赤に染まった花畑の中で、瑛一は目を覚ました。
「あの、お兄さん、大丈夫?」
「音也?」
 赤いケープを身に付け、どこか幼さを感じさせるが、彼は一十木音也だ。
「オト…? えっと、ボクはブラッドだよ」
「ブラッド?」
「こんなところで、何をしているの?」
「………さあな?」
 瑛一が首を傾げるのに合わせて、ブラッドも首を傾げた。
「すまない、ここがどこかもわからなくてな」
「そっか。じゃあ、ぼくの家で休んでいかない?」
「あ、ああ、そうしよう」
 ブラッドは瑛一の手を引き、森の中の小さな家に入る。
「寿嶺二…!?」
「やあ、ブラッド、お客さんかな?」
 弱々しい物腰は、瑛一の知っている寿嶺二ではなかった。
「グレアム兄さん、この人森で倒れてて」
「そ、そうかい。それは、大変だったね」
(これは随分と)
 グレアムの警戒を肌で感じ取る。
 とにかく面倒事はごめん被りたいのだろうと、瑛一はブラッドを見た。
「兄さん、今晩だけ泊めてあげたいんだ」
「も、もちろんだともブラッド。でも残念だが、三人分の食事は」
「気にしなくて良い、宿があれば十分だ」
「すまないね」
 ブラッドに「こっち」と案内され、客間に通された。
 客間、と言うよりは、昔誰かが使っていたような様相で、つい訊ねてしまう。
「誰かが使っていたのか?」
「え、うん。父さんがね」
「そうか、お父上が…ブラッドはどこかへ行くのか?」
「少し町にね。エイイチも行く?」
「そうだな」
 場所の手掛かりを得るためにも必要だろうと、瑛一はブラッドの提案に乗る。
 二人で町に出掛けるとなると、グレアムはホッとしたような声音で声をかけた。
 そして、瑛一はブラッドと共に町へ繰り出す。
「おおブラッド、頼んでいたものを持ってきてくれたのかい?」
「うん、村長さん! お花沢山摘んできたよ!」
 どうやら、と瑛一は眼鏡のズレを直す。
 ここにいる人々は、概ね知り合いと同じ顔をしているようだ。
 ならば、この場は正に彼らの演じていた物語に沿っている。
「エイイチ、村長さんに聞きたいことなかったの?」
「ああ」
 歩いていると、色んな人に声をかけられ、愛嬌を振りまくブラッド。
 その途中、村の大人の一人に話しかけられる。
「………ブラッドは明るいな」
「えっ、急にどうしたの?」
 それはそうだと、大人が太鼓判を押す。
 明るく、朗らかで、清らかな心を持つブラッド。
 その評判は町中に広まっているようだ。
「まるで花のようだとも!」
「そうか、花のようか」
「もう、そんなんじゃないよ」
 ブラッドは瑛一の手を取り、足早に町の中を歩く。
「おやブラッド。お使いかな?」
 また一人、ブラッドを引き留める男がいた。
 神宮寺レンが扮していたヴィクターだ。
 狩人として、町のみんなから慕われている。
 その実、空虚な男で、何も持たないくとも愛されるブラッドに歪んだものを向けていた。
「見世物小屋?」
「ああ。隣町だが、今度、一緒に観に行かないか」
 恐らく、一番ブラッドに近付けてはいけない男だ。
「ありがとう。でも、ごめんなさい。あまり遠くに行くと、グレアム兄さんが心配するから」
「優しいなブラッドは。グレアムの心配は、お前可愛さではないかもしれないぞ?」
「そんなこと無い、何でヴィクターは兄さんのこと悪く言うの?」
 ムッと怒りを示したブラッドを、どうやら質の悪い冗談でからからっているようだ。
 ここは助け船を出すべきかと会話に割って入ろうとすると、ブラッドは踵を返す。
「ごめんごめん、ブラッド。おや、そちらは」
「意地悪なヴィクターには教えてあげない。行こうっ」
 あまりヴィクターと話していたくないのだろう。
 俺の手を引いて、また森の方へと走り出したブラッドは、明るくもどこか悲しげに見える。
「ブラッド」
「ごめんね、でもヴィクターも悪い人じゃないんだ」
