指先まで隙間なく美しいそのひとの手のひらは、触れてしまえば存外温かかった。
 さらりと美しい肌は、洋服に包み隠されたその向こうにまで、その奥にまで、温かさと、柔らかさを湛えて、――こんな夜にも、鼓動はやまない。
 口から心臓が飛び出しそうな緊張感に苛まれながらも、そっと剥がしとった掛け布団の下、横たえられた身体の真ん中に手を添える。その気はないのに指先に触れた、胸の、柔らかさに、人知れず首を振れば、視界は滲んだ。
 ―― こんなにもきれいなお方の、いっしんな夢を、私は望めないのかもしれないわ。
 いつかどこかに行ってしまうことがわかっていながら、きれいな別離への、心積もりも、したくない。
 だって、どうしても欲しいから。
 いつまでだって、いっしょに笑って、いたいから。
 胸は高鳴る。自分自身の身の上で。手のひらの下で。
 「こころ」は、似通った温度を持ちながら、どうして全く、違う世界を、臨むのだろう。
「……折り入っての、お願いです」
 青天の霹靂。陽の光が図書館の奥深くにまで射し込む晩冬の日、ヴィネの読書の手を止めたのは、申し訳なさそうに向かいに腰かけた、ひとりの人の、しずかな声だった。久しく姿を見なかったその人からの、思いもかけない切り出し方に、ヴィネは何らの後腐れなく物語の世界を閉じて、その本を机の脇に押しやった。
 ●図書室は原則として私語は禁じられていたものの、今日は研究や学問に勤しむ人物の姿はない。宿題が溜まっている、と零していた面々も、今日はここにはいないようだった。
「あなたがわたくしにお願いごとだなんて」
「……申し訳ありません」
「いいえ! いつも本棚の高いところにある本は、貴方に取っていただいておりますもの。なにかお返しができるなら、わたくし(●「わたし?」)も嬉しゅうございますわ」
 言えば、面貌にはより深い困惑の色が浮かんだ。こうまで来てしまえば、ヴィネとしては、何としても、救いの手を差し伸べて、その手が取られるまでは、どこにもどうにも、動けない。
「……なんだって構いませんわ。わたくしで出来ることであれば、なんだって仰ってください。……ね、フェニックス様?」
 脇に押しやっていた本は、そばの棚から取ったものだった。すぐにその本をもとの場所に返したヴィネは、その様子をぼんやりと見つめていたフェニックスに詰め寄って、膝の上に行儀よく置かれていた手のひらと、――一冊の本を、ひったくるように引っ張り出した。
「……いんやあ、ワクワクしねえなあ」
 深緑を纏った細筆を、キャンバスではなく筆洗に突っ込んだバールゼフォンは、●いねえ…
そのまま其処で水を泡立てるようにして絵の具を削ぎ落とすと、水を含んだその筆で、キャンバスに緻密な描き込みを施しにかかった。
「ちょっとぉ、わたしをモデルにしておきながら、『ワクワクしない』わけはないじゃない! ちゃんと描いてるんでしょうねぇ?」
「おう、描いてるとも。おめぇさんほど画になるやつも、なかなかお目にかかれねえ」
「やっぱりそうでしょう? あなた、おぞましい絵を描くわりに、審美眼はしっかりしているじゃない」
覚えがねえモン覚えたぞコラ
置いていった ⇔ でも戻ってくれた
「あら、貴方様からのお願いだなんて、珍しい」
  
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ゆら
こんにちは!はじめまして~^^文章中にある「●」はどんな意味があるのですか?使い方が気になります……(興味深々)
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