お題 マタル;滴る・曇天・水たまり
 ほた、ほた、落ちる。まろみを残した頬を伝って落ちる点が短い線に変わっていく様をどれくらいの時間見ていたのだろう。突如降り始めた雨から逃れるために二人して飛び込んだ古びた山小屋は黴とわずかに腐敗の匂いがしていて、じきに期待を裏切らない屋根から雨漏りがし始めたのはまだ薄闇の頃であったから四半刻はこうしていた計算になる。
 山の雨はひどくうるさい。当たるものが街中よりも多いせいだ。無尽蔵な雨粒が数えきれぬ葉を叩き地面を打ち、跳ね返って弾けていく。宇髄の耳でさえそうなのだから、目前で俯く子どもの鼓膜はいっそうそうであるに違いない。ただ、無機質な道具に打ち付けるより自然に降り注ぐ雨粒の音は柔らかいので狂いそうな気分になることもなかった。
「善逸」
 宇髄を見下ろす胡乱な双眸がふるりと揺れる。それから、宇髄の両耳を塞ぐ一回り小さく傷の多い手に手を重ねるとそっと離し、そのまま子どもの耳へ導いていく。二層のてのひらに覆われた耳はそれでも雨の音を拾うだろうか。
 ざあ、ざあ、雨は降る。ましになるどころか刻一刻と激しさを増して雨漏りの勢いを加速させている。流石に無くても同じと言わないまでも、この山には生息しない大判の葉を重ね合わせた方がまだ水滴から逃れられるかもしれない。
「聴こえるか」
 視線でごく小さく頷かれ、毛先に滞留していた雨粒がいくつか空中へ離脱した。子どものてのひらが無くなり、いっそう大きく響き渡る雨音が脳を襲う。それでも、宇髄にとっては蹲るほどではない。畏れることでも怯える音でも、ない。
 だから自分のことを差し置いて守らなくとも大丈夫だと、言葉にするより鼓膜へそっと忍ばせる。けれどもだからこそ、目前の瞳がなににそうも怯えているのかは、言われなければ分からなかった。
 雨、音、暗闇、あるいは、鬼。どれもが正解のようで、どれもが不適切に思える。日没もすぎようとする時刻、ぽっかりと世界にこの場所だけ切り取られてしまったようだった。
「…、」
 震える唇がごくわずか開かれてもれた息が薄く白に烟る。
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のんびりSS 鬼滅/宇善
初公開日: 2020年04月18日
最終更新日: 2020年04月18日
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