「ヴィクターに何を言われようと、お前はお前だ。気にすることは無い」
「ありがとう。花瓶用に、帰りにまた花畑に寄って良い?」
「もちろんだとも」
 ブラッドの評判は劇中通り。
 そして、主要人物で現れていないのは、ワーウルフのランドルフ、それから。
「ブラッドから離れるんだ」
 花を摘むブラッドを眺めていると、瑛一の後ろから黒いケープを被った少年が立っていた。
「黒ずきん、だったか」
「キミは、このメビウスの輪の中にいてはいけない」
「そうだろうな。だが、帰り方がわからないことには」
 話している間に、黒ずきんは消えてしまった。
 このままでは、物語に支障が出るということなのだろう。
 言われなくとも、寝たら帰れるくらいの夢であってほしいものだとすら思っている。
 ブラッドの花摘みも終わり、家に戻ると、何とか捻出したであろう三人分の食事が用意されていた。
 先程、入れ違いでヴィクターが来たと言うので、余計なことを言ったのだろう。
「すまない」
「食べてよエイイチ! ぼく、もっとエイイチと話したいんだ!」
「ブラッドもこう言っていることだからね」
 シチューを食べている間、いろんなことを話した。
 音楽のこと、歌のこと、それを生業としていることを話せば、ブラッドの目は輝き、グレアムの顔が沈んだ。
 明るい場所に影が差すように、わかりやすい兄弟だった。
 その夜、ブラッドは客間へとやってきて、まだ話がしたいと瑛一に言う。
「ねえ、本当に明日行ってしまうの?」
「ああ。あまり厄介になるのもな」
「じゃあ、もっと話そう! ぼく、外から来た人ってあんまり知らなくて」
 瑛一はブラッドの頭を撫で、純朴な瞳を眺めるように目を合わせる。
「ブラッド、お前は何故グレアムを見捨てずに、ここにいるんだ?」
「兄さんを見捨てることなんて、出来るわけないよ。エイイチには兄弟いないの?」
「そうだな、弟が一人。才能のある子だ」
「困ったからって見捨てようって思う?」
「思わないな。すまない、愚問だったな」
「ううん。みんなそう言うから」
 不満げに、瑛一の肩に頭を乗せる。
「ブラッド、お前は優しい。優しいが、心に何かを溜めていないかと心配になる」
「ありがとう、でも大丈夫。エイイチがずっといてくれたら、もっと大丈夫なのに」
 つまり、大丈夫ではない出来事に直面し、心のバランスを取ってくれる誰かをブラッドは探しているのだろう。
 しかし、それは自分ではないと、瑛一は理解していた。
 現状、自分がいることで出て来られない最後の主要人物。
 ワーウルフの彼なら、ブラッドを救うだろう。
「見世物小屋は良かったのか?」
「ああいうの、好きじゃない。見世物にされちゃうのって、凄く悲しいことだと思うの」
「優しいな、お前は」
「森に出るっていう狼だって、理由があって行動してるはずだよ」
 狼のことを意識しているということは、物語が動き出す兆候なのだろう。
 ブラッドは、瑛一に抱きつき、その燃えるような赤い髪で表情を隠した。
「ねえ、帰らないで。ここにいて!」
「いや、俺は帰るべきだ」
「お願い! エイイチなら、僕のことわかってくれる! そんな気がするんだ!」
 音也にそっくりなブラッドの頼みを断ることが出来るのか、瑛一は葛藤した。
 しかし、やはりそれは自分ではない。
 この子に孤独への脱却を教えるのは、まだ見も知らないワーウルフのみ。
 ほらまた、物語を崩させまいと、部屋の隅に黒ずきんが立っている。
「お前の笑顔は、そんな苦しみから成り立っているんだな」
「だって、笑っていないと、苦しいでしょう?」
「安心しろ、お前を救う者が、必ず現れる」
「本当に?」
「本当だとも!」
 赤い髪を何度も撫で、ブラッドを落ち着かせる。
 自分である必要などないのだ。
