ぐわん、と意識が波打った。明滅する視界、揺れる世界に思わずたたらを踏む。こんな真昼間に真正面からぶん殴ってくる奴がいるかよ。予想外の鈍痛と展開に(思わず類語)額に手をやると指先がじっとりと濡れていた。色々な意味で頭が痛い。
 中層の大通りから一本入った路地裏。歩きなれた道、建物と建物の間から射し込む日の光が慢心と油断を招いたのだろう。俺だって何者かに狙われている意識が無かった訳じゃあない。ただ、襲ってくるならばガーディアンの目も届きにくい下層か、真夜中だと踏んでいた。それ故のちょっとした気の緩みだったのだから仕方がない。
――こんなことなら、あのお人よしを置いてくるんじゃ無かったな。
 強かに殴打された前頭部に滲む血を袖口で拭いながら歯噛みした。俺が余計なことを言ったばっかりに。ちょっと煙草買ってくるから待ってろ、そんな俺の言いつけを律儀に守って忠犬よろしく別れた場所で待ち続けているに違いない。気の違った女のような悲鳴でもあげてやれば慌てて駆けつけるのだろうが、きっとアイツが来るよりも犯人が逃げる方が早い。人様の顔に傷をつけておきながら簡単に逃げられてたまるものか。多少被害を被ろうが、絶対に取っちめて後悔させてやらなければ気がすまない。その為にはどう動くのが最善なのか。粗末な鉄パイプを握りなおすクソガキ横目に空を仰いだ。
*
「ストーカーに嫌がらせされてるって?」
 角砂糖をシュガートングで摘まみ、マグいっぱいの珈琲に落とし混ぜる。角砂糖を摘まみ上げて落とす、角砂糖を摘まむ、溶かす、摘まむ――を延々と繰り返していた手が止まった。人の家の砂糖であろうと躊躇いもなくふんだんに使う砂糖馬鹿がオウム返しに問い返す。前面にUNKOとロゴの入ったクソダサいマグカップも相まって、万年寝不足そうなアホ面が何時にも増してアホ面だ。いまいち話を理解しきっていない態度に舌を打ちながらも俺はもう一度懇切丁寧に説明を繰り返してやる。
「だから、最近ストーカーに嫌がらせされてんだよ。夜道を付け回されたり、強烈な手紙送ってきたり、”仕事”の邪魔してきたりよ。ここまではいいか? わかるか?」
「いや、そこまではわかるんだけど……」 
 一つ、二つ、三つ。困惑を顔に張り付けた砂糖中毒者は眉尻を下げつつ更に砂糖を足していた。
一体どうして? とでも言いたいのだろうが、知りたいのは俺の方だ。誰が何の為に。それが解ってさえいれば苦労しない。お前に相談なんてしたりしない。
「クスリを売った相手も恨みを買った相手も、いちいち覚えてる訳ねぇだろ」
  昨日焼いたブルーベリーマフィンに齧りつきながら中指を立てる。甘味と酸味のバランスが絶妙で我ながら惚れ惚れするような出来だ。目の前の砂糖馬鹿には全くもってこの良さが解らないだろうが。甘味以外感じないのでは? と思わせる程の甘味奴隷。前にほぼシロップ原液状態のレモネードを飲ませた時には流石に噴き出しかけていた。恐らくだが酸味は感じるのだろう。
「こら、中指立てないの」
「うっせ。俺はお小言言われる為にお前を呼んだんじゃねぇんだよ」
 今度は他の味でも試してやろう。そんなことを考えているとやんわりと窘められた。毎度毎度人の言動に口出ししてきて鬱陶しい。仲良しお友達ごっこも心配してくる偽善者面も腹立たしいことこの上ないのだが、今回ばかりは目を瞑ってやる。コイツにはきっちり働いてもらわなければいけないのだ。
「ガーディアンには相談したの?」
 マフィンの表面にたっぷりとゲロ甘クリームを擦り付けながら砂糖馬鹿は問う。限界まで砂糖を投入したクリームは味見の一舐めで胸焼けしそうだった。折角上手に焼けたのにあんなもん塗ったら暴力的な甘さしか残らないだろ、とは思うものの今日は何も言わないでおいた。
「俺がガーディアンに嫌われてるの知ってんだろ。刺されでもしない限り動いてくれねぇよ」
 上層貴族に飼われた売人鼠なんてガーディアンからしたら厄介な存在でしかないだろう。一応、ストーカー被害に遭っていると相談だけはしてみたが「日頃の行いが悪いのではないでしょうか」と素っ気なく突っ撥ねられた。その場で暴れなかった俺は偉いと思う。
