※長編の途中な上に全然まとまってない。考えてる時間が長い
霜元が怪我をして帰ってきたのはその一週間後のことだった。
「霜元!?」
「どうしたんだ」
「すまない、ソファを貸してくれ」
李斎の肩を借りて帰ってきた霜元は、体重を李斎からソファへと移動させるようにしてソファに座り込んだ。
「どうした」
ただならぬ様子に、驍宗は腰を浮かした。李斎は英章の手から救急箱を受け取り、霜元のこめかみのあたりに触れた。髪をかき分ければ、そこに血がこびりついている。
「殴られたんだ。仲間がいたのに気づかなかった」
表情は冷静だが、李斎の声には口惜しさが滲んでいた。霜元はソファの背に頭を預けて仰き、胸で大きく息をついた。
「少し休めば治る。気にするな、李斎のせいではない」
「頭を動かすな、霜元。吐き気はないか?」
「一体何があったんです?」
「ヤクの売人だ」
「……うちのシマで、ヤクを売ってる奴がいたのか?」
英章の問いに、霜元は頷いた。その動きに傷が傷んだのか、顔をしかめる。
「そういう噂を聞いた。だから崖刮に近づかせた」
『よう。俺にも売ってくれるかい』
古いビルの通路に、その男はいた。新聞紙の上に座り込み、深く俯いている。男はボサボサの髪の間からちらりと崖刮を見て、地面に置いてあった袋を引き寄せた。
『商売してんだろ?俺もちょうど切らしちまったところでさ』
『……』
『お前さん、この辺じゃ見ない顔だよな?』
『……』
『……どこから来た?』
崖刮は男の手を掴んだ。反射的に振り払おうとするのを逆に捻りあげる。男は小さく苦悶の声を漏らした。不健康な細い腕は力に乏しく、その抵抗を封じるのは容易いことだった。後ろ手に手首を縛り上げ、崖刮は携帯で霜元を呼んだ。
『……確保しました。ちょっと来てもらえますか』
外にいた霜元と李斎が駆けつけた時、男は抵抗を諦めたように項垂れていた。
『ここが誰のシマだかわかってるのか』
『……』
『誰の許可を得てここに来たんだ。言え』
霜元の問いにも、男は何も答えない。崖刮が掴んだ手首を捻ると、悲鳴を上げた。助けを求める言葉は日本語ではなかった。
『私は暴力で解決するのは好きではない。答えろ』
冷ややかな声に、男は暗い瞳で霜元を見上げる。霜元が目で指示すると、崖刮は再び男の腕を締めあげた。男の口が開く。
『……ジョ、』
丈組、と男の口が動いた。その時、階段の方から複数の足音がした。
「私のミスです。人がいることに気づかなかった」
李斎は悔しそうに唇を噛む。
「おそらく、私たちが駆けつけることを見越して、売人を泳がせていたのでしょう」
現れた男たちは鉄パイプを手にしていた。振り向いた霜元の頭を、細い鉄パイプが直撃する。
『霜元!』
霜元はその場に膝をついた。李斎は足を高く上げ、鉄パイプを握る手元を蹴り上げる。襲撃者の手を離れたパイプは壁に跳ね返り、高い音を立てて落ちた。
その場はにわかに乱闘の場となった。李斎は鉄パイプを拾い上げ、薙ぐように襲撃者を威嚇する。霜元はふらつきながら立ち上がり、振り下ろされた鉄パイプをかい潜って男のこめかみに拳を叩き込んだ。
『チッ』
崖刮は、振り下ろされた鉄パイプを片手で掴んだ。戒めの手が離れ、売人は脱兎の如く逃げ出した。
『いい!崖刮、追うな!』
売人を追おうとした崖刮に、霜元が怒鳴る。
『逃げるぞ!』
李斎は目の前の男の肩口に鉄パイプを叩き込み、もう一人の腹を槍の要領で突いた。狭い通路に呻き声が響く。李斎は霜元の脇に自らの肩を差し込み、ふらつく体を支えた。
『ここは俺が押さえますから、早く外へ!』
両手を広げる崖刮に頷き、霜元と李斎は階段を上って地上に出た。
「崖刮が心配です。あの場に置いてきてしまった」
霜元は、痛みを堪えるように顔をしかめる。李斎は慣れた手つきで霜元の頭に包帯を巻き、その体を横たえさせた。上背のある霜元の足は、二人がけのソファを大きく飛び出した。
「すみませんでした。組長」
李斎は驍宗に向かって深々と頭を下げる。その声は硬く、かすかに震えていた。襲撃を許し、霜元に怪我を負わせてしまった自分に憤っているようだった。霜元は首を左右する。
「李斎は大袈裟なんです。李斎、私は大丈夫だから」
「崖刮を迎えに行ってきます」
李斎はそう言って事務所を出て行った。
「あのお転婆娘、直接丈組に乗り込んだりしなきゃいいが」
英章が冷蔵庫から保冷剤を取り出し、霜元の頭に乗せた。
「ありゃ相当頭に血が上ってますよ」
「李斎のことだ。短絡的なことはすまいよ」
「どうだか」
英章は肩をすくめる。李斎は平素は穏やかな人柄だが、乍組の若頭は皆、沸点が低くキレやすいことに定評がある。
「兄貴」
「なんだ、霜元」
「最近、少しおかしい気がするんですよ」
「おかしい?」
「何故、行く先々でこうも、丈組の連中と居合わせるんです?」
「……」
驍宗は振り返り、英章も手を止めた。
「先日の英章の件もそうですよね。しかも、決まって向こうは喧嘩腰なんです」
そもそも、戴極会内の組同士の抗争はさほど多くない。もちろん対立はあるが、喧嘩の振りをして着地点を探し、穏便にことを済ませるのが定石だった。
「今の丈組は、完全に我々を敵対視している気がしてならんのです」
「……確かにね。最近あいつらの態度はおかしい。いつからだ?」
「いつからだろうか」
霜元は目を閉じ、しばし考えていた。心当たりがあったのか、目を開けて「ああ」と呟く。
「二ヶ月くらい前ですかね。高里が来た少し後くらいからです」