二人で浴槽から出てきた、その足でアゲハくんは真っ先に鏡の前に向かった。ボクは着替えを置いた籠まで向かい、いそいそと着替え始める。その傍らで伺う、アゲハくんのまだ濡れたままの髪、それが一つに括られたことによって晒された、しなやかな筋肉、背筋のスッと伸びた背中。アゲハくんは、自身がずっと付けている美容パックを、こちらに見えないように剥がしたり、少し拭き取ってから、また新しいものを付ける。丁寧にそれを顔に貼り付けていき、両の掌でそれをフィットさせてから、端を丁寧に織り込んでいく。それが完成したと思ったら、隣に置いてあった椅子を手繰り寄せて、それに座る。ボトルなどが大量に入っている籠の中から、クシを引っ張りだし、洗面台に備え付けのドライヤーも手繰り寄せる。
一挙一動が、さすがアゲハくん、とても美しい。そう感嘆に浸り、気が付けばこの身体はいつの間にか、アゲハくんの背後に立っていた。
「髪を、乾かすのですか?」
「…?そやで?シキさんもドライヤー使いたいん?」
「いえ、今は。それよりも、ボクが君の髪を、乾かしても良いですか?」
え、と瞳に明らかな動揺の色を見せたアゲハくんの表情、しかしすぐそれは幻のように消え、いつもの形の良い蒼に戻っていったのである。
「ええで。宜しゅう頼みます。」
アゲハくんは、クシの持ち手をこちらに向けて渡してくる。ありがとうございます、と一言御礼を告げて、受け取り、一旦それは端に置いてから、まずドライヤーを手に取り、スイッチを入れた。
ブォォォォ、と共用の物独特の大音量が流れ出す。ここのドライヤーは結構な馬力が働いているようだ。何せ自分ではドライヤーを使わないから、初めての物を見ているのだ。
アゲハくんの髪留めをゆっくり取り、纏まった髪の束が一挙に姿をあらわにさせる。腰まで届いたその長く、それでいて無数の赤い糸の隙間にそっと指を差し込む。湿っていて、地肌の温もりを少し感じる。そこに少し無造作に、先のドライヤーの先を当てる。
「最初はな、髪を前に持ってきて、地肌に当てた方が、乾きやすいんやで。」
ドライヤーの騒音にギリギリ掻き消されず、アゲハくんのアドバイスが、ボクの耳に届く。その言葉通り、まだうねりを見せる引っ掛かりやすいそれらを、そっと丁寧に彼の胸元まで移動させる、そして、近くに当て過ぎていないか、注意を払いながら、地肌近くに先端を当てた。
アゲハくんの地肌に触れる。揉み込むように水滴を吸い出していき、そこに温風を当てる。みるみるうちに、指に触れる湿度が変わっていくのが分かる。
根元が全体的に行き届けば、後はひたすら髪が乾くのを待つのみ。胸元にあった髪束を後ろに手繰り寄せ、ドライヤーを大胆に左右にひたすら振りながら、髪を扇がせていく。
無数の赤い糸が、燃えるように踊っている。湿度を持ったそれが、徐々に、徐々に乾燥していき、柔らかい、蚕の糸に姿を変えていくようで、温かくて、気持ち良い。ボクの掌の皮膚がひたすら糸の中に埋もれたがっている。もしかしたら、これの為に、この足は、ここまで歩いてきたとでも、言うのか。
シルクの隙間を除けば、先程乾かした、アゲハくんの地肌がほんのりと見える。今この糸の束は、ドライヤーに熱されて火照っている、が、湿っていた時も温もりがあった、それはアゲハくんの地肌、その果てにある脳から…。
そう想像を膨らませれば、指の先が脈を打つ、その感触が分かった、だからボクは、ボクの指は、その長い紅をかき分けて、その根元を目指した。そして辿り着いた先で、それを、そっと、撫で上げたのだ。
「………今日のシキさん、変やなぁ。」
呆れたような声色は、少しだけ掠れていた。マスクで素顔を隠した彼の瞳孔と、鏡越しに目が合った。ゆっくりと笑みを深めて、口を動かしたのは、ボクの方からだ。
「ーーーーーーーー」
「…………え、シキさん、もう一回言うて?ドライヤーで…」
ンフフフフ…、いつもの笑い声を喉の奥で鳴らし、ボクは再び、アゲハくんの髪の湿度を戻す作業に、没頭したのである。
おわり。
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温もりの隙間にノックした
初公開日: 2020年04月18日
最終更新日: 2020年04月18日
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コメント
シキアゲ大浴場の続き(健全バージョン)みたなの書きます。