出張が早く終わった。まるまる一日日曜日があいた。
どうせ俺のための一日では無かったのだ、一日彼女に使ってしまおう。
「ハルトくんがいないなら、私はどうしようかな、特に予定もないから家でごろごろしているかも」と言っていたことを思いだす。
その言葉通り家にいてくれると良いのだけれど。
いつも三回程度のコールで出る彼女が、六回目で出た。
「ご、ごめん、待たせて。なにかあった?」
…おかしい。
電話が嬉しそうじゃない。
「出張が早く終わって…それで、君に会いたいなと思って」
「え…? 今日?」
「…そうだけど。もしかして、家にはいないの?」
「いるよ、家にいるけど…あぁ…今日かぁ」
「明日からはまた別の出張に行かなくちゃならなくなったんだ。それで、少しでいいから顔を見たいと思ったんだけど…ごめん、俺のわがままで」
「わがままじゃ無いよ! ただ、ちょっと散らかってるのと…あ、ちょっと、まって、そこ開けないで!」
「え?」
電話の向こうでがさがさがさという音、彼女の焦った声。
「電話中だから。後で相手してあげるから。待ってて。ね?」
なんて甘い声を出すんだ。…俺に、じゃない。誰か知らない相手に向かっての声。
俺は早足で歩き出す。
「誰か…いるの」
「いない、いないよ?」
「じゃあ、俺が行っても大丈夫だよね」
「あ、じゃあさ、外で会わない? お腹すいちゃった」
「わかった。迎えに行くよ」
ピンポーン。
「ハ…ハルトくん。早かったね」
「開けて」
「ま、まって、まだ部屋着なの。すぐ迎えにいくから」
「俺を、中に、入れて」
「……はい」
ガチャ。
薄く開く扉。チェーンがかかってる。
こんな仕打ち初めてだ。俺、嫌われるようなことした?最後に会った時は本当に仲良く夜中まで。
「ハルトくん。これから、このドアをいったん閉めます。それはチェーンを開けるため。その次にドアを開けますが、スッと入って、スッとすぐに閉めてください。逃げちゃうので」
「逃げちゃう?」
「お願いします」
あまりに彼女の声が真剣なので、その通りにするしか無い。
ガチャリと音がしてロックが開く。
言われたとおりにドアを小さく開けてすっと入り、スッと入った。足下に何かが絡まりつく。
「はっはっはっはっはっはっ」
今日の彼女はずいぶん積極的で息が荒いな。
「こら、ハーくん、ハルトくんがびっくりしてるでしょ」
それは小さな白い塊だった。
「…犬?」
「友達から預かってね。ハルトくん出張中だからまあ迷惑もかけないだろうと思ってここで預かってたの。ごめんなさい」
「謝ることじゃない」
彼女がひょいっと白い犬を抱き上げる。犬ははっはしながら、彼女の口元をべろりとなめた。
え、ちょっ、どういうこと?
焦る気持ちを抑えて、「ずいぶんなついているんだね」と言う声が少し低くなってしまう。
「うん、ハーくんが赤ちゃんの頃からの友達なの。ねー、ハーくん」
そもそも、そのハーくんという名前はなんなのだ。もっと他の名前でも良いと思う。ひーくんとかふーくんとか。
「その犬の名前は?」
「ハクくん。白いからね」
単純だ。まあ、俺の名前も単純かもしれないけれど。
「でもハクくんだと言いにくいからハーくんって呼んでるの、みんな」
「そう…」
なら、俺もそう呼ぶべきなんだろう。たとえ自分のことを呼んでいるように感じてしまっても。
そして、始終彼女の顔をべろべろなめているのはなぜなんだ。
俺はまだ今日指一本たりとも触れていないのに。
「さっき私お菓子食べちゃって。多分その匂いでなめてるんだと思う」
そうか…? 絶対それだけじゃ無いと思う。
「散歩にでも行かないか。良い天気だし」
「あ、そうだね、ハーくんも喜ぶと思う」
家の中にいたら、冷静を保っていられない気がする。とにかく彼女を外に誘い出すことに成功。
リードをつけて近くの大きな公園まで歩く。池の周りを歩いている人、ジョギングしている人、犬の散歩をしている人。犬同士は挨拶をして、飼い主同士も挨拶をする。俺には想像がつかないコミュニケーションだった。
ベンチに座る。
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