雨の夜にみゃあみゃあ鳴いている猫を拾ったのは気まぐれだった。
 あまりにもにゃあにゃあと鳴いている声が父を亡くしたばかりの自分と重なってしまったのだ。だから、つい猫に話しかけていた。
「君、一人なの? 私と一緒だね。家来る?」
 傘を差し掛けて伸ばした手を猫はシャーと警戒した声を上げて爪を立てた。
 ああ、怯えているのだとなぜかベレスは痛みよりも悲しさに襲われて猫に手を近づける。
「怖くないよ? 大丈夫。……ここは寒いから、一緒に行こう?」
 その言葉に猫はスンスンと警戒したまま差し出された手の匂いを嗅いで、躊躇うようにぺろりと舐めてきた。
 そっと頭に手を伸ばして撫でてみると猫は嫌がる素振りもなくおとなしくされるままで。ふっと小さく笑みを浮かべたベレスはジャケットに猫を包むと立ち上がった。
「怖くないよ。一緒に行こう」
抱き上げられた不安定さに声を上げる猫に優しく声をかけてベレスはもう誰もいない自宅へと帰っていった。
 猫を拾ったあの雨の夜からベレスの生活は一変した。 
 お風呂に入れるまではおとなしくされるがままであった猫は温めたミルクにも口をつけることなく部屋の隅で蹲ったままで。困ったベレスは猫を飼っている友人に猫の写真を送りアドバイスを求めた。
 友人が言うにはもう固形物も食べれそうだという判断と猫は警戒心が強いから二、三日ご飯を食べないことは珍しくないとのことで。だから二、三日は様子を見なさいと言われたのだ。
 ほうほうと頷いたベレスは壁をじっと見つめて蹲る猫を眺める。頑なに自分を見ようとしない様子は先程の気を許したかのような仕草は見受けない。
「君は警戒心が強いんだね。大丈夫。私は何もしないよ」
 ふと何かを思いついたベレスは箪笥を漁り始める。
「確か……この辺に……あ、あった」
 使っていないブランケットを見つけたベレスはそれを手に猫に近づいた。
「寒くない? これ、使うといいよ」
 そっと頭からかけてやればされるがままで。ベレスは小さく笑う。
 そしておやすみと猫の頭を撫でてベレスは布団の中に潜り込んだ。
 じぃと見てくる猫の視線を感じながらベレスは何をそんなに怯えているのだろうと考える。ああ、そういえば、空色の綺麗な目をしてるのに片目が潰れていたなと思い、獣医さんを探さないとと思いながら眠りについたのだった。
獣医さんに診せて健康状態に異常はないと診断されて、猫のご飯や猫グッズを買ったベレスは悩んでいた。
 まず、懐かない。それはまだ出逢ったばかりだから当たり前だろう。
 ご飯もお水も口にしない。これは大問題だった。二、三日の猶予もとっくに過ぎてこのままではこの猫の命に関わってしまうから。
 そして、名前が決まらない。とりあえず空色の瞳が綺麗だからソラと呼んでみるが猫は無視をする。これもそのうちに名前を覚えてくれるだろうと思っている。
 だから、やはり一番の問題は猫が何も口にしないということだろう。
「君は……生きたくないの?」
 こちらを見ることもない猫を抱き上げる。
 初めに抱いたときよりも軽くなった体にベレスは亡くなる間際の父を重ねた。
 病室で冷たくなった父を思い出してベレスの瞳から涙が零れる。
「お願い。生きて、欲しい。……私を一人にしないで」
 みっともなく声が震える。それでもベレスは猫に話しかけるのをやめない。
 君が死ぬのは嫌だよとパサリとした稲穂色の毛並みに顔を埋めてベレスはただ泣いていた。
 ふとベレスは目を覚ます。泣きつかれて寝てしまったようだと気づき腕の中から猫が消えていることに頭が白くなる。
「ソラ? ソラ?」
 広くもない部屋の中を猫の名を呼びながら歩く。それでも見つからない猫にベレスの焦燥は増すばかりで。キッチンのゴミ箱の中や押し入れの中、箪笥の中まで探す。ベッドの下を覗いても見当たらない猫に息苦しさを覚えて喘ぐ。
 また、一人になってしまったのかという恐怖に襲われるベレスは小さな物音に気づいた。
 なんだろうと見るとそこには猫がいて、ベレスの用意しておいたご飯を食べている姿があった。
 ああ、よかった。
 生きている。そこにいる。一人ではない。食べてくれた。
 様々な想いが溢れてベレスの瞳から涙が零れ落ちる。
「よかった。美味しい?」
 顔を上げた猫はにゃあと小さく鳴いてまたご飯を食べだした。
 それがベレスと彼との出会いであり、始まりであった。
「んぅ……」
 すうすうと寝息を立ててベレスは抱き締めていた猫の頭にすりと擦り寄る。
