一生終わらない摂津万里くんの話です
「夜になるとさ、体に悪いことしたくなるよね」
「……は?」
Tシャツだけを着たカノジョがアイスを食べながら、まだ服を着ていない俺の隣に座る。身体の半分が傾き、ベッドのスプリングが軋んだ。
「だからあ、夜にこーゆーの、楽しいよね。 万里もいる? アイス」
「……いらねえ。ってか部屋の電気つけるか台所の電気消せよ」
彼女が住んでいる1Kのアパート。明かりがついているキッチンだけが眩しく、セックスの気怠げさを残す部屋をぼんやりと照らしていた。時計の針は1時を指している。俺はなんとなく心臓が重たくて、何故だか柄にもなく泣きそうだった。
「どうしたの? 疲れちゃった?」
彼女は眩しいキッチンに戻り食べ終えたアイスのゴミを片付けてから、俺の顔を覗く。逆光で表情はわからないが、多分笑っている。
久しぶりに恋愛をしている気がする。こいつは笑った顔がかわいいとか、足首が細くていいとか、好きなところがちゃんとある。
「あー……疲れた。 激しくしすぎたな」
「もう、ばか」
くすくすと笑って、それから明日は8時に起こしてとか、たわいのない会話をしながら並んでベッドに入った。夏はもう過ぎたというのに、事後の部屋の気温は高く、開けた窓からは風の音が聞こえる。
風の音しか、聞こえない。
「夜になると、か」
「え? なあに?」
「なんでもねー。 寝ようぜ」
「うん。 おやすみ。 万里すきだよ」
すんなり入眠できたと思ったのに、目が覚めてしまった(仮)少し寒い。窓を閉めようとベッドから降り、窓枠に手をかける。
「夜になると……」
夜になると、ちょっと体に悪いことしたいね。
ふと思いだした音楽の一節。眠る女が発した言葉によく似たフレーズ。あの言葉を聞いた瞬間から、ずっと胸が締め付けられていた。もうとっくに忘れたと思っていた女の幻影が、すぐそこに現れる。その影に引きずられて隣の部屋に耳をすましてしまう。月明かりはガラスに反射して(仮)夜は押し黙っていた。
大学へ進学しても劇団には所属し続けていたが、生活バランスや今後のことを考えて入学のタイミングで一人暮らしを始めた。寮から電車で数分乗ったところにある、それなりのマンション。
その日は台本を読みながら部屋で寛いでいると、隣の部屋の、玄関のドアが閉まる音が聞こえた。
このマンションは造りは悪くないわりに、壁だけはどうも隣人の生活音を完全に遮断することはできず、特に玄関の重い扉が閉まる音はよく響いた。住人たちはお互いの生活に配慮をしていたが、その日は確かに、その重さを実感させる音がした。隣人は俺よりいくつか年上の、大人しそうな男だった。酔っているのか、手を滑らせたのか。たいして気に留めず、台詞を声に出してみたりする。すると、壁越しにこもった笑い声がしたあと、聞きなれない(?)高い声が聞こえた。女連れ込んでんのかよ。
その日以降も隣の部屋に女の気配がする日は幾度もあった。だからといって痴話喧嘩がうるさいとか、喘ぎ声が聞こえるとか、迷惑するようなことはなかった。たまにささやかな笑いあう声が聞こえて、当時しょうもない関係の女しかいなかった俺は、少しだけ微妙な気持ちになったりした。
そんな平凡な日々、この生活にも慣れた休日。開けたままの窓から聞こえてくる微かな音楽で目が覚めた。クラブで聞くようなエレクトロニカ。リズムはゆったりと心地良く、天気の良い休日によく合っていた。どうやら隣の部屋から聞こえてくるらしい。女の趣味だろうか。別に嫌いじゃない。
ここまで長い………いらん……
それからも、窓を開ければ隣の部屋から音楽が聞こえる日々は続き、センチメンタルな電子音がなんとなく耳に残った。曲名もアーティストも知らないくせに、無意識に口ずさんでしまうこともあった。歌詞なんてテキトーだけど。
おしまい……続きはまた今度…いつか…
どうやって保存するんだ