雨音すら煩わしいでも言いたげに頭を掻きむしり、一心不乱に楽譜と向き合う背中を見つめた。
世間は外出自粛だなんだと叫んでいるけれど、もとよりあまり外に興味がない私と、自分の世界に潜り込んでしまうレオくんでは特に不便さも感じない。高校を卒業してせっかく綺麗な事務所に所属しているのだから私の家に転がり込まずそちらで作曲をすればいいのにと言ってもそれじゃつまらないだとかなんとか言って、人気アイドルの月永レオは今日も狭いワンルームでペンを走らせていた。
今日だって土砂降りの中わざわざ来たものだから、へらへらと笑っているレオくんを思わず怒ってしまった。風邪でも引いたらユニットのみんなにも、仕事関係の人にも迷惑をかけてしまうのに。最も歌番組やライブの自粛が決まっている今、それほど然したる影響はないのかもしれないけれど。ただ異国に居る彼の友人が知れば怒鳴りつけるだろうな、と思った。簡単に想像出来て笑ってしまう。
「・・・なんかひとりで楽しそうだな?」
いつの間にか床に散乱した楽譜から目を離したレオくんがすぐそばに居てじとりと睨むように私を見ている。作曲はいいの、と聞くとせっかくおまえと一緒に居られるんだからやめだ!と言う。作曲をしにうちに来ているくせに相変わらず変なことを言う。
「で、なんで笑ってたんだ?」
「うーん、泉くんのこと考えてた」
「セナ?ふうん、セナのこと考えると、おまえそんな風に笑うんだな」
若干不服そうな顔だ。そうしてベッドに座る私の隣に腰を下ろす。外は雨だけでは飽き足らず、とうとう雷の音を響かせている。遠くで響く低音と彼の高い声がミスマッチで、でもどこか心地よいのは何故だろう。
本当は聞きたいことや話したいこと、たくさんあったはずなのにこうなると言葉にならない。彼が作曲をしているときは平常心でいられるのに、自分に視線が向けられた途端に動けなくなる。口に出すことも覚束なくなる。ふたりきりの時は特にそれが顕著だった。
「なあ、もしかして緊張してる?」
「えっ」
「だっておまえ、なんか変。おれと目合わそうとしないし」
「そんなことないよ」
こんな反応では図星と言っているようなものなのに、耐えられなくて彼とは反対側の、雨が打ち付けられる窓の方に視線を投げる。薄暗い部屋が、雷で時々明るくなってくらくらする。私の行動が気に入らなかったのか、レオくんは私の顔を両手で挟んで無理矢理自分の方に引き寄せる。そうしてばちりと翠色とかち合った視線。いたたまれなくなってじっと見つめ返すと、ふっと優しく笑った。
「なあ、おまえはおれのこと考えたら、どんな風に笑うんだ?」
嵐のような人間のふりをして、その実繊細で脆くて、優しい人。雨のにおいに混じって、太陽のような彼のにおいを感じる。まるで夢をみているかのような錯覚にすら陥っているようで、刹那の間時が止まった。身じろぎするとベッドがふたりの重さに悲鳴を上げてぎしりと鳴く音で我に返る。
「急に笑えって言われても、むり」
「さっきはできたのに」
「さっきって」
「セナはおまえを笑顔にできるけど、おれはおまえを笑顔にできないんだな」
どうしてそんな悲しい顔をするんだろう。私なんて、彼にとって些細な存在でしかないのに。ユニットのメンバーでも、プロデューサーでもない、ただの一般人だ。偶然街で出会って時々部屋に来る彼を出迎えるだけの女でしかないのに。
「レオくんは、私を笑顔にしたいの?」
「わかんない。でも他のやつのこと考えて笑ってたのが気に入らないっ」
「そんな。私、レオくんにそんなこと思われるような立場じゃないよ」
「立場なんて関係ないだろ。おれのこと買い被りすぎじゃないか?」
私の頬から手を放して、胡坐をかいて呆れたと言わんばかりに溜息を吐くレオくんに体の力を抜く私。さっきの優しい笑顔はどこへやら、肘をついて若干怒っているようにも見える。
「どうせおれは作曲するためだけにここに来てると思ってるんだろ!」
「えっ 違うの?」
「おれは天才だから、場所なんて選ばないの!こんな天気じゃなければ外の方がよっぽど霊感が働くからな」
「天才なのは知ってるけど・・・」
「わざわざ事務所から遠いここに来るなんて理由、ひとつしかないだろ。おまえに会いに来てるんだよ」
まるで私の心を体現するかのように今日一番の大音量で雷の音がした。いつかこの気持ちが消える日まで、レオくんにはそのままで居てほしかった。だから絶対気付かれないようにしようと思って、友達という線から超えないように気を付けていたのに。まさか彼の方から超えてくるなんて青天の霹靂もいいところだ。
「ていうかさあ、なんの下心もなしに男が女の部屋に通ってるなんて思ってるあたり、おまえも大概だぞ?」
「だってそれは、レオくんだから」
「おれだから?おれだから安心できた?何もしないって?」
瞳だけは如実に彼の想いを知らしめる。獲物を狩るときのようなそれに、私はまた動けなくなる。だからいっただろ、おれのこと買い被りすぎだって。そう言いながらじりじりとまた距離を詰められて、もう逃げ場すらなくなってしまった。
「おれはさ、王様だとか天才だとか、周りから散々色んなことを言われてきたけど。実際はおまえの心ひとつ奪うことだって出来ないただの男なんだよ」
「そ、その法則でいけば、やっぱりレオくんは天才なんだと思う、けど」
「ん?」
「だってもうとっくに、私の心はレオくんに奪われてる」
震える声で言った言葉を理解したのか、レオくんがにやりと笑う。気付けば雷も雨も大人しくなり、春の嵐は過ぎ去ったようだ。その中で私だけは、未だ嵐に捕らわれたまま抜け出せずにいる。むしろ一生このままかもしれない。でもそれでもいいと思えた。もしこれが夢なら醒めなくてもいい。春が終わってもこのままで居てほしい。そう思ってしまった。
こうなればもう、全てはあなたの思い通りだ。
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れおくんかなつめくんかそんなかんじ
初公開日: 2020年04月18日
最終更新日: 2020年04月18日
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