」
水晶公の手を握る手に力を込めると、彼も優しく握り返してくれた。
「ああ。私もだ」
◯◯◯
「水晶公にご用事ですか?」
階段を登って向かってくる人影に声をかける。着ている服には見かけない意匠が施されている。見たところ冒険者のようだった。しかし見たことがない顔だ。門番の俺の問いかけにその冒険者は頷いた。
「あーうん。星見の間まで行きたいんだけど……」
「失礼ですが、お名前は。見知らぬ方は通せません」
「あっ、そうだよね。俺の名前はーー」
続いた名前には、と息を呑んだ。その名前を、聞いたことがある。他でもない、水晶公の口から。あの日、星見の間で。ーーそう、彼の名前は幼いあの日、星見の間でこっそり水晶公が耳打ちしてくれた一番輝く星と同じ名前だった。
その瞬間、すべてを悟った。彼が水晶公が長年来訪を待ちわびていた「客人」なのだ。おそらく先日到着したという「水晶公と同郷の人」というのが彼なのだろう。水晶公と同郷の人物というのはここ数年ぽちぽつと現れてはいたが、間違いない。彼こそが水晶公が待ち続けていた人なのだ。
「失礼いたしました。それでは星見の間まで、私がご案内致します」
礼をして星見の間まで彼を送り届ける。ぱたりと星見の間の扉が閉まるのを見届けてから、俺は「よかった」と呟いた。水晶公は、天井に瞬あの星の、本物を見ることができたのだ。
終了!
ありがとうございました〜!
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星の名前の話/眠たくなるまで!
初公開日: 2020年04月29日
最終更新日: 2020年04月29日
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眠たくなるまでつらつら/星見の間の天井の星に光の名前をつけてる公の話
「煌化南」
【できました】中華ドラマCQLの二次作文 曦澄
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ヒャッハー! NOVEL DAYSを中心に執筆活動してるぜぇー!! 僕のNOVEL DAYSページは…
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