ダリアが時計を見上げると時刻はそろそろ20時を回ろうとしていた。
現在地、職場。絶賛残業の一休み中である。
そろそろ皆夕食が終わった頃だろうか。それとも、もう各々過ごしているところだろうか。
とりあえず連絡だけ入れておこうと端末に手を伸ばす。今日も遅くなるよのメッセージは「家」と書かれたグループ向けだ。メンバーは自分を入れて6人。
ぽてんと最近気に入ってるスタンプが「やあ」と微笑む。
「今夜の帰宅時間は23時過ぎるんだ。明日はお休みだからぜひぜひ構って欲しいな。」
キラキラと絵文字でデコレーションして、最後にウルウルしたウサギがお願いしまーすとこちらを見上げる。
と、ややあってぽこん、と音がした。
「お疲れ様です、ダリア。気をつけて帰ってきてください」
真っ先に来たラヴィのメッセージはとても暖かい。これだけでも気合入れてメッセージを送った甲斐があったというものだ。
「今日の夕飯は夜食になりますわね?冷蔵庫に入れてますわ」
ナタリーも優しい。いつもは冷ややかな事も多いが、こういう時は少し険が取れるというか、まあ基本的にやさしいのだろう。
「デザートもありますよ。冷凍庫にありますから、お腹に入れば。」
どうぞめしあがれ、とスタンプが来たのはメシュレイア。
「おつかれさまー!私たち先に寝てるからね。」
ショコラからもおやすみ、とスタンプがきて。
それで通知は止まった。
どうやらあと一人はスマホをどこかに放り出しているようだ。まあそのうち気づくだろう、とダリアは仕事に戻ることにしたのだった。
そして時刻は23時。
「はーさすがにくたびれたな」
仕事が片付いてようやく帰りついたところで通知は来ていなかった。部屋の明かりは玄関側からは見えないが、今日はスマホを放り出したまま寝たらしい。
そんな事もあるか、と寝静まった家のドアを開ける。もう一度しっかり施錠しなおして息をつくと、自分の部屋の方から物音が聞こえてきた。
「ただいま?」
小声で声を掛けて、自分の部屋の方へ向かう。中には人がいる気配。ドアを開けると、作業中のドーラがスマホ片手に端末と向き合っていた。
「ああ、帰ってきたの、お帰り」
顔も上げず自分の部屋のような顔で作業をしているが、ドーラの部屋はもちろん別にある。確かに作業部屋に使っていることは多いのだが……いや、そういうことではなく。
「ただいまドーラくん。今日はスマホを放り出した日じゃなかったのかね」
「なんでそんなことしなきゃならないんだよ。」
普通に持ってたし、と掲げて見せるスマホは調べものの真っ最中の画面だった。
「私は確かキミたちにメッセージを送っていたはずなんだが。」
「うん。23時、時間ぴったりだね。」
「見てたのか」
当たり前でしょ、と、ドーラはまた作業に戻っていく。そちらに歩みより、ぽん、と肩に手を置いた。
「何?」
「せっかく送ったのに既読スルーとは酷くないかね」
「え、なんで」
「これがメシュレイアくんだったらキミは既読スルーしたかね?」
「するわけないだろ」
「じゃあなんで私にはやるんだね?
 キミは私にだけ冷たいよね?私はこんなにキミのことを想っているのに、キミはこの部屋だって端末だって普段から使っているというのに、この想いはキミに伝わることはないんだね……」
切々と訴えかけると、ドーラの表情が困ったように歪んだ……と思ったらすうっと逸らされる。
「……ウザ……」
ぼそ、と聞こえたその言葉は寝静まった家の中ではしっかり聞こえてきた。
「今、ウザ、て言ったかね?」
「あ、ええっといやその……」
慌てた顔で誤魔化そうとしても聞こえたものは取り消せない。
「あー、ええと。ええと。」
バタバタとデータが保存されていく。逃げる気なのまでバレバレだ。
「ほら、キミにおかえりを言うために起きてたんだ、オツカレサマダイスキダヨ、ボクもう寝るから」
事実を修飾し大好きの言葉を棒読みで混じらせて、少し上ずった早口でそう言うと、PCを手早くシャットダウンしてドーラは立ち上がった。
「待ちたまえ」
振り払われかけた肩をぎゅっと掴みなおす。
「ドーラくん、そういう言い方どこで覚えたんだね」
表情にはありありとああめんどくさいと書いてある。
「ダリアがよくやるじゃないか。おやすみなさいボクもう寝たいんだけど」
「ほう。」
心当たりはある。どの辺をリスペクトしてるのかも何となくわかる。
「実によく観察しているな。」
感情を揺さぶる言葉を混ぜて目くらまししている間に先手を打つ。自分が今まで誤魔化すたびにさんざん使ってきた手だった。
「しかし決定的に足りてない。」
立ち上がったドーラを、ぐいっとこちらに向きなおらせる。
こちらを見たドーラがひ、と顔をひきつらせた。
「待っててくれてありがとうドーラくん、大好きだよ。」
全力で感情をこめて、ぎゅっと抱きしめて頬にキスをする。
ドーラはあえなく崩れ落ちた。まだまだ子供だな、なんて思いながら、可愛くない真似を重ねた同居人に告げる。
「覚えておくといい。感情を揺さぶる言葉にこそ気持ちを込めなければ、目くらましにはならない。」
おやすみ、と頭をなでると、ドーラは引きつった顔でこちらを見上げた。
「……なんでこのタイミングなんだ」
「おや、フィユティーヌくんに代わったか。」
本格的に逃げたな、と肩を竦める。
「キミにもお休みのキスは必要かね?」
声を掛けるとフィユティーヌはキツイ目つきでこちらを睨みつけた。そのまま無言で立ち上がり、ダンッと音をさせて部屋を出ていく。バターンと大きな音がして扉が閉まった。
「やれやれ、ちょっとやりすぎたかな」
独り言ちて息をつく。
「まあそういうところはかわいげがあるのかもしれないな。」
多分少し刺激が強かったのだろう。
もう一回バンっと音がして、そして家は静かになった。
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初公開日: 2020年04月11日
最終更新日: 2020年04月11日
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