「うーん。流石にそんなことはないと思うけど。……それで、ロダくんは俺にどうして欲しいのかな?」
 砂糖馬鹿は甘味の爆弾をぺろりと平らげてから珈琲色の砂糖湯を啜る。含まれている砂糖の量を知っているせいか見ているだけで満腹どころか吐き気まで催しそうだった。
 目を細め此方を真っすぐに見つめる男の見目は決して悪くない。コイツが今、真剣な顔のまま珈琲に追い砂糖をしていなければ、もっとマシなんだけどな。
「まあ平たく言えば護衛だな。夜中に帰る時は家までエスコートしてくれ」
「別にそれは構わないけれど、組織的な犯行だったりはしないのかな? 俺一人で大丈夫?」
「ヤバい奴とかプロが相手なら俺はもう死んでるだろ。ホンモノがわざわざ『殺してやる』って手紙送ってくるかよ」
 数日前に切った指先がちくりと痛んだ。ご丁寧に封筒の内側に剃刀を張り付けて手紙を送ってくるような奴がマフィアや裏世界の住人だとは思えない。それに第一彼らとの関係は良好だ。マフィアの抗争に巻き込まれたのならスラインやジン辺りから情報が回ってくるだろう。知恵の樹関連ならばアケディアが大量の菓子を食べながらぽろりと零すか――プライドに消されるかだ。残る可能性は俺に恨みを持った一般市民、それもどちらかというと小心者な類の奴だろう。恨みを晴らしたいのなら直接刺すなり家に火でも放てばいい。そうしないのは、人を殺める度胸が無いからだ。
「大した被害もねぇし、放っておいてもいいんだけどよ。保険だよ保険」
 ジンに正式な依頼を出せば簡単に正体は掴めるだろうが情報屋ってのは面倒臭いから好きじゃない。マフィアや裏の奴らを頼ると事が大きくなりすぎる。小心者の癖に嫌がらせをしてくる馬鹿を脅かすには砂糖馬鹿くらいが丁度いい。
「何かあってからだと遅いし、ね。俺としては断る理由もない」
「んじゃ、そういうことで。あ、報酬は俺の菓子な。今食った奴も含むから」
 契約から数日間、何事もなく時間は過ぎていた。相も変わらず熱烈な剃刀入りのラブレターは届いたものの、一度引っかかった手に二度も引っかかってやる義理はない。今思うと夜に護衛をつけていたのが、昼間に襲撃される引き金になったのかもしれないな、と今更ながら顧みた。
 ストーカーの犯人は思ったよりも若かった。ローダー付き合いのあるクソ小生意気なクソガキと同程度、もしかするともっと若いかもしれない。お前のせいだ、お前のせいだと何度も繰り返すその姿に覚えは無かった。
「お前のせいだ、お前のせいで兄ちゃんは死んだんだ!! お前が兄ちゃんを殺したんだ!!」
 お前の兄貴のことなんざ知らねぇよ。そう答える余裕はなく、頭をカチ割られない様に攻撃を流すので精一杯だった。武術の心得のない力任せで滅茶苦茶な攻撃。覚束ない足元と読めない動きが相まって戦況は最悪だ。このクソガキに逃げられるのは癪だが助けを呼ばないと駄目かもしれないな。吸った息は叫びにはなれずに掻き消える。予備動作も突拍子もないでたらめな体当たりで体が大きく傾いた。よろめいた先にはブリキのペール。後ろに倒れこむ勢いのまま数個のペールが倒れ、蓋が飛び甲高い音が響き渡る。尻の痛みに悶える暇もなく、頬を張られた。素人のへなちょこパンチは然程痛くはないが、馬乗りになられた状態から巻き返す手段もない。半狂乱になりながら何度目かの拳を振り上げるクソガキの背後に、趣味の悪い白コートが見えた気がした。
「……遅ぇよ」
「待ってろ、って言ったのはロダくんじゃなかったかな」
(後日談に続く)
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粉組(うちよそ)
初公開日: 2020年04月24日
最終更新日: 2020年04月26日
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コメント
監視されたいマン
えふごとシノアリクロスオーバー「人魚姫と作者」
タイトル通りのクロスオーバー。この二人で書いてみたかったので……話の展開とか何も考えていないのでとん…
リュックでか子
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きょむい〜ぬ