「……ほんっとにあんたは、飽きもせずに」
呆れ混じりの声で口にした和泉守兼定の視線は、審神者が卓袱台の上に広げた「もの」に注がれている。
ご丁寧に、作りかけた書類を全て片付けたうえで並べたのは色とりどりの甘味――審神者が甘いものが好きなのは知ってはいるけれど、それにしてもこれは多すぎではなかろうか、なんて。
「まとめて買うと安くなるというのでな、つい」
「つい、で済ませられる量じゃねえよ。全部ひとりで食う気か、これ」
ついつい口調が厳しくなっている自覚は和泉守兼定の側にもある。だが、流石に卓袱台の上に他に隙間がないほどに置かれた菓子の山を見れば近侍としては言いたいことも出てくるわけで。
その口調が不満だったのか、審神者は僅かに不服の色を表情の上に載せながら和泉守兼定の方を見上げてきた。
「私が甘党なのは今に始まった話ではない筈だが?」
「なんだよその可愛げのねえ答えは」
審神者らしいと言えばその通りなのだが、その答えは言葉尻だけを捉えればあまりにも酷いとつい思ってしまったりもして。
反論のようであって意図せずその言葉が笑い交じりになってしまったことで、審神者に浮かんだ表情もどこか悪戯っぽい笑顔に色を変えた。
「それも知っているだろう、私に可愛げなんてものはない」
「自分で言うなっての」
冗談めかした会話で誤魔化されてしまいそうになったが、そこでふと思い出したかのように和泉守兼定は卓袱台の上に再び視線を送る。
笑っている場合ではない。卓袱台の上にある、どう考えたって一人分とは思えない量の菓子の話は終わったわけではないのだ。
「いや、そうじゃなくて。だからこれひとりで食うのかって話だよ」
「誤魔化しきれたかと思ったんだがな……勿論、ひとりで食べるわけではないぞ。小豆と折半予定だ、自分のすいーつ作りに生かしたいとかでな」
「……まあ、小豆じゃしょうがねえか」
先般も新しい菓子を作るのだと張り切りながら餡を焚いていたその刀剣男士の姿を思い出して苦笑いを交えながら小さく首を振った和泉守兼定のその仕草が、それ以上咎めるつもりがないことの表れだと審神者も理解したのだろう。安堵の表情を僅かに交えながら卓袱台の上に置かれていた木箱の一つを引き寄せてゆっくりとその蓋を開く。
箱の中に納められていた、僅かに透ける白とその向こうの黒――そこに送られる審神者の視線は今にも蕩けだしそうにうっとりとしていた。
「……きんつばかよ」
「お前はそう言うがな、この店のきんつばは美味いと評判だったんだ。本丸からは少し遠いからきっかけがなくてなかなか買いに行けなかったが」
「いや、……まあ、あんたらしいと言えばそうなのかもしれねえけどな」
そうとしか言いようがないだろう。普段この本丸を率いる主として凛とした姿を見せる審神者がここまで表情を綻ばせるのは彼女が生粋の甘いもの好きで、殊更に好きなのがきんつばだということは和泉守兼定は十分に理解しているのだから。
「まったく。外は絶好の花見日和だってのにあんたの花より団子っぷりにはいっそ頭が下がるぜ」
口にしてはみたものの、その時の自分の表情が穏やかであることなんて和泉守兼定はもう十分に分かっていた。
いわばそれが惚れた弱み――否定しようにもできないその感情を口にしないまま、和泉守兼定は一口で食べられそうなほどの小さなきんつばを指で摘んで取り出した審神者のその、手元の動きをじっと見つめている。その和泉守兼定の視線の動きなど気にもしていないのか、審神者は摘まみ上げたきんつばをゆっくりとした所作で口元へと運んで行った。
細い指が運ばれる口元、開かれた口の中に見える赤、すぐに閉ざされて咀嚼が始まるその口元の動き――何気ないその一連の所作から目が離せない。
だが審神者の喉がゆっくりと動き、口に入れられたきんつばが飲み込まれた刹那、和泉守兼定は自然と審神者から視線を逸らしていた。
