お題:料理をする (+αお題「薬指」「エイプリルフール」)
今回はメインお題のみです。
事前にネタ出し済み(約20分)
03:00~ 作成開始
目標:40分(43:00終了)
43:00 時間オーバーのため終了
02:00 完成頑張る
夕飯の買い出しに出かけた帰り道。敦は夕陽に照らされた道を歩きながら手に提げたスーパーマーケットのビニール袋へ視線を落とし、ふと呟く。
「そう謂えば、芥川って料理できるのかな」
他愛もない、些細な疑問。青年と偶々街中で遭遇した日も、今日と同じような夕暮れだった。ある程度深い付き合いではあるが、敦は未だに青年に人並みの生活、と云うのを当てはめられずにいた。
「想像できない」
食事をする、睡眠をとる、そんな人間の営みとして当然のことが、どうにも芥川に対して紐付けられずにいる。謂ってしまえば人間ではないと、精巧な機械のような、善く出来た人形のような目で彼を見てしまっているのだ。一方の芥川も敦をしょっちゅう獣扱いするのだからお互い様なのかもしれない。
食事を取っている姿すら想像できないというのに、其れを作っている処など尚更に浮かばない。抑も、指名手配犯が葱を片手に握っている姿など誰も考えつきはしないだろう。
包丁片手に前掛と三角斤を付ける芥川の姿を想像し、敦は小さく噴き出した。
そして、一度気になってしまえば解答を得ずにはいられないのが人間の性だ。
「という訳で、ご飯作って!」
「どういう訳だ」
翌日、敦は昨日と同様にスーパーマーケットの袋を片手に握り締めて芥川のもとを訪ねた。連絡も無しに訪ねた敦を、芥川は露骨に嫌そうな顔を作って迎え入れた。
時刻はちょうど昼時。今から作るのだとしても昼食には丁度良い時間帯だ。敦と袋とを交互に見比べて眉間に皺を寄せる芥川を無視し、敦は室内へと上がり込む。そして真っ直ぐに炊事場へ向かうと、先ずは野菜と卵が入った袋を卓子へ置き、次に備え付けの冷蔵庫を少々手荒に開いた。敦の予想通り、中には二、三本の飲料水と以前敦が置いていった柑橘系の甘味水しか入っていない。
「この間、スーパーマーケットで買い物してただろ?」
「あぁ」
おやつにと買ってきた洋菓子を冷蔵庫へ仕舞いながら敦は芥川へと話しかける。芥川はそんな敦の様子を、壁に背を預けながら見ていた。
「てことは、お前料理出来るんだろ?」
「必要最低限はな」
此処までは予想通りだ。もし料理技術が壊滅的であれば、『必要ない』、『貴様に関係あるのか』などと謂って話を逸らそうとする筈だ。決して自分から出来ないなどとは口にしない。そして少しでも馴染みが有れば、今のように肯定の返事をする。つまり、芥川は料理ができる。
バターと牛乳パック二本を同じように冷蔵庫へと仕舞い冷蔵庫の扉を閉じると、敦は後方に立つ芥川の方を振り返った。
「じゃあ僕に何か作ってよ」
にこりと満面の笑みを作って青年を見る。我ながらあからさまな作り笑顔だ。芥川は敦の表情を一瞥し、胡乱げなものを見るように敦を睨んだ。
「どうしてそんな話になる」
「駄目?」
首をことりと傾げて見せれば、芥川の眉間の皺は更に深まった。
「理由も義理もない」
話にならない。そう言いたげに青年は肩を竦める。何故自分が敦の為に食事を作らねばならないのか。言葉にせずとも視線だけでそんな感情が伝わってくる。此れも予想通り。為らば、そんな芥川に料理を作ってもらうにはどうすればいいのか。答えは簡単だ。
「なんだ。じゃあそんなに上手くないんだ」
残念そうに呟いてがっかりと肩を落として見せれば、案の定芥川の眉がぴくりと動く。
「何?」
「だって、僕に出せない程度の腕前なんでしょ?」
さも『期待してないです』と謂わんばかりに態とらしく溜息を吐けば、芥川の眉尻がまたぴくぴくと動いた。年長者の矜持なのか。敦が大した腕ではないだろう、出来ないのだろうと煽れば、芥川は其の誘いに乗りやすい。十割とは云わないが、同じ手法で頼み事をした時の勝率は、七、八割程だ。あと一押し。
「見た目が酷かったり、焦がしたりするんじゃないの?」
不得手なのだろうと芥川の顔を流し見れば、彼はむすりとした顔で敦を睨んだ。
「戯言を。貴様のような畜生一匹の舌を満足させるなど造作もない」
其の言葉に、敦は小さくガッツポーズをした。此処まで謂って引き下がるような相手ではない。
「じゃあ作ってくれるよね。僕、オムライスが食べたいな」
はい材料。にこりと笑って、敦は卓子の上に置いたビニール袋を指差した。はぁと溜息を吐いて芥川は冷蔵庫の近くまで歩み寄り、冷蔵庫とビニール袋の中身を確認する。
其の様子を一瞥し、敦は炊事場を後にした。