 温かさにほうと満足気な息を吐きベレスの手は無意識に猫の毛並みを撫でていた。
 じぃとベレスの顔を見ていた猫はするりと腕の中から抜け出すとぶるりと体を震わせる。
 ギシリとベッドが大きく軋む。
「ああ、やっと戻れた」
 深い安堵の滲む低く透る男の声が静かな部屋に響く。
 猫のいた場所に金髪の男がいた。彫刻のような見事な体をした無造作に伸ばした金の髪で空色の隻眼の男が。
 そっと男は寝ているベレスの頬を指で撫でる。
「ああ、ベレス。やっとお前の名を口にできる」
 嬉しげに笑う男は寝ているベレスの唇に指を這わせてふにふにと触るとそっと顔を近づけて自分のものを重ねた。
 ちろりと舐めると甘い味がする。ベレスの味だと男は笑い、さらに唇を重ねた。
 それを幾度も繰り返した男の唇はベレスの首筋に滑る。ぺろりと舐めてキスをする。sして自分のものだと言うようにかぷりと噛み付いた。
「っ――! な、何?」
 噛みつかれた刺激に飛び起きたベレスに男はとろりととろけるような笑みを浮かべた。
「ああ、ベレス。起きたのか?」
「え? だ、誰? ソラは? え?」
 親しげに名を呼ばれてベレスは困惑に瞬く。きょろりと視線を巡らせて可愛い愛猫がいないことに気づき慌てる。いや、それよりも目の前のこの男はどこから入ってきたのか。
「お金はあまりないけど。あそこの引き出しの中。……あと金目のものはパソコンとスマホぐらいしかない」
「いや、そんなものいらない」
「っ!」
 泥棒でないのなら強姦魔かとベレスは顔を青くして震える。少しでも男から距離を取ろうとそっと後ろに下がり、布団を胸元まで引っ張り上げる。
「ああ、そんなに怯えなくても、大丈夫だ、ベレス」
 そんなベレスの細やかな抵抗を男は気にする様子もなく開けた距離を簡単に埋めてしまうからベレスの背は壁と仲良くしてしまう。
 ひくりと恐怖で喉が鳴る。
 助けて、父さんともういない父を呼ぶ。
「父さん……ソラ」
「違う。ソラではない。俺の名はディミトリだ」
「え?」
 ほらと男が身震いするとそこにはベレスの知る稲穂色の毛並みの可愛いソラがいて。
「え?」
 ふるりとソラが身震いするとそこには金の髪の男が現れる。
「え? え?」 
 何が起きたのか理解できずに瞬きを繰り返すベレスはそれでもソラと男の共通点を見つける。それは空色の隻眼であり毛並みに似た金の髪。
「俺は猫じゃなくて獣人だ。」
「え?」
「弱っていたから猫になっていただけで、本来はこっちが本性だな。助けてくれたことを礼を言う」
 ソラ、もといディミトリが言うには彼は獣人の国の王子様で、政変に国を追われてベレスの住む街に流れ着いたそうで。その頃には弱りきって本性に戻ることもできなくなっていたそうな。
 それがまた本性に戻ることができるようになったのもすべてベレスのおかげだとディミトリはベレスの髪にキスをする。
「な、なるほど? それじゃあ、君ともお別れなのかな?」
「なぜ?」
「え? だって、国に帰るんでしょう? ならお別れ……」
「しない。お前には一緒に来てもらう」
 なぜという言葉は荒々しいキスに消えた。
 コロンとベッドに押し倒されてベレスは瞬く。
「ソラ?」
「ソラではない。ディミトリだ」
 ちろりと胸元を舐められてくすぐったさに笑う。
 男にされることになぜか恐怖も嫌悪を感じなかったのはそれが可愛がっていた猫だからだろうかとぼんやりと考える。ディミトリの頭を撫でれば少しだけソラの毛並みを思い起こされた。
「煽っているか? ちょうどいい。俺も今、発情しているからな。……たっぷり愛し合おう?」
「え?」
 その言葉の意味をベレスは身を持って理解することになった。
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ななし@87b6c2
お疲れさまです!😊配信嬉しいです
28:40
瀬川唯
このあとどうしようw
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向き
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初公開日: 2020年04月18日
最終更新日: 2020年04月18日
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