演練場の隅に時折小さなテントが立っている。
手書きの看板には『水に関する話を募集しています』とだけ書かれており、簡素な折り畳みの机と椅子には人間が一人座っている。
まったく同じ目撃情報はどの国にもあり、どうやら不定期に各国の会場を転々としているようである。
怪談としてまことしやかに語られる噂ではあるが、一部の刀剣たちはそれが単なる事実であることを知っていた。
単に地味で気付かれていないだけで、中にいるのは政府の調査員である。
聞き取り調査として不定期に出向しているそうで、報告があれば録音されるし、暇そうなときには雑談にも応じてくれる、ごく普通の人間だ。
以下はインタビューを文章に記録したものの一部である。
『小竜景光』
(重要でないため割愛)
うん、そう、水に関係する変なことだったね。
本丸に池があるだろう?
全部にあるかは知らないんだけど、うちにはある。
そこに鯉を放してあるんだ。
綺麗な錦鯉で主が気に入っていてね。
その鯉が全部浮いていたんだ。
前の日は元気だったよ。
朝一番に気付いたぐらいだから、日がある内ならすぐ誰か気付いたろうと思うんだ。
だから死んだのは夜の間だろうという話になった。
その死に方がおかしくてね。
うん、腹の中が空になってた。
いや、そうじゃない。
腸が全部なくなってたって意味だよ。
変に腹が潰れている気がして、開けてみたんだ。
そうしたら見事に空っぽだったんだよねえ。
前の晩はあいにくの大雨で、鯉が騒いでたとしても分からなかったと思う。
政府の調査結果でも妙な気配はないってことだったから、こんのすけと相談して、主には大雨で池の底の泥が舞い上がって鰓に詰まったって説明してもらった。
実際にあるらしいね。
生き胆を喰らうなんて、どんなものがいたのやら。
『小夜左文字』
水って書いてあったけど、川や海の話?
そう、本丸の中の話じゃなくても構わないの。
一度だけ見たことがあるよ。
遠征先で川縁を歩いていたんだ。
その日は妙に烏が多かった。
川は荒れていなかったよ。
深さは僕の膝くらいで、水は多くも少なくもない時期に見えた。
うん、周りの水草や土の色を見てそう思った。
それで、たくさん飛んでいる烏が低く降りてきたときに、川から手が生えたんだ。
ううん、誰か沈んでいたわけじゃない。
こう、水が起き上がって手の形になったような。
映像加工技術で作ったように、向こう側も透けてたよ。
その手が烏を掴んで元通りに川に戻った。
烏は影も形もなくなってたし、川の中にそれらしい生き物もいなかったよ。
羽根も血もなかった。
溶けたみたいだと思った。
何故か周りの烏が動じていないのが不思議だったな。
あの川は生きていて、烏にとっては動くのが当然のことなのかもしれないな。
『加州清光』
水なら何でもいいの?
うちの大浴場の話なんだけどそれでも大丈夫?
もう政府には報告済みだから、対象じゃないかもだけど。
あ、聞いてくれるんだ。
ありがと。
もうほんと困っててさあ。
(設備に関する説明につき割愛)
で、おかしいのは湯舟なんだよ。
水を張ってると、時々壁をすり抜けんの。
いや、風呂の外壁じゃなくて、浴槽の内側の側面ね。
そうそう、お湯に浸かって寄りかかるとこ。
最初に気付いたときは、お風呂に浮かべる玩具だったかな。
あれって意外と楽しいじゃん?
水面走らせて遊んでたら、ぶつかって止まるはずの所を突き抜けるみたいに消えちゃったんだよね。
そこそこ埋まってる中でみんな見てた時だから見間違いじゃないと思う。
見失う大きさでもないのにどこにもないし、それきり見付かってないよ。
で、その場は終わったんだけど、少しして同じように風呂に入ってたら、一振りが急に風呂の縁にしがみついて悲鳴上げたんだよ。
底が抜けた、落ちるーって。
すぐ引っ張り上げたんだけど、どう考えても下半身が収まらない姿勢になってたから、玩具と同じことが男士にも起こるんだって話になった。
前から手拭いや落とした髪留めが行方不明になることはあったんだよね。
ああ、まだ見付かってないよ。
すり抜けたら戻ってこないんだと思う。
え?
大浴場はまだ使ってるよ。
だーって数考えてよ。
別に作るったって離れぐらいの大きさになるでしょ。
内側に目の細かい柵立てたらそっちはすり抜けないみたいなんだよね。
試した試した。
柵越しにしつこくつつくっていう根気のいる仕事をね。
そうそう。
すり抜けはするんだけど、柵に引っかかって止まるから、物が無くなることもなくなった。
水抜いてたら普通の板みたいだよ?
掃除の手間が増えてめんどくさいから、早く対応してほしいんだけどなー。
政府は原因不明だし対処できてるなら現状維持だってさ。
向こう側は誰も見てないよ。
だって、風呂に頭から先に浸かる奴見たことある?
そーね、一回くらいどこに行くのか確認しよっかなー。
落ちる感じみたいだし、案外地獄かも、なーんて。
『鯰尾藤四郎』
こんにちは!