……審神者が目の前できんつばを食べたくらいのことで、何故。
鼓動がいやにうるさくて、でもそれが何故だか心地良い気すらして。感情の制御が利かないままに、和泉守兼定が審神者へと視線を戻すと――審神者は不思議そうに、和泉守兼定の方を見上げていた。
「なんだ、どうかしたのか?」
「……どうもしねえ」
そんなはずがあるはずがないのに、己の中に芽生えた動揺を見透かされたような気がして誤魔化すように口にしてから和泉守兼定は審神者の隣に腰を下ろした。
「……なあ。オレにも一つくれねえか、それ」
「それ、って……このきんつばでいいのか?」
和泉守兼定は然程甘いものが得意なわけではない。審神者だってそれを知っているのだから、そうやって不思議そうに問い返してきたことには何の不思議もない。
そんな言葉を封じるように、和泉守兼定はにいと笑顔を浮かべて僅かに審神者との距離を詰めた。
「あんたがあんまりにも美味そうに食ってるから、オレも食ってみたくなった」
「お前は時々子供みたいなことを言うな」
口元に手を当てて小さく笑う審神者はそれでも、再び箱を開いてみせると小さなきんつばを取り出して和泉守兼定の方に差し出す。
「ちゃんと味わって食べるんだぞ」
「ああ……けど、な」
ただ食べるだけでは収まりそうにない。
差し出された審神者の手に視線を落とす。次いで、その先の手首へと。
視線を送った手首を、自然な所作で掴むと引き寄せて――
「な……」
審神者の口からはそれ以上言葉が出ない。
それほどまでに審神者は、和泉守兼定が自分の手首をつかんでその手ごと引き寄せて、審神者の指先のきんつばをそのまま己の口に運んだことに驚きを感じていたのだろう。
真ん丸に見開かれた審神者の菫色の瞳に映る浅葱色の瞳は、随分と楽しそうに細められていた。
そのまま審神者の手を離して、口の中に広がる甘みを確かめる。
控えめで上品な甘さは、甘いものを好んでは食べない和泉守兼定をしても確かに美味だと感じられた――甘党の審神者ならあれほど幸せそうな表情を浮かべるのも何の不思議もないほどに。
「……お前、何、を」
「ん?」
審神者が金魚もかくやと言うように口をパクパクさせながら自分を見ている、その表情に和泉守兼定は口元に僅かに残った甘みを拭い取るように舌を動かしてからにぃと笑みを返してみせた。
「そのまんま食ったんじゃつまらねえだろ」
「だからってお前、今のは」
審神者の表情に浮かぶ動揺が心を弾ませる。
果たして自分はこんなに意地が悪かっただろうか、なんてことを考えながら再び審神者の手首を引き寄せるとその指先に再び唇を押し当てていた。
「……美味かったぜ、主」
それはきんつばの話ではなく、普段冷静な審神者が自分のすることに感情を乱し驚きを隠そうともしていないその事実に対してのもの。
こんな風に感情を乱す審神者を見ることが許されているのは自分だけなのだという、その事実がもたらす甘さは口の中に広がる甘みよりもずっと――粉のままの砂糖そのものの如くに甘く感じられた。
「こういう甘さは悪くねえな」
和泉守兼定の呟いた言葉の意味を正確に把握したのだろう。審神者は短く、この莫迦と呟いて和泉守兼定を緩く睨みつけていた、が……その視線すらも甘く感じられるのだから不思議なものだなんて考えを口にしたら審神者は一体何を言うのだろうか。
くつくつと噛み殺した笑いに視線を逸らした審神者――部屋の空気もまた随分と甘いことに、肝心のふたりは気づいていないまま。
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土方組さにワンライリアルタイム配信
初公開日: 2020年04月04日
最終更新日: 2020年04月04日
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お題は「砂糖のように甘い」。