たとえば、あの日出逢わなかったら、とか
たとえば、あの日の選択を変えていたら、とか
ありえない、もしも、を願うことは悪いことでしょうか
季節は夏。じんわりと汗ばむ、そんな陽気。人気のない林の中に彼等は現れた。
「……着いた、か?」
「はい。人気のない場所に座標を指定したので目的の集落の近くではあると思います」
きょろきょろと周囲を見回す茶髪の長身の男に同じような髪色の少年が答える。少年は男を一度見上げ、さて、と目を閉じた。少し集中して気配を探れば近くに似たような気配がいくつか。
「御手杵さん、まずは他の皆さんと合流しましょう」
「ん、そうだな」
御手杵と呼ばれた男は、あっついなぁ……と呟いて少年に歩み寄る。そうですね、と苦笑した少年は、熱中症には気を付けないといけませんねと近くに来た御手杵を確認すると先導するように歩き出す。
「僕や不動さんはともかく、御手杵さんを含めみなさん背が高いから……」
「そうは言っても今回は俺が一番だし……むしろ、平野とか地面に近いほうが暑いんじゃないか?ほら、照り返しだっけ……?」
「今回の目的地はどちらかといえば、あまり発展していない場所だそうですから恐らく大丈夫だとは思いますが」
少年――平野は事前に資料で見た目的地の情報を思い浮かべて御手杵に言葉を返す。木々に陽射しが幾分か遮られる林の中でも暑さはやはり感じるので、集落はもっと暑いのだろうなと思って平野は溜息をつく。暑さで使い物にならなくなる可能性がある今回の同行者が頭にちらついたのだ。
「おや、平野はんと御手杵はんや」
「御手杵くん達と最初に会えて良かったね、国行くん」
「一番近かったのお前らだったのか」
他に比べると僅かにひらけた場所で倒木に腰掛ける暗い紫の髪に眼鏡をかけた青年とその隣で立つ淡い桃色の髪に眼鏡をかけた青年が平野と御手杵に気付いて声をあげた。そのふたりの姿に最も覚えのある御手杵が片手をあげて応える。平野は先程思い浮かべたうちのひとりがまだ元気そうなことに安堵して、もうひとりは大丈夫だろうかと遠い目になった。
「明石さんも亀甲さんもご無事のようで」
「そら、今回の任務は戦うことやないんですし、転送されただけで何事かあったら困りますやろ」
「平野くんは国行くんが暑さで倒れていないかが気になったんだと思うよ?」
「…………あぁ、そういう……。まぁ、幸いなことにそばに亀甲はんもおりましたし言うほど暑くないですわ」
倒木に腰掛けた青年こと明石は隣に立つ青年もとい亀甲を指で示す。穏やかに微笑む亀甲を見上げて首を傾げた平野は次の明石の言葉で納得したのかまたひとつ苦笑を浮かべることになる。
「せやから、悪いんやけど平野はんはあんまり自分に近付かんといてください。あと出来れば御手杵はんは貸して」
「お前、うちで顕現してから箱入り具合が加速してねぇ?」
「箱入り関係ありません。そもそも主はんが顕現したらこうなったんやから主はんのせいやないですか」
言われるがままに明石の近くに立った御手杵が明石を見下ろす。あー涼しい……と表情を和らげる明石を見て、亀甲が平野にごめんねと口にするが平野はふるふると首を振った。
彼等の主である審神者が顕現した刀剣男士は必ず五種類の性質に分けられる。たとえば、火のように荒々しいもの。水のように涼やかなもの。木々のように静かなもの。大地のように穏やかなもの。金のように鋭いもの。どうしてか、五行の性質を宿した彼等はその性質に影響されるものとされないものとさらに分けられて。
この本丸に顕現した明石国行という個体は五行の相性を極端に受ける類だった。本人の属性は穏やかな土。それが彼に対して何かをしているということはなかったが、他の刀剣男士の属性の影響は彼に不調を与えることが多かった。今のようにやたらと暑い日に火の性質を持つものが近くによれば暑さは倍になり、逆に水の性質を持つものが近くにいれば暑さをあまり感じないという。
「僕は火の性質を持ってますからね。明石さんが参ってしまうのは困りますので……」
「ほんまにすんまんへんなぁ……せめて季節が秋とかやったら良かったんやけど」
「まぁ、こいつは俺と亀甲がいれば炎天下だろうが動けるから大丈夫だって」
明石を挟むように立つ御手杵と亀甲は水の性質を持つもの。故に明石にとってふたりは天然のクーラーのようなものだった。
今回はここまで。
お付き合いありがとうございました。