天自宅体観測
 さむい。とほとんど反射的呟く。やはりついていくんじゃなかった。外は寒いってわかってたけど、コンビニに出掛けるというから僕も行くとか言ってなんとなくついてきてしまった。失敗だ。家でエアコンのかかった部屋でぬくぬくとしていれば良かったな。自分の手をぎゅっと握り、手のひらを温めることにする。帰ったらすぐに熱いコーヒーを飲みたい。いや、コンビニで買って帰るのがいい。ちょうどカフェオレの無理クーポンがあった気がする。いつもはカフェオレなんて選ばないが、今日はそれを使おう。甘過ぎたら彼が飲んでくれるはずだ。
 コンビニまでは徒歩で大体五分くらいだ。目的は彼が突発的に買ってきた室内で使えるとかいう家庭用プラネタリウムに電池が入っていなかったからだ。家にも偶然それに必要な電池がなくて買いに行くことになった。今はその道のりの半分くらいの場所にいる。出所して彼と住むようになったマンションは大きな通りに出れば桜並木が並んでいて、今の時期は桜が綺麗に咲いている。見上げれば都会とはいえ桜の花の隙間からちらほらと星が瞬いているのが見えた。僕が上を向いたのを見て彼も歩きながら視線を上にあげる。多分思っていることと見ているものは同じだろう。
「わざわざコンビニ行かなくてもよかったんじゃない?」
「ここまで来てなんですけど、ちょっと後悔はしてきました」
「外でも星は見えるしね」 
「でも、長くいたら寒いでしょう。それに、部屋の中でやってみたかったんですよ。雑貨屋とかに天体観測キットとかあったでしょう?」
「まあ……興味はあったかな。昔、望遠鏡とか欲しかったし」
「それがワゴンで五十%オフだったら買っちゃいませんか?」
「それはまた別じゃない? 君安かったからとかそういうのに騙されて買い物しすぎな気がするよ」
「足立さんは安かったからって電気ケトル買ってきたじゃないですか」
「それは使ってるからいいでしょ。電気ポットとかより手軽だし、僕たちあれないともう生活できないよ。それに比べて君は天体観測キットって……」
「いいじゃないですか、小さい頃のロマンですよ」
 そんなことを話しているとコンビニの目の前まで来ていた。身体を動かしたおかげがちょっとずつ身体も暖まっていて、暖房のよく利いた店内はむしろ暑いような気がする。入ってすぐの棚にあった電池を彼が手に取りレジに行こうとするのを静止させる。
「ちょっと待って」
「まだ何か買うものありましたか?」
「カフェオレ買いたいから」
「カフェオレ? 足立さんが?」
「珍しそうな顔しないでよ、無料のクーポンがあるから使っちゃおうかなってだけ」
「あ! それなら俺もあります。確かブラックコーヒーです」
 そう言いながら彼がポケットに入れていたスマホを弄る。あった。と呟くのが聞こえ、画面を見せてくれる。そこにはブラックコーヒーMサイズ無料!と書かれている。
「本当だ。じゃあ交換ってことにする?」
「そうですね。あとは何か買うものありますか」
「君は?」
「特にないと思います。というか、あちこち見てまわったら余計なものを買ってしまうと思うので……」
「たまにはいいんじゃない?」
「さっき無駄遣いするなみたいなこと言ってたじゃないですか」
「まあ、言ったけど……せっかく二人で来たんだしさ」
 コンビニに二人で来ることも珍しいなとふと思ったのだ。コンビニなんて来ようと思えば二人で来ることはできるけど、大抵はどっちかが相手の気に入りそうなものを買ってきたりとかすることが多い。この際だし、二人で見るのも悪くない。
 ただいま。と二人揃って誰もいない空間に声をかける。僕の手には少し減ったブラックコーヒーが握られていて、彼の手にはカフェオレとコンビニで買ったお菓子と電池が入っている。
「無駄なお菓子買っちゃったなあ」
「コーヒー無料分って考えたらそんなに痛くはないと思いますよ」
「いや、君のこだわりプリンはカフェオレ二つ分だからね」
「足立さんのえびせんべいだってちょっとオーバーしてます」
「明日から節約するからいいんだよ」
「できますか?」
「まあ無理だろうけど」
「無理なんじゃないですか」
 リビングに入るとリビングの真ん中に置いていた丸い家庭用プラネタリウムが目にはいる。彼がコートを着たままプラネタリウムをひっくり返して今さっき買ってきた電池を詰めた。そしてこれもまた床に広げていた説明書を読み上げる。
「春夏秋冬の星がお楽しみいただけるみたいですよ」
「へえ。じゃあ春にする?」
「そうですね。……よし、これであとはスイッチを入れるだけです」
「僕、電気消すよ」
「お願いします」
 案外僕も楽しみにしているらしい。コートを着たまま部屋の電気のスイッチまで行って、電気を消す。真っ暗になった室内は数秒置いてふんわりと明るくなった。柔らかい光が部屋の壁に投影される。大して星座もわからないし、忘れてしまったから星というよりは僕にとって光の点なのが勿体ないくらいに綺麗だ。
「良かった、ちゃんとつきましたね」
「五十%オフのわりには。君、星座とかわかる?」
「少しだけなら。あの大きな星わかりますか」
 電気のスイッチから離れて彼に近寄る。指差しする先の星を見るが大きい星、と言われて探してみるがなんだかどれも同じ気がする。
「あれ?」
「多分それじゃないです。もっと左の、」
「あっち?」
「それです。その近くにある星を繋ぐと北斗七星になって、おおぐま座の尻尾になるんですけど……」
 そう言いながら彼は指で星をなぞってみせた。すっすっと線を空中で引いて見せられても僕にはどうもわからなくて、わからないことを察した彼は僕の指先を掴んだ。僕のことを引き寄せて肩が触れる。
「ここが尻尾の先だと思ってください。そこから、」
 僕の指でまた線を作る。今度はなんとなく分かった。僕がなぞって返してみるとそうです。と嬉しそうな声が耳元から聞こえてくる。
「詳しいね」
「でも春の星座ってあんまり詳しくないんですよね。おおぐま座だけ北斗七星があるから知ってたんです。よく学校のテストに出ますから」
「あ、夏の大三角形ならなんとなくわかるかも」
「なら、夏にしてみましょうか。天の川とかも映るかもしれないですね」
 カチリと彼が季節のスイッチを切り替える。二人ともコートを着たままなのを忘れて上を見上げる。夏を先取りした夜空は話していた通り小さな星が集まった天の川が流れ、僕の記憶の片隅にいた星座が空に浮かんでいた。
 それから秋、冬なんて楽しんでいるうちに夜は更けて、テーブルに置いたコーヒーはすっかりぬるくなっていた。
おわり!ありがとうございました!
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天体観測する話
初公開日: 2020年04月13日
最終更新日: 2020年04月14日
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