1 ワンダーワンダーな夜が明けてワンダー
 かくして飴村乱数の住居兼事務所は一晩にして燃えたのだった。
 彼が事務所として使っていたマンションはシブヤ駅前一等地にあるビルの七階で、結果から言えば損害は気の遠くなる金額だった。消火液でべとべとになった室内はほとんどのものが焦げきっていて、ひとつとして使えそうなものはない。
 翌朝、消防と警察から呼び出され事務所の扉をくぐったとき、昨日までとは大きく様子の変わった部屋を見て乱数はため息をついた。……これって保険降りるっけ。いくら掛けてたっけ。あーあ、固定費見直しのときに削ったばっかりじゃんね。ってか保険って放火された時も使えるんだっけ。そもそも、その保険って中王区ーーオレの推測でしかないがーーの報復や家捜しや嫌がらせにも降りるのか。
 救いといえば仕事のデータはクラウド管理していたことと、納期直後でデザインはみな完成しており、先方に送り返していたこと。それでもやるせなさは変わらない。乱数は厚底の靴で燃え朽ちたテーブルを蹴る。炭になっていたそれはもろく崩れ落ち、乱数は現場検証をしていた警官にこってりしぼられた。
 一室が火に包まれているとき、飴村乱数は《三体のニセ乱数》騒動からこのかた死に損なったままの身体に鞭を打ち、ラブホにイン。知人の知人くらいの距離感のオネーサンと長い長い夜の孤独を癒すべくセックスをしていた。
 白色のシーツの海のうえ、脂肪の多い身体は触ればひんやりしてる。人というよりはなにかウレタン素材の塊を抱きしめているようだと乱数は思う。そんなことを思うのは、腕からあふれるように身を投げ出してるこの人が、知人の知人くらいの距離感のオネーサンだからかもしれない。あるいはそもそも人なんてそんなもんで、愛していようとなかろうと、触ればウレタンの塊とか泥の詰まった人形とか、そういうもの以上の存在だとは思えないのかもしれない。乱数にはよくわからない。あまり考えたくもなくて、街を歩いていたら美人の部類、という女の顔から目を逸らすべく目蓋をかたく閉じた。目蓋の裏には間接照明のオレンジ色の光が焼き付いて、補色に反転してチカチカと脳の裏で絶えず点滅しているから痺れる。
 深夜〇時を回って少し、乱数が額にうっすら汗を浮かべながら二度目の射精をしているまさにそのとき、事務所に火は放たれた。同時刻、有栖川帝統は賭場で所持金すべてを賭した花札最後の一戦に挑んでいたし、夢野幻太郎は明朝の締め切りとデッドヒートを繰り広げすさまじい速度でキーボードを叩いていたし、カムチャッカに住む若者はきりんの夢を見ていた。もちろんシブヤフリングポッセの三人にカムチャッカ在住の知り合いはいないけれど。
 乱数は息を整え、汗ばんだ女の身体を抱きすくめて目を閉じた。こうすると大体の女は喜んだ。円満なコミュニケーションには重要な要素だった。これも場数を重ねた学習の賜物であろう。というか女に限定された話ではなく、どことなく人肌恋しい人間なんて、裸で抱き合えば喜びを感じる仕組みになっているのだろう。セロトニンとかドーパミンとか
脂肪の多い身体は触ればかすかにひんやりしてる。人というよりはなにかウレタン素材の塊を抱いているようだと乱数は思う。そんなことを思うのは、もしかしたら腕からあふれるように横たわるこの人が、知人の知人くらいの距離感のオネーサンだからかもしれない。あるいはそもそも人なんてそんなもんで、愛していようとウレタンの塊とか泥の詰まった人形とか、
 愛があろうとなかろうと、俺が中王区にとって欠陥品だろうと忌々しい寂雷の宿敵だろうと、クローン人間だろうとたぶん三人目だろうと、それなりに女とやれば妊娠させることができるというのも皮肉っぽ~い! と気怠い眠気の
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ワンダーワンダーな夜が明けてワンダー
初公開日: 2020年04月27日
最終更新日: 2020年04月27日
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