 彼らは、物語の中で、また決して外れることのない輪の中で閉じてしまうのだから。
 ブラッドの寝息が聞こえ、瑛一も微睡みを覚える。
「今ブラッドに気付かれては困る」
「ならば、俺をここから出してくれ」
 黒ずきんはキツく口を結び、また姿を眩ませた。
 朝になり、自分がまだ客間にいることに気付いた瑛一は、隣で眠るブラッドを愛おしげに眺める。
 ああ、なんて愛らしいのだろうかと。
 この寝顔をずっと眺めていても楽しいくらしいだ。
 朝食後、グレアムの提案で占い師のアルヴィンの元へ行くこととなった。
 案内人はブラッドで、とても張り切っている。
「何から何まですまないな」
「良いよ、ちょうどアルヴィンのところに行く日だったし、それに」
 前を歩いていたブラッドが、瑛一に振り向き、明るい笑顔を向けた。
「まだ一緒にいられるのは嬉しい!」
「そうか、ブラッドにそう言ってもらえるのは助かるな」
 瑛一としても、ブラッドと過ごすことは苦では無かった。
 可愛らしいブラッドは、やはりどこか抱えきれないものを持っている。
 それがわかっただけでも収穫、それ以上がわからなくとも物語で全て示されるだろう。
「昨夜、あんなに自分の思ってること話したの初めて」
「そうか。ではまた聞いても良いか、ブラッド?」
「もちろんだよ!」
 こういうところは、音也とは違うなと思う。
 瑛一からすれば、こう聞いて嫌がらない方が不思議なような気がした。
 一体いつも、何故皆が、特に音也が嫌がるのか理解出来ずにいるが。
「お前には、他にも兄弟がいるのでは?」
「そんなことないよ、ぼくと兄さんの二人、兄弟…………二人兄弟だよ」
「何故言い淀んだ?」
「それは、えっと………」
「本当は、他にも兄弟がいたのではないか?」
 ブラッドも、音也と同じように記憶を封じ込むタイプだったらと、敢えてこの質問をした。
 どうやら、当たりを引いたらしい。
「ぼくとグレアム兄さんだけ! 本当にそれだけだから!」
 ブラッドは足早に、森の奥へと進んでいく。
 それに追い付くと、アルヴィンの自宅へ着いてしまった。
 結局、ブラッドからは何も聞けず終いになってしまったが、この件については公演を観ていればわかっていることなので、しつこく聞くことは止めにする。
「ほう、では、お前は異世界から来たのではないかね?」
「そういうことになるかもな。帰り方を知っているか?」
「一時間もあれば、空間転移など容易いよ」
 そういうものなのかと感心していると、ブラッドが俺の服の袖を強く掴んだ。
「帰っちゃうの?」
「ああ。だが、それまではまた話をしようではないか!」
「うん!」
 明るい笑みが、部屋中を照らし出すようだった。
 この笑顔が、いずれ全てを壊すことになるなんてと、一観劇者の言葉は楽観的で良いものだ。
「さっきの、ね。確かに言われてみればそうだった気がするんだ」
「兄弟の話か」
「でもぼく、何にも思い出せない。それって酷いことだよね」
「いいや」
 瑛一はブラッドの肩を抱いた。
「自分を守るためなのだろう。しかし、思い出すことで、お前は危機を回避出来る」
「ちょっと、外に出よう」
 ブラッドは、泣きそうな目を向け、俺の胸に飛び付いた。
「辛いけど、辛いことならエイイチと乗り越えられると思う」
「すまない。だが、お前には、もっと相応しい者が現れる」
「わかんないよ! それ、エイイチじゃダメなの!?」
「残念ながらな」
 ブラッドは本当に純粋なのだと瑛一は思う。
 だからこそ、
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初公開日: 2020年04月23日
最終更新日: 2020年04月23日
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瑛一×ブラッドだよ