勝手知ったる芥川の部屋の中。敦は居間に設置された二人掛けの長椅子へと座り込むと、昼食が出来るまでの時間を其処で潰すことにした。飽きたら液晶でも点けようと考え、持ち込んだ小説本を開く。今読んでいるのは推理小説だ。話は丁度中盤、第二の殺人事件に探偵役である主人公が遭遇したところだった。あと一歩の所では犯人を逃し、物語は第三の殺人事件の幕を開ける。そして主人公が廃墟の中で犯人を追いつめたところまで読み進めた時、ボン!という大きな破裂音が敦の耳に届く。
「は?」
顔を上げれば、積んでいた食器が崩れるようなガシャン!という音が続けて飛び込んできた。本を長椅子へと置き去りに、敦は駆け足で炊事場へと向かう。
廊下からは焜炉の前に立ち、片手でフライパンの取っ手を掴む芥川の後ろ姿が視界に入った。特段変わった様子も無く、音の元凶と思われるものも見当たらない。
「ちょっと待って、どうやったらさっきの音が出るわけ」
そう声を掛けながら炊事場へと足を踏み入れたところで、フライパンから火がごぉぉと湧き上がり、そして消えた。敦は一瞬足を止め、目の前の事態を受け止めようと思考を巡らせる。はて、自分がが頼んだのは炒飯だっただろうか。或いは本格的な中華料理の類か。どちらにしても一般家庭の調理環境でフライパンから火が上がるなど早々ある筈がない。
「はぁ!? 芥川、さん? これ大丈夫なんですか?」
「煩い、厨に入るな。居間で待ってろ」
思わず敬称を付けてしまった。どたどたと歩み寄る敦には目もくれず芥川はフライパンの上で踊る米や野菜と悪戦苦闘している。
ぱっと見、フライパンの中身が焦げ付いた様子も芥川が怪我した様子も無い。一体、さっきの音は何だったのか。
そう思ったところで、再びボン、と火の手が上がり一瞬で消えた。
「ひぇっ!?」
目を丸くする敦の方を向くこともなく、芥川はフライパンと格闘している。
「吠えるな騒がしい、気が散る」
「いやだって、それ絶対危ないだろ!」
一蹴してくる青年に吠えつくが、彼は敦の反論を気にする素振りも見せずにただ淡々と米や野菜を炒めつけていた。話を聞く余裕すらないのか。ふと流しを見れば、割ることに失敗した卵の殻や実の多く残ったまま捨てられた野菜、使わなくても良かっただろうパン切り包丁だの茶漉だのといった調理器具が小さな山の形を成すように詰まれている。いや本当、調理器具に関しては何に使ったんだ。
「やっぱりお前、普段は料理しないんだな!?」
敦の慌てた叫び声に、芥川は僅かに焜炉から目を離して少年をぎろりと睨んだ。
「気が散ると謂っている」
「うわっ!」
言葉と同時に芥川は羅生門を発動させる。刃と化した黒衣がひゅん、と敦の髪を掠めて幾束かが床へ散った。
「今ここで死にたくなければ黙って立ち去れ」
留めと謂わんばかりに芥川は調理台に置かれていた包丁を握り敦に向ける。顎を引き眉を歪ませて睨み上げてくる青年の鬼気迫る表情に気圧され、敦は居間へと引き下がった。
「……ちょっと早まったかもしれない」
再度聞こえた爆発音に、敦はぼそりと呟いて肩を落とした。
数十分後。僅かに痛む胃を抑える敦の目の前には何の変哲もないオムライスが置かれていた。
「満足か」
「……どうしてあれがこうなるのさ」
先程の爆発音も炎も無かったかのように、芥川は澄ました顔ですんと鼻を鳴らした。
「どうも何も、普通に調理しただけだが?」
「信じられない」
目の前の料理の出来が、ではない。あの惨状を普通と謂える芥川の神経が、である。敦はげんなりとした表情でオムライスと芥川の顔とを見比べた。
機嫌を損ねたのか芥川は料理を下げようと皿に手を伸ばす。
「手順を間違えなければ誰にだって其れなりのものは生成できる。不要ならば喰わずとも善い」
「あっ、待てって! 食べる、食べます!」
敦は慌てて匙を手にし、皿の淵を掴んで己の近くへと引き寄せた。匙の先で薄く焼かれた卵を裂き、卵と橙色に染まっている米とを掬う。じっと見つめてくる芥川の視線など気にする余裕も無く、敦は一つ息を吐きだして勢いよく匙を口の中へと運んだ。口内へ運んだものを咀嚼して、ごくりと飲み込む。
「美味しい……」
息を吐いて出たのはそんな感想だった。洋食店のような舌を打つような出来ではない。家庭的な味。調理法通りに作った、可も不可もないような味。それでも脳裏に焼きついた炊事場の惨状からは想像もつかない出来に、敦は謎の感動を覚えた。敦がオムライスをかっかっとかきこめば、芥川は静かに向かいの席へと座る。席に置かれているのは緑茶の入った茶碗のみ。彼自身は料理を食べる気が無いらしい。あくまで敦の為だけに作られた料理だ。
「でもあの状況で出来た物を『料理ができる』内に含めたくない」
皿を空にしたところで、少年はぼそりと呟く。其れが青年の耳に届かぬ筈もなく、彼は敦をまた睨みつけた。
「作らせておいてその物言いか。為らば下らぬ要求は此れきりにしろ」
「嘘ですお前料理上手なんだなすごく美味しいですまた作ってください」
「気が向いたらな」
手を合わせて頭を下げる敦を尻目に、芥川は茶を啜った。