久しぶり。
今日もお仕事頑張ってんね。
いや、今日は変なことがあったから報告に来たんだ。
いやー、本当にあるもんなんだな。
うちの本丸で水道から真っ赤な水が出るようになったんだよ。
いきなり答え言うなってー。
うん、そう、赤錆。
井戸の水は綺麗だったし、本丸の水道全部から不定期に出ちゃったから、これは大元だろうって急いで修理に来てもらったんだよ。
あ、やっぱり気になるよな。
もちろん水道管は鉄じゃないよ。
でも赤錆が出たんだ。
きちんと検査しても赤錆だったってさ。
絶対おかしいけど調べるしかないって掘り返して、もう本格的な工事現場だったよ。
原因はすぐわかったよ。
異様に綺麗な髑髏の脳天から首の方に水道管が貫通してて、その周りが真っ赤にさび付いてた。
当然だけど、錆びないはずの素材だったよ。
水道管を埋めたときからああだったとしたら、だれが何の為にやったのかが分からない。
髑髏が自分で埋まって突き刺さった方がまだ分かるかも。
身元も原因も不明だよ。
政府で無縁仏として供養してもらえたみたいだから、もう何もないと良いよね。
いやもう、化けて出て良いから実害はやめてほしいよなあ。
鋼に錆はほんと勘弁してほしいよ。
『歌仙兼定』
一応水は関わるんだが、もしかしたら花瓶が原因かもしれない話でも構わないかい?
そうか、有難う。
僕の持っている花瓶なんだ。
いや、かなり新しい物だよ。
現世の焼き物市で見付けた阿蘇焼でね、おそらく作者も健在だろう。
両掌で支えるのにちょうど好い大きさで、見た目より軽いから、水を入れても取り扱いやすい良い品だ。
そうだね、縁のある地に惹かれたのもあるよ。
蛍丸も気に入っているようで、よく花をやってくれている。
え?
ああ、そこが本題だ。
この花瓶が花を食べるんだ。
花瓶を買ってからすぐに暇を作って花を活けてみた。
ゆっくり向き合いたかったから、支度を整えるまで数日は出していなかったと思うよ。
水を入れる前に花の長さや数を決めて、なかなか満足のいく出来になったから、水を張って置く場所を決めたんだ。
そこまでしてから残りの花や切った茎を片付けようと目を離したら、妙な音がしたんだ。
例えて言えば、葉物野菜を食べる音だろうか。
ぽりっとかしゃくしゃくとかの擬音で表される類だね。
何事かと振り返ったら、風もないのに花瓶の花が揺れている。
その花が急に沈み込んだ。
またぽりっ。
暫くしゃくしゃくと聞こえたと思ったら、ぽりっと沈む。
さしもの僕も呆然として見守ってしまったよ。
ところでこの花瓶は口が細くなっているんだ。
そして大抵の花は頭が大きいだろう?
すぐに首が閊えてしまってね。
音の主は力が強くないようで、引きちぎることもできずに必死に引っ張っている様子だった。
今にして思えば警戒するべきだったのかもしれないが、その時はなんだか可哀そうに思えてね。
花を一本だけ残して他は抜いてやった。
一輪だけなら通る大きさだったんだよ。
そうしたらまた規則的に食事が進み、これは花を咀嚼しているなという音も止まったところで、次の花を挿してみたのさ。
今度は間が空いて、気付かれたら食べないのかと思った頃に、ほんの少しだけ花が沈んだ。
随分と控えめで遠慮がちな音だったよ。
思わず笑ってしまってね、どうせ食べたのだから全部おあがりと言ってしまった。
これでも神の端くれなのだし、腕に覚えもあるからね。
悪い方になっても対処はできるだろうと。
人が真似をするのは勧めないがね。
花瓶はずっと変わらないよ。
草花を食べる以外は何もしない。
木の葉や野菜も好むが、枝は食べられないようだね。
ああ、水で意思表示させてるんだ。
こまめに水を変えてやるようにしているんだが、腹が減ったら水を飲み干すように、餌のやり過ぎや食べたくないものなら物を残して水を飲み干すようにとね。
最近では堂々と食べるから、好みが分かり易くて良いよ。
野菜くずは喜んで食べるんだが、調理済みだと受け付けないようだ。
季節の花は食い付きが良いしね。
鳴かない暴れない、見目が良くて世話も簡単。
愛玩するには良い生き物だろう?
一つ不思議な点を挙げるとすれば、食べたものがどこへ消えるかぐらいだろうか。
時の政府の部署に、水質管理部門というものがある。
水は生物の大半にとって極めて重要であり、決して軽視できないものである。
鍛冶とて水がなければ成り立たない。
肉体を得て生活を営むのであれば尚更である。
世界各地の神話にも、海から、川から、あるいは神が沐浴した水から生まれた神の話は枚挙に暇がない。
時の政府は多数の審神者を抱え、今後も戦端を拡大する計画である。
審神者の顕現する刀剣も徐々に増えつつある。
数多の神が酒食として身を通し、身を清めた水は海へと流れ、雨となって山から川へと循環する。
神域の水を神域でのみ循環させることはできない。
水に混ざって山野に流れた神の気は、時にこの世ならざる現象を引き起こし、時に新たな何かを生み出してしまう。
水質管理とは、生活排水を周囲の自然環境に悪影響がないように調整する業務も含まれる。
本丸の中に水の怪談が増えるということは即ち排水設備に不具合があるということ。
本丸の外に水の怪談が増えるということは即ち神気の除去が不十分であるということ。
細かい事は正式な報告として上がって来難いものである。
草の根調査班とあだ名される水質管理部情報集積課は、雑談ついでの重要証言を拾うべく、今日も演練場の隅でテントの下に座っている。
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とうらぶ水ホラー
初公開日: 2020年04月12日
最終更新日: 2020年04月12日
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